第II話

 召喚されたハズレ組は城の近くの兵舎で寝泊まりすることになった。

 兵舎といっても完全に掘っ立て小屋で、質素で粗悪という代物である。


「それでは行ってきます」


「ああ、いってらっしゃい」


 礼治郎は頭を下げ、割り当てられた兵舎の一室から出た。同居人は同じく移転者の老人4人だった。

 4人はいずれも同じ高校の同級生で、同窓会をした帰りに召喚に巻き込まれたという。

 礼治郎はここ3週間、ほぼ同じルーティンで生活している。

 朝から夕方までは一般兵と同じに訓練、夜は魔法の鍛錬を軍営で行っていた。全ては来るべく〈天職〉を授かるための準備である。

 〈天職〉とは神に授かる能力で、強力な魔法やスキルを授かるというこの世界独特の奇跡である。

 歩いて15分の訓練場を目指すと、別の兵舎にいた男性と合流する。


「あら、郷田さんはまたサボりですか?」


「ふぅ~、ええっ、もう完全にやけくそモードですよ」


 礼治郎に合流したのは同じく移転者の設楽眞一郎である。35歳サラリーマンで礼治郎と同じく〈天職〉を授かる準備をしていた。

 郷田とは一緒に召喚されたバスの運転手である。叩きのめされたことですっかりイジけ、特にやることもないのにゴロゴロと過ごしていた。


「気持ちはわかるけど、せっかく魔法の世界に来たんだから貴重な体験をすべきですよね」


「ふぅ、その通りです。ですが正直自分もそう割り切れたのは最近ですが――」


「自分もそうですね」


 前の世界と大きく違うのは魔法と、神に伴う法術、モンスターが存在することである。

 生活と文化は、前の世界より二百年は遅れているように見えた。

 風土的には、召喚された老人の一人・田畑の話ではスペインのグラナダに近いという話だった。

 この世界は危険なことも多いが、魔法という技術を頑張れば習得できるというのは、礼治郎達にしても興奮できる要素である。

 設楽は礼治郎に問う。


「ふぅ~、あのお年寄り仲間はどうです?」


「さすがに魔法を使う気はないようです。一日中『日本が懐かしい』とボヤいていますよ」


 礼治郎は同窓生老人4人組と生活していて、ボヤきばかりを聞いていた。

 礼治郎は4歳上の設楽と波長が合って、気楽に付き合える。日本人らしい臆病っぷりと小ぶりな好奇心を持っている点が共通項だった。


「とにかく生き残りましょう! わたしは向こうの世界でも特別パッとしない存在でしたが何とか生計を立ててきました。生きていれば何とかなります」


「おっしゃる通りです。わたしも逃げも隠れもしない社畜でしたから、コツコツやるしか能がありません、ふぅ~」


「一年で独りでも生きていけるように、この世界に慣れましょう!」


 高校生のように異世界に溶け込む気概はないが、2人ともマイルドにこの世界に順応する気でいた。

 設楽は自らの頬をぴしゃりと叩く。


「一応、移転者は〈保管空間インベントリ〉、〈自動翻訳マルチトランスレーション〉が使えるのだからこれも育てないといけませんよね、ふぅ~」


 異世界移転者はほぼ例外なく〈保管空間インベントリ〉、〈自動翻訳マルチトランスレーション〉という〈特性スキル〉を初めから備えていた。

 〈保管空間インベントリ〉は一定の物質を異空間に保管できる能力、〈自動翻訳マルチトランスレーション〉は異なる言語を自動的に理解できる能力である。

 頷き、礼治郎は嘆息をつく。


「ええ、今のところ私の〈保管空間インベントリ〉は畳一畳分ほどですし、何とか成長しないとアドバンテージにはならないですよね」


 何かしらの進歩を見せないといけないと、礼治郎は本気で考えた。


 ギャロス王国の兵士訓練所は主に13歳から16歳がシゴかれる場所である。

 礼治郎と設楽はさすがについていけなかったが、特別メニューでそれなりに体をイジメていた。

 夕方からは30分ほどの特別講義を受け、図書館での勉強が許された。

 そして夕食を食べて、夜に魔法の訓練を積んだ。

 この世界でも7日に1度は休みであったが、召喚された者には適用されないのか礼治郎と設楽は同じ日々を繰り返した。

 〈天職〉のために訓練を重ねているのだが、礼治郎と設楽には兵士としてささやかな望みがあった。それは〈魔獣討伐〉という戦闘訓練の参加である。

 〈魔獣〉とは前の世界では幻獣と呼ばれるモンスターであった。この世界の大きな脅威である〈魔獣〉を武器と魔法を使って退治する技は、知っていて損はないだろう考えていた。



