第2話 A girl at the Stake

「―フランスとイギリスは100年にもわたる戦争を行って―」


先生が説明をしているのが、やけに遠くから聞こえる気がする。


だめ。授業なのだから、集中しなければ―


そう思う心とは裏腹に、さっきから動悸が収まらない。


なぜか―私は、この話を聞いてはいけない気がする。


直感にも似たそんな考えが脳裏に浮かぶ。

胸の鼓動が、まるで警鐘であるかのように激しく高鳴ってくる。


苦しくて、胸を押えながらも―なんとか耳を塞ぐ。


「―この百年戦争はフランス国内の混乱に乗じてイングランド王がフランス王位継承権に介入しようとしたことが発端だった。父シャルル6世が倒れて以来、フランスは1429年には北の領土のほぼすべてを失っていた。そんな時に突如現れたのが―神の啓示を受けたという、農民の娘だった、ジャンヌ・ダルクだ」


手が、震える。


息が苦しくて―意識が遠くなりそうな中、『夢の中の光景』が脳裏をかすめ始める。


王太子シャルル7世の前に進み出て、神の啓示を受けたと述べている少女―


その少女は―私が夢で逢う、『あの人』―。


ズキン―


「―つぅ…っ!」


先生の話がどんどん具体的になるにつれ―夢で見て、忘れてしまっていた光景が、どんどん思い出されていく。


「ジャンヌは大天使より、ランスの地を奪還し王太子を戴冠させよ、との啓示を受けたといい、窮地にあったフランスは彼女の双肩にフランスの運命を託すことにした―」


王太子より軍の指揮を任命され―甲冑に身を包み、長かった髪を肩で切ってしまった少女―


鮮明に思い出してくる、夢の中の光景。

先生の話の端々が聞こえてくるたびに、その少女の姿が脳裏に浮かぶ。


「―やがてジャンヌが指揮した戦によりフランスは勝利し、シャルル7世を戴冠させることができた。だが―快く思わなかったのが、イギリス軍と…味方であるべき、シャルル7世だった―」


「…はぁ…はぁ…」


―甲冑に身を包んだ少女が、捉えられ拘束されていく―。

敵側に引き渡されたまま、身元を引き取るべきシャルル7世に見殺しにされるあの人―。


呼吸が、苦しい…。


その光景が―夢で見た光景が脳裏に浮かんでくる。

あの人の表情が―絶望に歪むあの表情が―私の胸を締め付ける。


それが、『まさにその時の光景』なのだと、直感的に理解してしまっている。


なぜ、私は知っているの―?



胸が、苦しい―


激しい動機と頭痛に呻きながら―先生の話が、もうこれ以上耳に入ってこないようにする。


その時。


「―くっ…ん…んん…!」


私以外の誰かの、苦痛の声。


―誰…?これは…杏奈…?


ふと視線を後方にやると―私と同じように、苦しそうにしている杏奈の姿が見える。


「あ…杏…奈…!?杏奈…!!」


呼びかけると、真っ青な顔を上げた杏奈の瞳が、私を捉えた。


「―!!!」


自分の事に夢中で―気が付かなかったけど


斜め後ろにいる杏奈が、真っ青な顔をして、苦痛に顔を歪めている。


杏奈のその表情を見た瞬間、今までで一番強い痛みが走った。


ズキン―!!!


「―っく…あぁっ…!!」


頭が、割れそうに痛い―!


蹲りながら、私は後ろ手を―杏奈の方に伸ばす。

すると―震える手が私の手を握り―彼女の体温が、伝わってくる。


頭が混乱して、何が何だか分からない。

どうして、こんなとこになっているのだろう。


ただ確かなのは―こうして握っている、彼女の―杏奈の手から伝わる、彼女の感情。


「だ…い、じょうぶ…よ、杏奈…!」

「―!ま…マリー…!」


苦痛に呻きながら、彼女に視線を向け、そう、励ます。


彼女から伝わる、強い感情―


それは―強い、「恐怖」と「絶望」。


それを理解した時、私は、なぜか強く思った。


絶対に、絶対に彼女を―杏奈を守らなければと。



一方でざわつき始める教室。


私たちの様子がおかしいことに周りの友達が気づき始めたようだ。


でも、後方の座席に座っている私たちに気づかない先生は授業を続けている。


それが、私たちをさらに追い込む。


「ブルゴーニュ公国軍からイギリス軍に引き渡されたジャンヌは異端審問に掛けられ―身の潔白を訴えるも、罠にかけられ、『教会への不服従と異端』の罪を着せられた。そして―多くの人たちの苦心にも関わらず救い出されることなく―」


脳裏に浮かぶ。


捕えられ、裁判にかけられているあの人。

着る服を隠され、やむなく男装して裁判に臨むあの人。


い、いや…


もう…いや…


そして―異端の罪が確定し―高い火刑台に磔にされたあの人。

それでも―神への信仰を捨てず、目の前に十字架を掲げて欲しいと懇願し―

足元の薪に火が灯され―


だめ…


あの人を…あの人を解放しなければ…


火刑台からおろさなければ…


なのに…


なのに私は何もできなかった



ごうっという音と共に立ち上る業火。


火刑台に磔にされた、私の―。





「「い―いやあああああああああっ!!!!」」


教室に、私と―杏奈の、悲鳴が響き


私の意識は、そこで途絶えた。




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