第3話 俺、明日香に誘われる
「明日香さん。さようなら」
「はい。さようなら。帰宅、気を付けてくださいね」
「森野さん。じゃねー」
「はい。じゃあね」
「会長。バイバイ。彼氏と仲良くね」
「はい。バイバイです」
学園からの下校路。隣の明日香がにこやかな笑みでひらひらと手を振る。そして声をかけてきた女生徒たちは、また友達との会話に戻り通り過ぎてゆく。
この森野明日香は、目鼻立ちのとても綺麗な高校生二年生で、俺の幼馴染だ。
もっと言えば、さらさらロングの黒髪が印象的な超美人で、俺の恋人。
俺たちの通っている彩雲学園で、明日香は生徒会長を務めている。誰にでも優しく丁寧に、そして時には毅然と振舞う、品行方正な優等生でもある。
だけど、小さいころから付き合っている俺は、この明日香は人一倍気が強くて喜怒哀楽のはっきりしている、ある意味自分の感情にストレートな女の子だということを知っている。
一途で一心な女の子なのだ。
「ふう……」
その明日香が息をついた。
「挨拶もけっこう気を遣うわよね」
「明日香、慕われてるからな。俺も……慕ってるし」
少し気恥ずかしかったが、言ってしまった。
「ありがと。なら……」
「なら……?」
「言われた通り、私たち、仲良くしなくちゃね」
ね♡、と俺に同意を求める笑顔で見つめてくる。
「確かにそうなんだが……でも俺たちって仲いいよな?」
「いいわね。時折、大喧嘩もするけど、でも私も高一郎もちゃんと相手に『ごめんなさい』するし。だから……」
「だから……?」
「もう、私たち付き合って五年にもなるんだし、もうデートも何十回もしてお互いの好きも嫌いも分かり合った仲なんだから。その……次のステップに進んでもいいと思うの?」
「それって……まさか……」
「そのまさか。明日の放課後……私の家に来て。両親、いないの」
明日香が少しはにかんだ顔で、頬を染める。
「え……? マジ……なんですか明日香さん!?」
「マジ。大マジ」
「ひゃっほうっーーー!!」
俺は拳を空に突き上げ飛び上がった。
通行人が俺を見るがそんなことはどうでもいい。
明日香の家にお呼ばれ。そしてそして……俺たちはついに最後の一線を超える時が来たのだ。
長かった……
俺と明日香は幼稚園以来の付き合いだ。昔は泥だらけになって一緒に遊んでいたのだが、その明日香は思春期に差し掛かる頃から見る見るうちに成長して、大輪の花の様な美少女になった。
俺は、そんな明日香にフランクな態度をとり続けてきたのだが、実は身も心もずっと前から夢中。
「もう。そんなにはしゃがないでよ。恥ずかしい」
叱られたが、その明日香もまんざらでもないというか、ぜんぜん嫌がってない。むしろ、顔がほころんで嬉しそうに見えるのは俺の気のせいじゃないだろう。
「じゃあ、私、こっちだから。明日の放課後。約束したから」
「ああ。ああっ!!」
俺は、下校路で明日香と互いに手を振って別れる。
明日。
夢にまで見た『その日』。
今日は眠れそうにない。
俺は、ぐっと拳を握りしめて「ついに……やった!」という意思を表にする。
――と、
「キミに決めた!」
いきなり足元から無邪気な声が聞こえて、目を落とした。
まん丸目玉の黒ネコがちょこんと座っていた。
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