DATA=1 NAS #2


 目が覚めた時、少年──レルムは酷い寝汗の感触と動悸に襲われた。原因は分かり切っていた。あの白い部屋で自分は行動を誤ってしまったのだと。胸を抑え、落ち着こうと深呼吸をする。

「すぅ、はぁ……すぅ、はぁ……」と何度か繰り返す内に身体が楽になり始めた頃に、病室の扉がカタン、と静かな音と共に開かれた。

「あ……ドクター」

「おはようレルムくん」

 抑揚の無い低い声音でドクターと呼ばれた男は簡単に挨拶を済ませ少年のベッド横に置かれたパイプ椅子に腰を降ろした。相変わらず顔だけが靄が掛かった様に認識する事の出来ないドクターを見て、レルムは安堵を覚える。レルムが落ち着くのを確認したドクターは少年の前に一枚の書類が綴じられたグレー色のバインダーを差し出した。

 レルムはバインダーを受け取りドクターに問いかける。

「今回は……どうでしたか?」

「それについてはまだ測定中だ。結果が分かり次第キミにも教えよう」

「そうですか……」

「肩を落とす必要は無い。計測は順調だ。だがキミ自身もう少し“あの世界”での立ち回りについて見直す必要があるな」

 ドクターはそう告げてバインダーを指さし、レルムは書類に目を落とした。そこに記されていたのは今回の“探索”の内容を言語化し纏めたモノであった。主題の後に情景や登場人物、レルムが起こした行動が一覧として記載されている。そこで少年は主題が〈白い部屋の女〉となっているのを知った。

「あの人は誰なんだろう……」

「ふむ、未知の人物との遭遇。これは初めての出来事だ。測定についても大きな収穫である事は間違いないだろう。キミの異質な力が形になりつつある兆候でもある」

 思わず呟いた少年の言葉にドクターが付け加えて続けた。

「────キミの力は他者の夢と繋がる事の出来る極めて神秘性の高い能力だ。ただ共感性や共感能力が高いのとは話が違う。キミのそれは合致する波長を“近親者だから”或いは“仲が良いから”といった条件を無視して他者と繋がる事が出来てしまう。キミにとってそれはある種呪いの様な力だと思うが、今やキミのその力だけが人類再興の希望なのだ。辛く苦しいとは思う、それを分かっていながら強いる事は私自身申し訳なく思っている……それでも、キミが協力してくれる限りは私もこの施設にいるメンバーも精一杯の支援を行うつもりだ」

 声音に抑揚が無く、淡々とした口調でドクターは述べているがレルムにはこの言葉が本心で言っているのだと感じ取っていた。

 彼、もしくは彼女なのかすら顔が分からない為分からないがドクターという存在だけが少年の支えであり存在意義の全てであった。

 その時、三度病室の戸を叩く音が鳴って「失礼します」と白衣に黒のタートルネックの女性が入ってきた。

「測定結果が出ましたので、どうぞ」

 長い黒髪を後ろで一つに纏めた女性は少年に目配せをする。

「おはようございますレルムくん」

「あ。おはようございます蓮水さん」

 蓮水という女性の凛とした声が少年は好きだった。彼女は常に冷静で無機質さすら覚えるが、その実少年は彼女が優しい人間である事を知っている。

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