貴方がオトしたのは金の幼馴染みですか?それとも銀の幼馴染みですか?もしくは…普通の超絶可愛いラブラブハッピーエンド確定の超絶優良幼馴染みですか!!!???ですよね!!!ですって言え!!!!!

くろねこどらごん

第1話

木切虎鉄こぎりこてつくん、貴方がオトしたのは金の幼馴染ですか?それとも銀の幼馴染ですか?」


 用事があると呼ばれて幼馴染の部屋を訪れて早々、こんなことを言われたら、普通の人はどう思うことだろう。


「あの、恵?いったいなにを言ってるの?」


 僕、木切虎鉄はというと困惑して、思わず僕を呼び出した張本人にして、幼馴染である泉野恵いずみのめぐみに尋ねていた。

 途端、恵は長い黒髪を二つに束ねたツインテールを左右に揺らして首を振った。


「ほほう、しらばっくれるっていうんですかそうですか。嘘つきな若者ですね。さすが、モテる男は違うねぇ。生まれた時からの付き合いがある幼馴染が、まさかチャラ男みたいなことをするようになるだなんて、ボクはとっても悲しいよテツくん。女の敵め、死ねばいいのに」


「えええ…」


 なんかめっちゃ罵倒されてる…

 おまけに勝手に失望されてるっぽいけど、こっちには身に覚えが一切ないんですが。


「僕、ほんとに知らないんだけど…ていうか、そもそも落としたってなにさ。幼馴染ってそこらへんに落ちてるようなものじゃないでしょ。恵がなにを言ってるのか、僕にはわからないよ」


