第IV話

 異世界転移して三か月。


 勇者ではないが、移転者であるために常人の数倍近い魔力量を持つ礼治郎は、当初それなりの注目を集めていた。

 だが――異世界移転3か月後に、礼治郎は自身が窮地にあると自覚する。

 そんな礼治郎の一日が今日も始まる。

 出発前の荷物の確認からのスタートだ。


「赤回復薬20本! 青回復薬10本! 紫回復薬3本! 生活雑用の〈魔石〉60個、ほくち箱3個、たいまつ10本、包帯15つ、薬草剤20個、毒消し15個――」


 一通りチェックした後に、〈保管空間インベントリ〉に入れる。

 ほかにも水5樽、薪30つ、豚肉3頭分、小麦10袋、塩2袋、生卵220個、チーズ5塊、岩芋6袋、各調味料、大工道具が保管空間インベントリに入っている。


「レイジローのお陰で、色々作業が簡略化されているぞ。要するに楽になっているということぞ」


 と「金剛剣豪」ことロバークが礼治郎の肩を軽く叩く。


「まったくです。食事も新鮮でおいしくなったし――レイジローが仲間になり、我々はついています」


 と、「剃刀野伏」ことエルフのカラリハルが礼治郎を一瞥していった。


「とはいえ、小生としては、急ぎ魔法を確かに憶えてもらわんと不自由だわい。頼んだわい、レイジロー」


 と、「暗雲道士」ことサハイムが礼治郎を見ずにぼやくように言った。


「レイジロー、洞窟に入ったらすぐにお酒ちょうだい! わりと最近、団長が厳しいから、そっとね?」


 と、「酒吞僧師」ことマ・カークが礼治郎に耳打ちするように囁いた。礼治郎はアルコール持ち込み厳禁の〈蒼天の義勇団〉であったが、マ・カークのために煮詰めた果実ジュースを発酵させ、酒にしてそっと渡していた。


「よし、行こうぞ! 〈蒼天の義勇団〉、これより未踏破の洞窟、〈旧王の墓所〉の捜索に入るぞ!」


 という、ロバーグの太く響く声に他のメンバーが返答する。

 今、礼治郎は〈蒼天の義勇団〉というパーティに所属しており、主に雑用&ポーターとして働いていた。

 パーティでは冒険者として低い評価を受けている状況だが、すぐ様追放されないのは〈保管空間インベントリ〉と料理の腕前が高かったからだ。

 礼治郎はイタリア料理のチェーン店で料理人兼店長を務めていたことがある。


「今日の夕飯は豚肉のピカタです!」


 本来イタリアではピカタは牛のバター炒めであるが、礼治郎のピカタは日本で主流のものであった。

 日本版のピカタはチーズをからめた薄いトンカツである。

 薄切りした豚肉に削ったチーズと小麦粉をまぶし、といた卵を絡めて油で炒めるのだ。

 礼治郎は豚肉の筋などに包丁を入れ、なおかつ熱を入れすぎないよう火加減を調整し、味と舌触りが良くなるように仕上げていく。


「む・これは美味いぞ!」


「特別な美味さだ! これは賞賛すべきだ」


「我々は幸運だ! これほどの食事にありつけるのだから」

 

 料理の腕前で礼治郎は何とか、自分に不満を持つ者のヘイトを抑え込んでいる手ごたえを感じている。


「料理を褒めていただいて感謝です。明日も色々考えているので楽しみにしてください!」


 満面の笑みとサービストークを、礼治郎は休まず提供し続けた。


 

 さらに6日が過ぎた。

 礼治郎は作業していた手を止め、回想した。

 礼治郎にも思うことはある。

 理不尽にこの世界に連れてこられ、勝手に王家の預かりになって自由を失っていた。

 生活もエアコンも冷蔵庫もないこの世界は不便極まりない。

 食事もパンにスープに、少しの肉が9割を占め、相当にきつい。一緒に移転させられた80歳以上の4人は食事が一番こたえているようだった。

 それでも、当初は沢山の魔力量を持っているとして注目を集め、尊敬のまなざしを受け、まんざらでもなかった。

 だが修行を重ね、〈天職〉が判明すると、注目を一気に失う。

 〈天職〉とは、この世界で生まれながらに持つ才能で、神から授かるものとされていた。転移者はおおよそ転移後、2か月で〈天職〉が判明する。

 例えば〈天職〉が〈魔術師〉ならば、〈火〉〈防御〉といった魔法が自動に授かるのだ。

 礼治郎の〈天職〉は〈隠者〉であった。

 正直、評価が最低に近い〈天職〉である。正しくは最低というより、超レアな上に役に立った記録が存在しないのだ。

 実際、礼治郎が〈天職〉が定まった時に身につけた魔法は〈支店召喚〉だけだった。

 〈支店召喚〉――それは未知の魔法である。他に授かった者もおらず、使い方も不明であった。

〈隠者〉礼治郎の扱いは、勇者を召喚したギャロス王国でも困り果てた。

 意味不明で発動しない魔法しかない者をどうしていいのかわからなかったのだ。

 困った王国を助勢したのが王国№2の冒険者〈蒼天の義勇団〉であった。

 〈蒼天の義勇団〉のロバーグは礼治郎を鍛え上げ、王国の大いなる戦力に育てると豪語し、実行に移した。

 礼治郎が〈蒼天の義勇団〉に入ってほぼ一か月が経過したが、だが結果はいまだに出せずにいた。


「確かにおまえの異世界移転者特有の能力、〈保管空間インベントリ〉は特別だが、それだけではやっぱり、この団の中では力不足なんのだわい」


 暗雲道士サハイムがお湯をすすりながら、うそぶくように礼治郎にいった。


「承知しています。この三か月、初期魔法を学び、〈水〉、〈防御〉、〈回復〉を習得してきましたが、それだけだと重々わかっています」


 礼治郎は〈天職〉に頼らず、初歩の初歩から魔法を学び、3つの魔法を習得していた。基本魔法は、魔力さえあればだれでも使える。

 しかし〈天職〉で得た魔法でない場合、詠唱、印、精神統一、認識など最低でも10以上の行程を正確に成し遂げないと具現化・実行されない。

 礼治郎は短期間で3つの魔法を習得したが、〈蒼天の義勇団〉の戦力にはなっていなかった。

 日本から魔法で強制的にこの世界にやってきた礼治郎は、今が正念場であると覚悟する。

 英雄になる道がないことは初めからわかっていたが、異世界で生き残るヴィジョンがいまだに思い浮かべずにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る