第2話 正露丸の効能

 猫ロボは土手の道を歩いていく。そして、線路の下をくぐるように道が低くなっている場所で立ち止まった。ここは川にかかっている鉄橋の根本部分になる。猫ロボはそのコンクリートの壁に向かってあごをしゃくった。


「こっちよ」


 そう言って、彼女は壁の中へ入って行った。


 僕はわけがわからずその場で固まっていた。すると壁の中からサラさんの声がした。


「早く」


 急かされている。そりゃそうだ。お腹が痛い時は早く正露丸を飲みたい。僕は恐る恐る壁の方へと歩いた。少し進むと、僕はどこか別の場所にいた。


 そこは淡く光る壁の小部屋だった。


「驚かせちゃってごめんなさい。もう一度自己紹介するわね。私の名前はサラ・ヌール・イリューザ。惑星国家ティアリーナの王女です」


 王女って、お姫様の事だよね。それはそうと、惑星国家ティアリーナって?


「こっちへ来て」


 猫ロボは奥の部屋へと向かう。奥は寝室だった。大きめのベッドがあり美しい女性が横たわっていた。透き通るような白い肌と銀色の髪が眩しかった。頭のてっぺんには二つの猫耳が飛び出ているし、腰のあたりから白い尻尾が垂れ下がっている。日本人じゃないし、アメリカとかヨーロッパの人とも違う気がする。でも、彼女はものすごく綺麗で、僕は急にドキドキし始めた。これ、ヤバイ。


「無理なお願いを聞いてもらってありがとうございます。そこで寝ているのが私です。今は動けないので、この猫ロボに私の意識を投射しています。早速ですが、正露丸を飲ませてください」

「わかりました」


 ベッドの脇のテーブルには水の入っている透明なポットとガラスのコップが置いてあった。僕はコップに水を注ぎ、正露丸を三粒取り出す。


「水と正露丸を用意しました」

「私は動けませんので飲ませていただけますか」

「わかりました。でもどうやって?」

「口移しでお願いします」

「ええ?」


 口移し?

 こんな綺麗な人に?


 頭がぶっ飛んで真っ白になった。


「早く飲ませて」


 猫ロボが急かす。意を決した僕は三粒の正露丸を口に放り込み、更にコップの水も口に含んだ。そして、サラさんの唇に僕の唇をくっつけ、水と正露丸を彼女の口の中へと流し込んだ。彼女の喉が動き、水と正露丸を飲み込んだのが分かった。


 すると彼女は目を開いた。彼女の瞳は黄金色で、瞳孔は縦長。それは猫の目そのものだった。彼女は体を起こし、僕の顔を見つめる。


「浩平君。ありがとうございました」

「いえいえ」


 平静を装っているが、僕の心臓はドキドキしっぱなしだ。


「応急でしたが、よく効きました」

「正露丸がですか」

「はい」

「お腹が痛かったの?」

「そうではないのですが……最初から説明しますね」


 彼女の故郷はティアリーナ。地球から約150光年離れているおうし座の角、ヒアデス星団の中にある惑星国家だ。彼女はお忍びで地球に来ていた。地球には、彼女の友人の猫獣人が何人も暮らしているからだ。


「猫獣人?」

「ええ。宇宙には様々な形態の人がいるの。猫獣人は、人間と猫の中間的な人種ね。私たちのような猫耳と尻尾だけの人種もあれば、全身もふもふの人種もいるわね」


 猫獣人にも様々な種類があるらしい。


 サラさんは地球で楽しい一時を過ごしていたのだが、ある病気に感染してしまった。それはコロナウィルス感染症だった。


「母船の医師が来れば一瞬で治療できるんだけどね。でも、母星ティアリーナに帰される。だから、他の方法で直したの」

「それが正露丸ですか?」

「ええ。正確には、複数の抗ウィルス薬を連携させるためのトリガーです。正露丸だけではウィルスを撃退できません。それで、正露丸を買いに薬局薬店をまわったのですが、猫ロボだと売ってもらえなくて」

「それで力尽きちゃったんですね」

「ええ。浩平君が来てくれて助かりました」

「どういたしまして」

「それで、お礼がしたいんですけど」

「お礼? 何も考えてなかった」

「何でもいいよ。もう一回、キスしてみる?」


 正露丸の話で落ち着いたと思ったらこれだ。僕の心臓は再び激しく鼓動し始めた。僕はガチガチに固まっていたんだけど、勇気を振り絞った。


「僕と友達になって下さい」

「いいよ。でも、私たちはもう友達だよね。他に何かない?」


 他にもいいの?

 何も考えられなくなった僕はとんでもない事を口走っていた。


「好きです。僕の恋人になって下さい」


 会ったばかりの、他の星から来た女性にこんな事を言ってしまうなんてどうかしてる。これは僕の偽りのない本心なんだけど、猛烈に後悔した。しかし、サラさんの返事も予想外だった。


「いいよ。私たち、恋人同士になろうね」


 僕の頭は再びぶっ飛んでしまった。もう、参りましたと土下座したい気分だった。

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