「はぁ~~~~」


 改めて説明を求めるも、返ってきたのは深いため息。


「まぁ、テツはそう言うとは思ってたよ。長い付き合いだしね。君がとんでもない鈍感クソにぶちん野郎だってことは、とっくの昔にわかっていたさ。ああわかっていたとも!」


「あの、なんで逆ギレしてんの?」


「うっさい。これもかれも、全部君が鈍いのが悪いんだ。ボクはほとほと呆れ果てたよ虎鉄くん…でも、それについに終止符を打つ時が来たんだ」


「おほん」と一度咳払いすると、恵は胸元のポケットからスマホをサッと取り出した。


「実はここに動画を用意したんだ」


「え、動画?」


 あまりの展開の早さについていけず、僕は思わず聞き返してしまう。

 動画ってなんだ?さっぱりわけがわからない。


「論より証拠とも言うからね。言葉で理解してもらおうより、目で見てもらったほうがよっぽどわかりやすいだろう?」


「はあ……」


 まぁここまでの話がちんぷんかんぷんだったから、見てわかるならそれに越したことはないけど…

 未だ戸惑う僕をよそに、和泉は手早くスマホを操作する。


「では早速見ていこうか。ポチッとな」


 一瞬の間を置いて、動画とやらは始まった。










 最初に映し出されたのは、僕らの通う学校の廊下だった。

 何故それが分かったかというと、見覚えのある場所だったこともあるけど、うちの制服を着た生徒たちの姿がチラホラと動画の端に映っていたからだ。

 撮影されているアングルは少し低めで、手ぶれでもしているのか、若干視界が揺れている感じがする。

 そんなことをぼんやり考えながら見ていると、ある声が画面の向こう側から聞こえてきた。


『悪いわね、わざわざ手伝ってもらっちゃって』


 それは女の子のものだった。誰かに話しかけているのか、声の調子は少し弾んでいる気がする。

 なんだか聞き覚えのあるような気がしたけど、次の瞬間画面に見えた長い金色の髪で、その子が誰なのか僕にはわかった。

 うちの学校でこんな眩い輝きを放つ金の髪を持つ女の子は、ひとりしかいないのだから。続けて飛び込んでくる男子の声で、僕は確信することになる。


『ううん、気にしないでよアリシア。僕が勝手にやってるだけだからさ』


 間違いない。彼女は僕の幼馴染であるアリシア=アクスフィールドだ。

 金色の髪が眩しい美少女で、クラスの学級委員もやっている真面目な子である。


 少し気の強いところもあるけど、明るくて頼りになる性格から、男女問わず皆に好かれているのを知っている。

 そんな彼女が、隣を歩く中性的な顔をした優しそうな男子に、信頼しきった穏やか笑みを浮かべながら話しかけていた。


『ふふっ、虎鉄って、本当にお人好しよね。でも、私は貴方のそういうところが…』



 いや、ていうか―――



「恵、ちょっと待って」


「ん?なんだよテツ、まだ始まったばかりじゃないか」


 思わずストップをかけると、あからさまに不満そうな声をあげる恵。

 まだ動画の再生を始めて1分も経ってないから文句を言いたくなる気持ちはわからなくもないけど、こっちはこっちで早くも言いたいことができてしまった。



「これ、なに?映ってんの僕じゃん。いつ撮ったの?」


 そう、アリシアが呼んだ虎鉄という名前は僕のことだ。

 疑問に思った僕の質問に、恵は少し眉をひそめると、


「いつって、この前の月曜日だけど?テツゥ、いくらなんでも、自分がしたことを忘れるとか、ボクちょっと引いちゃう…」


「ごめん、聞き方が悪かった。これ、どうやって撮ったの?僕、撮られてるとか全く気付かなかったし、撮っていいなんて許可した覚えもないんだけど」


 さらに言えば、この時恵が近くにいた記憶だってないし、なんでこんなものが撮られてるのかさっぱりわからない。


「…………」


「おい、待て。無言で再生しようとするな」


 質問をスルーして、何も言わずに再生ボタンを押そうとした恵の腕を、僕は掴んだ。

 説明なしで事を進めようとするのは、幼馴染といえど見逃せない。


「ていうか、これ、角度的に完全に盗撮…」


「テツゥッ!!!」


 言及しようとした途端、突如恵は声を張り上げ、


「ボクはねぇ!君が無自覚のうちに行ってる鬼畜な所業を理解させようとしてあげてるんだよ!?それなのにテツは僕の心遣いを無駄にしようっていうのかい!?」


 鬼気迫る表情でそう早口でまくしたててくる幼馴染に、僕は思わず面食らう。


「え、あの」


「そんな男だなんて、ボクは思わなかったなぁ!!こっちはわざわざ時間を取ってあげてるのに、それはないんじゃないかなぁっ!?」


「そういうつもりはなくて、僕はただ、なんでこんな動画を盗撮してたのかをね…」


「うるせぇ!!細けぇことはいいんだよ!!」


「いや、細かくは…」


「いいから黙って動画見ろや!!!盗撮がどうとか、そんなのどうでもいいことなんだよ!!!」


「いやいや、どうでもよくは…」


「よく聞け!テツゥッ!!!」


「!!!」


「大事なのは!過去じゃなく!今だろうが!!!」


 ここでようやく、僕は悟った。 


「振り返るな!!!いいか!気にするな!!!どうやって撮ったかなんて些細なことなんだよ!!!わかったかテツゥッ!!!」



 こいつ、誤魔化そうとしている



 大きな声で威圧して話をすり替えて、めっちゃ露骨に盗撮した事実を誤魔化そうとしている



「ほら、先に進めるよ!重要なのはこっからだからね!目をかっぽじって見るように!」


 キレ散らかしてくる幼馴染に一瞬怯んだ隙に、恵は再生ボタンを押していた。


(目をほじったら見れないんですけど…)


 完全にチンピラの手口でうやむやにしようとしてくる幼馴染にもにょりつつも、このままでは埒があかないのもまた確か。

 仕方なく、僕は再度画面に目を向けることにしたのだった。




『アリシア、重くない?僕はまだ余裕あるし、もう少し持とうか?』


『大丈夫よ。私だって、そこまで力ないわけじゃないもの。でもありがとう、気を遣って嬉しいわ』


 画面の中で、僕らの会話は続いていた。

 先生から準備室まで持っていくようにと頼まれた書類は結構な量があり、少し困っていたアリシアを見かねて声をかけたことを今更ながら思い出す。


『僕だって一応男だしね。女の子に無理はさせたくないからさ。本当に無理はしなくていいからね。頼ってくれたほうが嬉しいし』


『……そうね。貴方も、男の子だもんね。昔は少し頼りないところもあったけど、今じゃ立派になったもの。幼馴染として、私も鼻が高いわよ?』


『むぅ。なんか子供扱いされてるなあ…』


 クスクスと笑いながらも、どこか誇らしげな笑みを浮かべるアリシア。

 同い年なはずなのに、どこか大人びた余裕な態度に、思わずむっとしちゃったんだっけ。


(あれ、そういえばこの後は確か…)


『そんなことないわよ。私は貴方のことをちゃんと…きゃっ!』


 そうだ、この時、会話に気を取られてしまっていたのか、途中でアリシアがつまづいてしまったんだ。


『!!危ない!!』


 それに対し、僕は抱えていた荷物を放り出し、咄嗟に彼女の前へと身を乗り出してた。


(間に合え!)