 そんなある日、訓練を終えた2人は女王に呼び出された。

 近衛兵に案内され、王宮の中に行くと、召喚勝ち組がいた。

 タイガにウィンドが現地人に訓練を受けているといった様子だ。

 タイガは、一目で美男子とわかる銀髪の成人男性と木剣で仮試合をしている。銀髪美男子は片手で、全力のタイガの斬撃を苦も無くいなしていた。

 またウィンドは2メートルを超す大男と手合わせしていた。ウィンドが手数が多く、激しく攻めたが、大男は丸太のような槍で淡々とさばく。

 礼治郎と設楽は思わず顔を見合わせる。

 2人とも手にまめができ、つぶれるほど剣の鍛錬を行っていたが、ここまでレベルの高い動きができることが信じられなかったのだ。

 タイガもウィンドも選ばれただけあって流石ではあったが、対応する現地人の体裁きは空前絶後といっていい境地に達している。


「そこまでですわ!」


 その言葉で、模擬試合のような立ち合いが止まる。


「げっ!」


 立ち合いを止めた少女を見て、思わず設楽が嘆いた。

 紫の髪の気の強そうな少女、サリアリ女王である。礼治郎たちを強制的に召喚した張本人だ。

 日が経つにつれ、礼治郎達のサリアリの評価は下がっている。「横暴で気まぐれでケチ」――耳にするサリアリの評判はさんざんで、礼治郎たちも同意していた。

 サリアリは髪を後ろになぐように払うと、二ッと微笑む。


「さすがは我が国が誇る冒険者ですわ! 勇者たちもいい稽古になったであろうと思いますわ」


 タイガとウィンドは剣を鞘に納めると、サリアリの前に移動し、片膝をつき、頭を下げる。


「王女様の心遣い――誠にありがとうございますです!」


 タイガに続いてウィンドも口は開く。


「いつもはふざけている俺ちゃんも、親切にされて感謝しているっす! やるっすよ、俺ちゃん」


 言葉使いは悪いがウィンドの態度には誠意を覚えさせる。

 礼治郎と設楽はタイガとウィンドの振る舞いから、2人がこの世界に急速に順応しているように映った。何気ない仕草がこちらの作法に合ってきているように思ったのだ。

 サリアリは満足げに頷くと、髪の毛をバサッと手で後ろに払い、タイガ達の後ろにいる人物にも声をかける。


「ゴージャル、ロバーグはいかが思うか聞かせて欲しいですわ?」


 銀髪の美男子――深緑の瞳の下に泣きほくろがある青年ゴージャルが頷き、答える。


「ほぼほぼ筋はいいですね。しかし今はまだ剣術は並の上程度です。しかし並々ならない気骨を覚えるのも確かです」


 続き大男――くぼんだ様な双眸といかつい顎が特徴のロバーグが答える。


「要するに『使えるか』という話なら、『使える』とわたしは考えますぞ。将来性は感じますぞ」


 2人の冒険者の言葉にサリアリは納得したように微笑む。続けて視線を礼治郎達に投げる。


「それから後ろに控える異世界人2名もざっと査定して欲しいですわ。直感だけで充分ですわ」


 その言葉にゴージャルとロバーグが振り返り、礼治郎と設楽を鑑定するように見る。

 すぐにゴージャルは肩をすくめる。


「何も感じませんです。ほぼほぼ凡人だと思いますよ。ピンと来るものはない」


「わたしも同様ですぞ。ですが女王の命であれば鍛えるのもやぶさかではござらんですぞ」


 ゴージャルに続けてロバーグも評を口にした。

 それを聞いて、女王とウィンドが声をたてて笑う。

 礼治郎と設楽は辱めるためだけに呼び出されたのだと同時に理解する。


 こいつは行動も言動も邪悪そのものだな!


 礼治郎は心の中で憤怒を一瞬たぎらせる。

 これまで聞いた情報をまとめると、勇者召喚はこのサリアリのほぼ独断だということだった。

 父と兄を病で失い、急遽女王となったサリアリは国財を注いで、超一流の魔導士20人と超特大の〈魔石〉を使って勇者召喚を行ったのだ。

 賛否の分かれる決断であったが、粛清をほのめかし、サリアリは強行に出た。よってサリアリの評判は一部では最悪に近い。

 サリアリは笑い顔のまま、礼治郎らにいう。


「とはいえ、異世界人は皆〈保管空間インベントリ〉などの特技を持つと聞きますわ。勇者でなくても召喚者は全て国の財産! 引き続き精進するべきですわ!」


 それを聞き、礼治郎らも膝を折って、深々とサリアリに頭を下げた。

 サリアリは礼治郎を見て、高圧的にほほ笑む。


「特にレイジローとか言ったかしら? そなたは魔力だけはあるようだから、何とかなさるべきですわ。よろしくて?」


「かしこまりました!」


 そういいながら礼治郎は小さく舌打ちをする。

 無論、腹は立つがそれをおくびにも出す気はない。いまはただ生き残ることだけを考えようと礼治郎は思った。

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