第12話 一葉、攻める

 翌日。


 今日も明日香とは普段通りのコミュニケーションが出来なかった。お互いに相手を慮っているのだが、どうしてもぎこちなさが出てしまう。


 そして俺は、放課後また図書委員のお仕事。図書室に入ると、昨日告白してきた一葉ちゃんが、つつつと積極的に寄ってきた。


「二人きりですね」


 一葉ちゃんがふふっと俺に懐っこい笑みを見せる。


「今のところお客さんもいないし、ストーカーさんも今日は生徒会の用事で離せないので。ストーカーさん、天に祈るような気持ちでしょうが、私がそれを気に掛ける必要はありません。というか、それを奇貨とすべし、です」


「ストーカーさん? 一葉ちゃんが言ってる意味がよくわからないんだけど?」


「それでOKです、せ、ん、ぱ、い♡」


 普段は大人しい一葉ちゃんが、ずずずいっと大胆に身を寄せてくる。


「昨日の私の告白。きちんと受け止めてくれて嬉しいです」


 一葉ちゃんの背は高くない。身長百五十くらいだ。だから俺を見つめる眼差しも、どうしても上目遣いになってしまって……。それがズキンと心に染みる。


「い、いや。確かに一葉ちゃんの気持ちはわかったんだけど……。俺には明日香がいるから……」


「それはわかってます。わかっていての告白です」


「一葉ちゃん……」


「私のこと……。先輩の心の隙間に置いてくれるだけで……一葉は満足です」


「いや。それも……明日香を裏切ることになるから……」


 ――と、一葉ちゃんがふふっと悪戯っぽく吐息して俺に密着してきた。


「せんぱい……。私、せんぱいのこと、ずっと見てたからわかります。明日香さんと、上手くいってませんよね?」


「!! なんでそれを……」


「そして……」


 一葉ちゃんが俺の耳元でくすぐったくささやく。


「せんぱいの……隠れた性癖も……知ってます」


「俺の……隠れた……」


「せんぱい……女の子に優しいですけど、同時に女の子を征服したいSさんだってこと」


「!!」


 俺はドキッと心臓が跳ねた。


「せんぱい……。明日香さんと……上手くいってなくて……『溜まって』ますよね? そして私はそんなせんぱいに虐められて征服されたいMだってこと……」


「一葉……ちゃん……」


 一葉ちゃんが、俺の正面に顔を移動させる。目が合った。物凄く近く。互いに触れ合えるという位置で、見つめ合う。


 一葉ちゃんの瞳が妖しく誘っていた。


 確かに……俺のストレスと情動は、溜まりに溜まっていた。


 明日香と、できそうでできなかったのが、痛い。


 明日香と一線を越えようとしてできなかった場面を思い起こして、毎夜、ひとりでもだえている。


 さらに一葉ちゃんがそんな俺に甘く畳みかけてくる。


「私たちの相性はぴったりです。そして……今、誰もいません」


「一葉……」


「私のこと、好きにしちゃってください。もう、せんぱいの本能のおもむくままに、私の事めちゃくちゃにしちゃってください。獣みたいに乱暴にされるのが……好みです」


 そううったえてきた一葉ちゃんに吸い込まれそうになる。


「せ、ん、ぱ、い……」


 潤んだ瞳で、じいっと物欲しそうに見つめてくる一葉ちゃん。


 そして……その一葉ちゃんがそっと目をつむり、俺と唇を重ねる――


 と言う場面で、俺は必死で残っている理性を奮い起こして――


「がぁぁぁぁーーーーーーっ!!」


 と叫んだ。


 のち、なんとか一葉ちゃんから離れる。


「せんぱい……?」


「ダメ! それ以上は、ダメ!」


「せんぱい。我慢するのはカラダに毒ですよ? 私と二人で幸せになれるんですから……」


「ダメダメダメ。ダメーーーーーーッ!! 明日香のことは裏切れないし裏切るつもりもない!!」


 とは言い切ったものの、俺の我慢も限界に達していて、誘ってくる一葉ちゃんを前にして理性がこれ以上もちそうにない。


 だから俺は図書室から逃げ出した。


 数日前に起こった明日香との出来事のデジャブーを感じながら、一葉ちゃんから逃走するのであった。

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