 ドサッ!という大きな音ともに、僕らは廊下へと倒れ込む。


『あいたたた…』


 背中をしたたかに打ち付けることにはなったけど、なんとかアリシアが廊下にぶつかることは避けられたようだ。とはいえ痛いものはやはり痛い。

 思わず声に出していると、上からアリシアの声が聞こえてきた。


『あっ…こ、虎鉄!大丈夫!?』


『うん、大丈夫…アリシアは怪我はない?』


『私より虎鉄でしょ!?本当に大丈夫なの?血が出てたりしない?』


 どうやらかなり心配しているみたいで、体のあちこちを触って問題がないか確かめようとしてくるアリシア。

 倒れた拍子に体が密着してるため、あちこちに柔らかいものがあたってしまってることに、どうやら気付いていないらしい。


『平気だって。アリシアが無事で良かったぁ』


『馬鹿…!私の不注意に巻き込まれたのに、なんでそんな…』


『だって、アリシアは女の子じゃないか。頼りないかもしれないけど僕は男だし、守らないといけないから。大切な幼馴染が目の前で傷付くようなことを、見過ごせるわけがないよ』


『――――!』


 そう言いながら、僕はアリシアの頬に手を寄せ、すぅっと撫でた。

 彼女の頬は白くてとても柔らかく、手の甲にかかる金の髪もサラサラとした感触で心地いい。


『助けられて、本当に良かった。アリシアの顔に傷がついちゃったりしてたら、僕は自分のこと、きっと許せなくなってたよ』


 安心しながら笑いかけたのだけど、何故かアリシアは顔を真っ赤にし、


『…………ばか』


 そう小さく呟いて、僕から目をそらすのだった。






「そういえばこの後からアリシアは僕に目を合わせてくれなくなっちゃったんだよなぁ。話しかけようとすると、顔真っ赤にして逃げちゃうし。やっぱり怪我してたのかな?ねぇ、恵。アリシアからなにか聞いて…」


「羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましいあざといあざといあざといあざといあざといあざといあざといあざといあざとい」


「恵!?なにしてんの!?」


 あれ以来様子のおかしいアリシアのことを聞こうとしたら、何故か恵はブツブツなにかを呟きながら、床を殴りつけているではないか。

 異様な光景に思わずビビってしまうが、僕の呼びかけに気付いたのか、恵はゆっくり顔をあげた。


「あ、ごめんごめん。なんでもないよ。ちょっと嫉妬の炎に駆られてただけだからさ。いやー、アリシアってあんな卑し…乙女な一面もあったんだね。ボク、びっくりしちゃったよ。いやはやまったくあざといね!」


「それなんでもないって言わなくない?あと卑しいって言おうとしたよね、幼馴染のことを。ツッコミどころ多いんだけど」


 ちなみにあえてツッコミはしなかったけど、今の恵の目からはハイライトが消えていた。

 顔は笑っているが、目は笑っていないってやつだ。僕も全く笑えないし、むしろ背中から冷や汗が出てきそうである。


「ははは。まぁそれだけボクらは仲良しだってことだよ…それでさ、テツ。理解はしたかい?」


「え?理解ってなにをさ」


 思わず聞き返す僕に、恵は意地の悪い笑みを向けてくる。


「まったくしらばっくれちゃって…動画を見せた理由をだよ。まぁいくら鈍い君でも分かるよね。そう、君はとんでもないものをオトしてしまったんだ…それがなんなのかは、もはや言うまでもな…」


「あ、そういえば倒れた時、結構大きな音がしたね。とんでもない音って言えばそうなのかも?あれで皆駆け寄ってきたし、アリシアに抱きつかれているような格好だったからちょっと恥ずかし「このクソボケガァーーーッ!!!」きみのぞっ!?」


 次の瞬間、僕は腹を思い切り殴られていた。


「いっだあい!なにすんだよ!?」


「そういうボケはいらないんだよ!!!お前今をいつだと思ってんだ!?令和だぞ!?なに平成のラブコメみたいなボケをかましてんだよ!!キムチじゃねーんだぞ!!!時代にアップデートしろや!!鈍感にも限度ってものがあるだろーがよぉっ!!」


 肩を怒らせ、そんなことを恵はまくしたててくる。

 あまりの迫力に腹の痛みを忘れて慄くと同時に、僕は彼女に引いていた。


「えええ……僕が悪いの……?」


「悪いよ!?このアリシアの顔見てみろよ!?完全に発情した雌の顔してんだぞ!!!どっからどう見ても意識しまくってんだろうがよォーッ!!!貴方とF○CKファッピーしたいですって、顔に書いてるわ!!!おっぱいデカいし、セッ○○ピーヤリまくりたい肉欲の権化だぞ!!!これ見て気付かないとか、鈍感通り越してドン引きだよ!!!」


「いや、そんなにキレられても…」


 ちょっと理不尽すぎない…?

