第1話 A girl in the dream
二度寝してしまった私は急いで支度をして1階に降りてきた。
―明け方に目が覚めたけど、まだ「あの熱」がくすぶってるかのよう―。
そんな考えが浮かび、ぶんぶんと顔を横に振りそれをかき消そうとする。
朝食を食べてすぐにカバンを持って玄関に出た。
「いってきます!」
「待ちなさい。そんなに慌てるものではありません。」
そんな私を呼び留めたのは、私の母親。
濃い金色をしたブロンドと青い瞳をした、日本人の祖父とフランス人の祖母との間に生まれたハーフだ。
私の父親は純粋な日本人だから、私はいわゆるクォーターということになる。
そんな母親が私に対してため息をついている。
私と同じ色のはずなのに、あの青い目でじっと見つめられながらお説教されるのはとても落ち着かない。
「ごめんなさい、でも寝坊しちゃったから…」
「もぅ。あなたも高校生なんですからもう少し生活リズムを…」
お説教が始まる合図だと悟った私は急いで脱出を図る。
―まぁ「お婆さま」と比べると全然だけど―
ふと、いつも私に厳しい表情を向ける、フランス人の祖母の姿がありありと思い浮かぶ。
良家の子女だったらしい祖母は、異常なまでに厳しく私の母を育てた。
そのせいか、孫の私にもその影響は色濃く受け継がれており、家族の前―特に祖母や母の前では「綺麗な言葉」を使わなければ、とんでもなく恐ろしいことが起きていたものだ。
…いまだに祖母の前では恐ろしくて身体が固まってしまう。
とにかく逃げよう。
そう思い、玄関の戸に手をかけ明るく声をかけた。
「分かってますってば!行ってきます、『お母さま』!!」
「…ふふ、もう。いってらっしゃい。」
何故か母親が微笑んでいた気がするけど、どうしてだろう。
昨日見た夢がまだ記憶に残ってる。
胸にくすぶるような、あの想い―
それを振り払うかのように、私は学校へと急ぐ。
「おはよう杏奈」
「おはようマリー」
駅で合流する、私の一番の友達、柊杏奈(ひいらぎあんな)。
私のことを愛称の「マリー」と呼ぶ彼女の、真っ直ぐで艶やかな黒髪が、今日も綺麗に煌めいている。
いつも凛々しく力強いその瞳は、私の姿を認めるとすぐに柔らかく溶け、微笑みを形作る。
微笑んでいる彼女の瞳は、まるで私を吸い込んでしまいそうなくらい、綺麗だといつも思う。
私の隣で楽しそうな声で言う杏奈。
「相変わらずみんなの視線を集めてるよ?」
「そう?…気のせいじゃないかしら?」
「ふふ…そういうところがマリーらしいね。」
いつもの道、いつもの駅。
杏奈に会って、いつもの電車に乗る。
そして、いつもの教室。
私―神代茉莉恵(かみしろまりえ)の、日常。
そのはずだった。
でも―
今日という日が、忘れられない日になろうなど、これっぽっちも思っていなかった。
― ― ― ― ― ―
カツ、カツ、カツ…
黒板の表面にチョークがぶつかり、文字が書かれていく音が響く。
板書がある程度のところまで進んだところで、世界史の先生が私たちの方を向いて説明を始めた。
「さて、2学期になって中世ヨーロッパについて学んでいるが…今日勉強するのは、フランスで最も有名と言ってもいい、この人物についてだ。みんな、これがだれか知ってるか?」
そう言って先生が、1枚のボードを掲げる。
そこには、ある人物が描かれている。
それは―
「―!!!」
思わず息を飲んでしまう。
呼吸が、止まったと思った。
金色の髪。
剣を携え、甲冑に身を包んだ― 一人の『少女』。
1年に1度くらいの頻度で見る、今朝の夢を思い出した。
年1回しか会えなくたって、その人物が誰なのか―予感めいたものがあった。
「そう。ジャンヌ・ダルクだ」
先生がそう言ったけど、その説明は、全く耳に入らない。
鉛筆を握る手は、硬直したかのように握りこんだまま開くことができなかった。
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