第III話

 異世界転移が一か月過ぎたところで、礼治郎たちは大変な災厄が待ち構えていたことに気づく。

 災厄は異世界転移者だけに訪れるのではなく、ギャロス王国の兵士訓練所に出入りする訓練を受ける者全員が対象になっていた。。


「正規軍が帰ってくるってよ!」


「マジか! 俺、休暇届け出すよ」


「ぐぅ、思い出すだけでも砕かれた肩がうずき出すぜ」


 兵士達が正規軍の帰還の話題で持ちきりになっていた。しかもネガティブな言葉ばかりが聞こえてくる。


「なんでここまで嫌われているんでしょう? 正規軍が帰るというだけで」


 礼治郎と設楽が不思議がっていると、一人の訓練兵が教えてくれた。


「正規軍が行う訓練が凄まじいんだよ。強引に〈身体強化〉の魔法を掛けられ、命がけの模擬戦をやらされるんだ」


「えっ? 命がけ? 死んでしまうんですか?」


「治癒の魔法を掛けてくれるんだが、怪我の度合いによっては一か月動けない奴も出る!」


 礼治郎と設楽が互いを見合う。

 この異世界で理不尽なことは何回か経験したが、これはドが過ぎているのではないかと思った。

 唖然とする二人に訓練兵は言う。


「おまえたちも参加だぞ。というか文官も隊長格も強制参加なんだ」


「ええっ?」


 そこまで恐ろしい話を聞かされた上で強制参加と言われ、礼次郎たちは肝を冷やす。

 そして兵士の云った通り、明日正規軍との合同訓練に礼次郎たちも参加するように命令を受けた。



 翌日、命令に従い訓練場に行くと、礼治郎を含む30名の訓練兵の前に、統一の軍服を着た正規軍30名が現れた。袖なしの赤のタバードを着、その下に鎧を装着しているのが特徴的だった。

 礼次郎は正規軍が何であるのか一目で理解する。正規軍は軍服、武器、防具が同じデザインで資金が潤沢に使われていることを察する。

 正規軍が目の前にズラリと並ぶと、礼治郎の口から思わず声が漏れた。


「う、嘘……」


 正規軍の中心にいる、二十代前半で銀髪に深緑の瞳の女性兵士に礼次郎は見覚えがあった。いや、よく似ている人物を知っていた。


「訓練兵の皆、よく聞くのだ! そして集まったのだ。私は第一騎士のゴーシャ・スレイルだ。今日は時間はないがきっちり、戦場に立つ心構えと身につけるべき技術を叩きこむのでそのつもりでいるのだ!」


 そう勇壮に語るゴーシャは、凄腕冒険者のゴージャルとそっくりだった。ゴージャルはサリアリ女王に一度引き合わせてもらっていたが、良い印象はない。

 自信満々・勇気凛凛としたたたずまいもそっくりで、礼治郎はわずかに震える。

 ゴーシャは早速、訓練兵に固まって集まるように指示し、並ばせる。


「今より〈身体強化〉の魔法をおまえ達に掛けるのだ! これは単なる支援魔法ではない! 体の筋力と神経を一時的に、強制的に底上げするものだ。戦場ではこういう能力が必要とされることを理解し、参加するのだ!」


 ゴーシャは言い終えた途端に詠唱を行い、〈身体強化〉の魔法を訓練兵らに行使した。


 うおぉぉ~!!!!!


 礼治郎ら訓練兵は一斉に絶叫した。〈身体強化〉の魔法はそれほどに強い刺激を覚えるものだった。

 電流と熱湯を同時に体に流されたような、強烈な衝動に全員がどよめく。

 礼次郎は激しい体感に動揺し、思わず自らの鼻を抑えた。

 すると手には血がついていた。


「げっ! 鼻血かよ」


 見ると自分と同じで鼻血を出す者が3人おり、2人ほどは地に膝をついていた。

 体に流れる魔力が過剰反応し、血管と筋肉がピクピクと痙攣する。

 隣とみると設楽は軽く吐しゃしていた。


「ふぅ……、強制的に魔力が体を駆け巡ってますね……。なるほど、魔力の使い方が何となくわかったような気がします」


 設楽の言葉に、ゴーシャのやったことに一理あることを納得した。

 礼治郎たちは魔法を習っていたが、まだ魔法の概念と魔法文字の習得の段階で直に魔力を感じる機会を得ていなかったのだ。

 だがやはり、倒れる者まで出すのは強引すぎるだろうと思う。

 スパルタ式の教育は今現在も継続中であることに礼治郎はすぐに気づく。

 ゴーシャが4メートルはあろう木の棒を持ち、深緑の瞳を輝かせて、ほほ笑んでいるのを目にする。


「次は実践だ! 〈身体強化〉がいかに戦場で役立つのか、その体で理解するのだ。華奢な女であるわたしが〈身体強化〉を使って皆と一対一で戦ってやるのだ!」


 ゴーシャは好戦的な笑みを浮かべ、自分と対峙するように訓練兵に促す。だが誰もゴーシャの前に立たない。

 即座にゴーシャは訓練兵に襲い掛かる。木の棒を片手で豪快に振りぬくと、一人の訓練兵が4メートル飛ばされ、背中から地に落ちた。


「ぐぎゃつ!」


 仲間の悲鳴を聞き、躊躇は許されないと悟った訓練兵は、配布されていた木の盾と木の長剣を握りしめるとゴーシャに立ち向かっていく。


「うおおっ、やけくそだ~!」


「そうだ! 判断の早い者こそ、戦場で生き残るのだ!」


 ゴーシャはそうけしかけながら、目測で10キロはありそうな木の棒を風を切りながら振るい、訓練兵を打ちのめしていく。

 えげつないのはゴーシャの攻撃は、盾や防具を避け、肉体に直接、意図して当てている点だった。

 木の棒の一撃は容赦なく骨を粉砕し、肉を陥没させる。

 礼治郎も覚悟を決めて駆けだす。


「お願いします!」


「おお、異世界人! 学んでいくのだ!」


 礼治郎はどうせ負けるだろうが一矢報いようと決め、距離を詰める。

 ゴーシャが木の棒を振りかぶった処で、礼治郎は木の盾を投げる。

 当てるより視界をふさぐのが狙いだった。

 宙を飛ぶ木の盾の左下をくぐるように、礼治郎は体を沈め、駆けた。

 だが奇襲は数秒で瓦解する。

 地を這う蛇のように軌道を変えた木の棒が、礼治郎の左肩を痛撃して真横に吹き飛ばす。


「っぐぅっ!!!」


 一瞬で肺から空気を吐き出した礼次郎は、地面に転がる前に肩の骨が折れたのを確信した。


「痛たたたたっ~!!!!」


 地を横に4回転した礼治郎は全身にほとばしる激痛にのたうち回る。

 閃光のような痛みが肩からたえまなく発生し、悲鳴が意図せず口からこぼれる。

 転げまわりながら、礼治郎は肩を砕かれる寸前のほんの一瞬、ゴーシャと目が合ったことを思い出す。

 その目は完全に笑っていた。圧倒的に有利に進める遊戯を楽しんでいる目に見えたのだ。

 8分後にゴーシャの同僚の僧侶に〈広域治療〉の術で骨折は治してもらうが、骨折の痛みは精神をも傷つけていた。

 PTSD――いわゆるトラウマとなってしまったのだ。

 礼治郎はこの時の体験を、夢で幾度となくフラッシュバックさせ、怯えて苦しむことになる。

 おまけにこのゴーシャのこの訓練はおおよそひと月おきに行われ、礼治郎と設楽は再び同じ目に合うのだった。

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