 てか雌て。F○CKファッピーて。セッ○○ピーて。

 聞いてるこっちがドン引きなんですけど…同い年の女の子からこういう単語がポンポン出てくる事実がまず嫌すぎる。


「ああ、分かったよ!!まぁどうせこうなると思ってたしね!!君はそういうやつだと分かってたからね!!じゃあ次だ!!次はこれを見ろ!!!」


 顔を真っ赤にしながらスマホを操作し、恵はまたも僕に画面を突き出してきた。








 そこは学校の図書室だった。

 時間は夕方だろうか。窓の外が茜色に染まりつつあるなか、ふたりの男女が向かい合う形で立っている。

 少しの時を置いて、女の子が口を開いた。


『私は、貴方のことが好きです』


 女の子の長い髪は夕日を浴びて、キラキラと輝いていた。

 その輝きは、日本人では有り得ない銀の色を帯びており、人形のように整った容姿と相まって、いっそどこか幻想じみた雰囲気を放っており――


『木切虎鉄くん』


「ちょっと待ったぁっ!」


 その名前を耳にして、僕は思わず待ったをかけていた。


「これも盗撮じゃないか!しかも僕が告白されているところを撮ってるとか、さすがにひどいよ!人権侵害だよこれは!」


 法治国家に生きる人間として当然の権利を主張した途端、鋭すぎる眼光が僕を射抜く。


「あ゛?」


「ゆ、許されることじゃないと、思うっていうか…」


 どうしよう。


 眼力がヤバいし、圧がすごい。


 怖すぎるんですが。


 こいつ、ほんとに同い年のJKなのか?

 だけど、ま、負けるわけには……!


「あ゛あ゛!?」


「だ、だからその、いくら幼馴染といっても盗撮はよくな…」


 ま、まけ…


「あ゛あ゛あ゛ん!?」



「あの」



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛ん゛ん゛ッッッ!!??」



 …………………。



 駄目だ



 この幼馴染には、正論が通じない



「…………なんでも、ないです……」


 怖すぎる幼馴染を前に、僕は折れた。

 力なき正義は、倫理なき暴力の前にはあまりにも無力だった。

 僕は弱い人間だ…………


「チッ、邪魔すんなよな。ほら、続き見るよ」


 舌打ちしながら、乱暴な手つきで再生ボタンをタップする恵。

 ヤクザのようなガラの悪さを見せる幼馴染を胡乱な目で見つめつつ、半ば諦めた気分で画面へと目を落とすのだった。





『返事をもらえるでしょうか?』


 再び動き始めた画面の向こうで、銀の髪をした女の子が僕に問う。

 藍色の瞳を真っ直ぐに見つめながら、この時の僕はゆっくりと口を開き―そして小さくため息をついた。


『はぁ…あのさ、僕を呼び出してからかうのはやめてくれない?エリス』


 彼女―斧塚おのづかエリスの名前を呟く僕の声には、どこかうんざりしたような色が宿っていた。

 まぁ当然といえば当然だろう。エリスもまた、僕の幼馴染のひとりであり、彼女には昔から散々からかわれていたのだから。


『あら、引っかからないんですか。残念』


 僕の呟きに反応して、ケロッとした顔でそんなことをのたまうエリス。

 さっきまでの真剣な様子が、まるで嘘のようである。


『そりゃ昔からやられてるしね…ていうか、高校生になってまでやられても今更引っかからないよ』


『あら、すっかりすれちゃったんですねぇ。昔の虎鉄くんは、もっと純粋で可愛かったですよ。私が好きだって言うと、真っ赤な顔でオロオロしてたのが懐かしいです』



 ミシィッッッ!!!



 直後、スマホから聞こえてはいけない音が鳴り響き、画面が小さくひび割れた。


「ひぃっ!?」


「あ、めんごめんご。つい力が入っちゃった。いやあ、この時も頑張って唇噛み締めて我慢してたんだけど、もっかい見ると駄目だねぇ」


 明るく話す恵だったが、こっちはそれどころじゃない。

 幼馴染にこんなヴァイオレンスな一面があったと、何故今まで気付けなかったんだろう。


「まぁ見る分には問題なさそうだし、このまま見よっか。ちなみにテツは、今まで何回エリスに好きって言われたのかな?ボク、とっても興味があるなあうふふふふ」


 含み笑いが怖すぎる。

 そもそも答えたとして、その時果たして僕の命はあるのだろうか。

 黙秘権を貫くことを固く決意し、恵の言葉を聞こえなかったことにして僕は画面に意識を集中させた。





『……昔の話をしないでよ。あの頃はまだ慣れてなかったんだから……』


『ふふっ、確かにウブでしたもんねぇ。まぁ今もそうですが。そういうところも、私が虎鉄くんのことを好きな理由のひとつですよ?』


『またからかってくる…それも嘘でしょ?』


『いえいえ、本当ですよ。私は虎鉄くんのことを、とても大切に思っていますから』


 笑いかけてくるエリスの顔には、一点の曇りもない。

 頻繁に僕を騙そうとしてくるような子だとは思えない、完璧な演技である。

 もし彼女が女優になったら、さぞかし人気が出ることだろう。


(……こういうことをサラッと言ってくるんだもんなぁ)


 大した役者っぷりだと内心舌を巻いてしまうが、人によってはこの笑顔を向けられたら、自分に好意があるんだろうと勘違いしてしまいかねない。


(いい加減幼馴染としてエリスを懲らしめてあげたほうがいいのかも…悪い男に捕まったら、僕も悲しいもんな)


 そう思い、僕は一度息を吐き、口を開いた。


『本当に?実は僕以外の人にも好きだって言って、からかってたりするんじゃない?』


『んー、どうでしょうね。もしかしたらそういうことをしていたりするかもしれませんよ?私って、結構好かれているようですから。でも私は、虎鉄くん以外の男の子に…』


『そういうの、やめなよ』


 エリスの言葉を、僕は途中で遮った。


『え…?』


『そういうことを、軽々しく他の人に言って欲しくないな』


 そして強い瞳で真っ直ぐにエリスを射抜きながら、彼女に向かってゆっくりと近づいていく。


『こてつ、くん…?』


 珍しく動揺を見せるエリスだったが、それは僕にとって好都合だ。

 無意識の行動なのか、少しづつ後退していく彼女だったが、逃がすつもりはない。


『エリスに、他の人のことを見て欲しくないって言ってるんだ』


 やがて逃げ場を失い、壁へと背中を預けることになったエリスの顔の横に、僕は自分の左手を押し付けた。


『エリスは、僕のことを好きなんだろう?なら、僕のことだけを見てればいい』


『――――!』


 そう言いながら、僕は自分の顔を近づけつつ、空いた右手をエリスの顎に添え、目線を合わせるようにクイッと上げた。

 交錯する視線。彼女の藍色の瞳は大きく見開かれ、頬が赤く染まっていく。手の甲にかかる銀の髪は、綺麗な光沢を放っていた。


『エリスは可愛いから、他の男に好きだなんて言ったら勘違いさせちゃうよ。そうしたら、いつかエリスにひどいことをする人だって現れるかもしれない。そんなことには、絶対なって欲しくないんだ―――だから、僕だけを好きだと言って欲しい。いくらでもからかってくれていいけど、その言葉だけは、僕にだけ向けて欲しいんだ』


 いいよね?そう微笑みかけながら、ゆっくりその整った顔から手を離すのだけど、何故かエリスは顔を真っ赤にし、


『…………はい』


 そう小さく呟いて、潤んだ瞳を僕に向けるのだった。







「いやあこの時は焦ったなぁ。この後目を閉じてくるんだもん。びっくりしたよ。てか改めて見ると恥ずかしいことしてるなぁ…まぁ、上手くいったようでよかっ」


「許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい卑しい」


「ちょっ!?恵!?やめて!首を絞めないでぇっ!?」


 エリスのからかい癖が他の人に向かわなくなったことに安堵してると、何故か恵がブツブツ呟きながら、僕の首を締め上げてくるではないか。

 女の子とは思えないあまりの握力にビビリながら必死に彼女の腕をタップしていると、恵はようやく顔を上げて僕を見た。


「あ、ごめんごめん。ちょっと妬みの感情が爆発炎上しちゃってさ。いやー、壁ドンからの顎クイとかリアルで初めて見たよ。ほら、見てよこのエリスの顔。いつもはあんなに澄ましてて、男なんてクソチョロいし、いつでも手玉に取れますよって顔してるのに、もう貴方しか見えませんって顔になってるよ。恋愛クソ雑魚…もとい、乙女だねぇ。ボクびっくりしちゃったよ。泥棒猫の素質十分だね!」


「幼馴染に対してひどすぎない?」


 ちなみに今の恵の瞳はグルグルと渦を巻き、深い深淵が垣間見えている。

 僕は痛む首筋を撫でながら、目を合わせることだけは避けた。

 SAN値が減らないよう心のダイスロールを振ってなんとか平静を保つことで精一杯である。


「ふふっ、まぁボクらはズッ友だからね…それでテツ。今度こそ理解したかい?」


「え?」


 なんのこと?あれ、なんかデジャヴ。


「とことん君はとぼけるなぁ。とはいえ、さすがに理解ってるんだろう?だって、あんなに明確にオトしにかかってるんだからね。あれでオトすつもりはなかったなんて言ったらボクはもう…」


「あ、そういえばこの後ネタバラシしたら、エリスは顔真っ赤にして私をおとしめるつもりだったんですかって詰められたなぁ。貶めるとか、そんなつもりは全くなくて、エリスのためを思ってやったことだったんだけど。でも、やっぱり僕なんかがこんなことしたから、いくら幼馴染でもドン引きされて「アタマがフットーしそうダヨォ―――ッ!!!」あとらくなくあ!?」


 途端、僕は再び腹を全力で殴られていた。


「ぐっほぉっ!死ぬぅ!?」


「おいコラ!テメェー!!ふざけてんじゃねーぞ!?お前正気か!!??なんで天丼かましてんだよ!!!流れでわかるだろうがよォッ!?その脳みそと耳を五等分に刻んで、花嫁もとい鼻から空気読めるようにしてやろうか!!??」


 二度目の痛みに床の上をのたうち回るが、どこぞのテロリストのような恐ろしいことをのたまう幼馴染にドン引きしてしまい、痛みが急速に消えていた。


「怖いこと言わないでよ!僕、ふざけてなんかないって!」


「そのほうがタチ悪いよ!?エリスよりよっぽど悪質なんですけど!?あんなイケメンにしか許されない行為やっといてそんなつもりなかったとか、一昔前のラノベ主人公でも言わねェ―――ッ!?見ろよこの目を!ハートマーク浮いてるわ!!!おまけに「抱かせろ」って言われるの待ってる顔してんだぞ!!!男の人って皆そうですよねの真逆行ってんじゃねぇ!!!釣った魚に餌も与えず放置プレイとかドン引きだよ!!!」


 そんなことを一気にまくしたて、恵はゼェゼェと肩で息をする。

 それを見ながら、僕は困ってしまった。だって本当に、あのふたりをオトしたなんて思っていないのだ。


「そう言われても…本気でそんなつもりなかったとしか言えないよ…」


 アリシアもエリスも、僕にとっては自慢の幼馴染であるけれど、学校ではとても人気のある女の子である。

 対する僕は、平凡な男子生徒のひとりだ。そんなふたりの美少女をオトせるほどの人間じゃないことくらい自覚している。


「そうかそうか、つまり君の答えは、そういうことだってわけだ」


 そんな僕の答えを聞いて、恵は嘆息しながらも、まるで確かめるように、次の言葉を言った。


「もう一度聞くよ、テツ。―――貴方がオトしたのは金の幼馴染ですか?それとも銀の幼馴染ですか?」


 それは、最初の問いかけの繰り返し。

 これまでの流れを踏まえて、もう一度よく考えてみろということなんだろうか。

 この問いかけは僕がオトしていたらしいあのふたりの気持ちを考えて、ちゃんと答えを出せという、幼馴染のひとりとしての恵なりのメッセージなのかもしれない。


(でも……)


 ごめん、恵。

 僕の答えは、もう決まっているんだ。


「どっちもオトしたつもりなんてないよ。ふたりとも、僕にとっては大事な幼馴染なんだ。それ以上の関係になるとか、考えたこともないよ」


 そう答えるしかなかった。

 だって、僕は本心から彼女達のことを幼馴染としてしか見てこなかったんだ。

 今からそれ以上―つまり、女の子として見ることができるのかと言われたら、首を縦に振れる自信が正直ない。


「そっか。それがテツの出した答えなんだね」


 僕の答えを聞いた恵は、どこか寂しそうな顔をした。

 幼馴染達のことを考えているのだろうか。皆、本当に仲が良かったものな…


「うん」


「それはつまり―――」


 アリシア達のことを考え、胸を痛めたらしい恵は、ゆっくりと俯き―――







「テツは、ボクのことを選ぶっていうことだよね!!!!!」


 すぐに顔を上げて、めっちゃ晴れやかな顔をして、そんなことをのたまった。


「…………え」


「いやあ、ボクには最初から分かっていたよ!当然だよね!だってボクこそがテツにとってなにより大事な、一番の幼馴染だもん!」


 ええ……なにいってんだ、こいつ。

 絶句する僕をよそに、恵はテンション高く話を続ける。


「そりゃそうだよ!派手なだけの金とか銀より、やっぱ選ぶなら普通の幼馴染だよね!黒髪最高!!!普通最高!!!ヒャッホーーウ!!!普通の幼馴染大勝利ぃっ!!!」


「え」



 普通?



 普通…?



 普通……!!??



 この幼馴染が、普通だと……?



「んなわけあるか!!!」


 思わず僕は叫んでいた。というか、叫ばずにはいられなかった。


「なんだよテツゥ。ボクと恋人になれたのが、そんなに嬉しいのかい?大きな声出しちゃって、このこのぉっ」


「違うよ!!!僕は恵と付き合うなんて一言も言ってないんだけど!!!ていうかなんだよ普通って!!!恵のどこが普通なんだよ!!!」


 僕のツッコミに、恵の顔が大きく歪む。


「はぁっ!?テツ、君、この黒髪が目に入らないのかい!?おまけにツインテールだぞ!!!めっちゃ普通だろうが!!!」


「そこだけかよ!!!普通要素が少なすぎるよ!!!料理ができるとか面倒見がいいとか、もっと色々あるもんだろ!!!」


「ボクは料理も出来るぞ!!!頭だっていいし、運動神経も抜群だ!!!おまけにおっぱいだってデカい!!!なにもかも完璧なのに、幼馴染のことが大好きな、普通の幼馴染だろうがああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 絶叫する恵。目が怖い。血走っている。


「違うよ!!??普通っていうのは、もっと薄味なんだよ!!!恵は濃すぎて真逆もいいとこなんですけど!!??そもそも、完璧とか嘘つけ!!!盗撮!ストーカー!暴力!恫喝!おまけにヤンデレも入ってるとか、超地雷案件じゃないか!!!付き合うとか有り得ないよ!!!絶対有り得ないよ!!!!」


「なんで二回言った!?なんで二回言ったんだ!!??ちょっと君のことが大好きすぎるだけだろうが!!!そもそもオトしたのは君だぞ!?責任取れやあああああああ!!!!」


「覚えがないよ!?いつオチたんだよ!!!勝手にそんなこと言われても困るよ!!!」


「うるせぇ!!!幼馴染っていうのはぁ!いつの間にか勝手にオチてるもんなんだよ!!!時間は細かいことすっ飛ばして全てを解決してくれるからな!!!つーか、そのほうが都合がいいだろうが!!!でないとぼっち拗らせた性格悪い陰キャに、絵に描いたようなスペック高くて性格もいいコミュ強美少女が惚れるわけねェーんだよ!!!サクッとハッピーエンドを迎えるのに最高の設定してんだから、つべこべ言わずに受け入れろや!!!」



 凄いことを言った。



 今、この幼馴染は、凄いことを言った。



「責任取れ!!!結婚しろ!!!孕ませろ!!!梅干し食べてスッパ○ンならぬ、妊娠して酸っぱいファミリーだゴルァァッッ!!!お前がパパになるんだよ!!!勿論他の二人は抜きだからな!!!ハーレムなんてボクは許さん!!!!!」


「するつもりはないけど横暴すぎる!!!」



 その時だった。



 ピンポーン

 


「「!!!」」


 もみ合うように騒いでいると、ふと下の玄関からチャイムの音が聞こえてきて、恵の気が一瞬それる。


「今だ!!!」


「あっ、おいテツゥッ!!!」


 それをチャンスと見た僕は、転がるように部屋を抜け出し、玄関へと向かってダッシュした。


(このまま恵のおばさんに盗撮のことを伝えよう!そして逃げ切るんだ!!!)


 いくら幼馴染とはいえ、さすがに盗撮暴力恫喝ストーカーの四重奏を奏でるチンピラ系激ヤバヴァイオレスJKは僕の両手どころか両足ですら余りまくる。


「だすけておばさん!貴方の娘はやべーやつです!!!」


 家族に何とかしてもらう他ないと思いながら、僕は玄関の扉を開け―――


「虎鉄…?」


「虎鉄くん?」


 視界に飛び込んできたのは、金と銀の髪をした幼馴染ふたりの姿だった。


「…………え。なんでふたりがいるの」


「それは、ボクが呼んだからだよ」


 訳が分からず戸惑っていると、背後からポンと肩を叩かれる。

 それが誰かは、言うまでもないだろう。振り向く勇気が持てずに固まっていると、後ろから声が飛んでくる。


「やぁ、よく来てくれたねふたりとも」


「いや、別にいいんだけど…なんで恵の家に虎鉄がいるのよ?」


「幼馴染といえど、気軽に女の子の家にあがるものではありませんよ、虎鉄くん。私の家ならいくらでも構いませんけど」


 目の前のふたりは訝しむ。僕は固まる。

 そしてまた後ろから声。


「ふふっ、ふたりには見てもらいたいものがあってね。そのために来てもらったんだよ…これを見てくれないかな」


 そう言って、恵はなにかを操作していた。


(あれ、この流れってなんか覚えが…)


 唐突に襲ってくる既視感。

 そして、それは聞こえてきて―――



『どっちもオトしたつもりなんてないよ。ふたりとも、僕にとっては大事な幼馴染なんだ。それ以上の関係になるとか、考えたこともないよ』



「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!????」


 僕は叫んだ。思い切り叫んだ。

 叫ばずにはいられなかった。


「こて、つ…?」


「虎鉄、くん…?」


 金と銀の幼馴染ふたりの目から、急速にハイライトが消えていく。


「ふふっ、そういうことなんだ。つまり君たちふたりは、テツにとって恋愛対象外だったみたいなんだよ。要するに、テツはこのボクを選んだっていうことさ!」


 そんななか背後から聞こえてくる恵の声は、勝利を確信した、勝ち誇ったものだった。


(こ、こいつ…!?)


 やりやがった


 やりやがったよこの人!!??


 さっきまでの会話も、盗撮していやがった!!!!


「……そんなの、認めないわ」


「虎鉄くんは私を選んだんです。恵には断じて渡しません」


 ゆらりと幽鬼のように揺れるふたりの瞳には、深淵が広がっていた。

 明らかにこれまでの幼馴染のそれではない。美少女だけあって迫力も尋常ではなかった。怖すぎる。正直いってちびりそうだ。


「お、やんのかコラ。海外産の金銀コンビが。純国産の普通の幼馴染である勝ちヒロインに、負け犬どもが勝てると思ってんの?ハッ、無理だね。メインヒロインは昔から漢字でフルネームじゃないといけないって決まってんだぜオイ」


 そんなふたりを恵は煽るが、言動は明らかに勝ちヒロインのそれじゃなかった。

 どこぞのチンピラそのものである。やはりこいつは、幼馴染を名乗っていい存在じゃない。


「知らないの?黒髪ヒロインなんて、とっくの昔に時代遅れなのよ?」


「ええ、時代は銀髪です。海外人気も違うんですよ。黒も金も、所詮はSR止まり。SSRに勝てるはずがありません」


「ハッ……抜かすね、君たち。さすがはボクの幼馴染達だ。口だけはよく回るよ。敗者らしいピエロっぷりだ。惚れ惚れしちゃうよ。あまりの負けヒロインっぷりにボカァ思わず君らを尊敬しちゃうね。負け犬乙!」


 バチバチとした三すくみ。

 ただ、それがなんで僕を取り囲んで行われてるんだろう。

 嫌すぎる。鈍感なのって、そんなに罪なことだったんだろうか。


「あ゛?」


「は?」


「お゛?」


 女の子同士でメンチ切り合ってる光景も怖い。怖すぎる。こんな幼馴染達の姿、見たくなかった。

 修羅場ってこんなに怖いものだなんて思わなかった。


「ふぇぇぇぇぇ」


 思わず幼児退行してしまうも、現実とはどこまでも無慈悲であるらしい。


「テツ!!!」「虎鉄!!!」「虎鉄くん!!!」


「ひぃっ!」


「「「オトしたんだから、ボク(私)を選べ!!!!!」」」


 凄まじい威圧感とともに三色の幼馴染から詰められた僕は、オトすことの罪深さをこの日切実に実感することになったのだった。



「「「ちなみにクーリングオフとか拒否とか一切認めないから、そのつもりで」」」


「はい………」


 結論。来世では鈍感を直してひとりを選ぶことを、固く決意した。

 ハーレムとかマジ無理怖い。

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貴方がオトしたのは金の幼馴染みですか?それとも銀の幼馴染みですか?もしくは…普通の超絶可愛いラブラブハッピーエンド確定の超絶優良幼馴染みですか!!!???ですよね!!!ですって言え!!!!! くろねこどらごん @dragon1250

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