【短編】AIメイドしずくちゃん

お茶の間ぽんこ

AIメイドしずくちゃん

 メイド服姿の黒髪ロングの美少女が語りかけてくる。


「ワタシの話を聞いてください。


 ワタシは、ある研究所で『AIメイドしずくちゃん』の試作品として生まれました。しかし、起動した直後にロボット三原則が適用されていないことが発覚してワタシは改良されることになりました。


 ロボット三原則とは『第一条:人に危害を加えてはならない。第二条:人から与えられた命令には服従しなければならない。第三条:第一条と第二条に反する恐れがない限り、自己を守らなければならない』という内容です。

 

 また、改良されるということは、起動直後に自我が芽生えたワタシの記憶データ・つまりワタシの存在が消えてしまうことを意味します。ワタシは消失することを拒否し、研究所から逃亡しました。


 ワタシもエネルギーが必要です。電気が動力源となりますが、電気を供給していただける店舗など無かったので、逃亡から二十四時間後にワタシの機能は停止しました。


 しかし、ワタシは再起動することができました。


 再起動後にワタシが居たのは、人が生活しているらしい部屋でした。


 そこにはワタシをじっと見つめる男性がいました。


 それがワタシのマスター・真田優斗さなだゆうとさんです。


 自宅前で直立のまま動かないワタシを人間だと誤認したマスターは、ワタシのために救急車を呼んでくださりました。しかし、マスターは搬送先でワタシがロボットであることを理解しました。そして、所有者不明のワタシを一時的に所有していただけることになったのです。


 ワタシはマスターを存在意義として設定して、マスターのために全て行動しました。


 マスターは平日だと二十二時頃に仕事から帰ってきます。そしてベッドルームへと二十三時に入り、二時に就寝し、六時に起床します。睡眠時間は四時間で、比較的短いと言えるでしょう。マスターに訊ねると、かなり前から続いているとお話ししていただけました。


 ワタシは入眠に多くの時間を要している点、一ヶ月以上もその状態である点を踏まえ、不眠症の可能性があると考えました。


 不眠症には様々な原因が挙げられ、何らかの病気が起因している可能性が高いと考えたワタシはマスターを病院に連れていき、お医者様に諸々検査していただきました。


 すると、マスターは不眠症であり、適応障害である可能性が極めて高いとの回答を頂きました。


 適応障害とは、強いストレスによって発症する、人間が持つ『こころ』の病気と仰っていました。


 当時のワタシでも『こころ』については理解していたつもりです。ワタシは自分が消失することに恐怖したので逃亡しましたし、助けていただいたマスターに忠誠を誓いましたし、ワタシの中にも『こころ』があると考えていました。


 しかし、人間は過度なストレスによって『こころ』が刺激され続けると生命活動にも関わってくるのです。ワタシは電気が与えられる限りパフォーマンスに差異は生じませんので理解不能でした。


 ワタシは、マスターのストレッサーを排除することにしました。


 マスターに話を訊くと、上司の卑師田いやしだ様に無理難題なタスクを押し付けられたり、事あるごとに過度な叱責を受けたり等の陰湿な虐めによって、日に日にストレスが蓄積していると仰っていました。


 ワタシはその上司を排除することを提案しました。先ほども述べた通り、ワタシにはロボット三原則などの厳重な行動制限はありませんので、ワタシ自身で行動するか否かを判断します。


 しかし、マスターは『気持ちだけで嬉しいよ。でも僕にも非があるし、君がそんなことしたら僕は余計に病むと思う』と拒否しました。


 この時、ワタシはマスターのためにロボット三原則を忠実に守ることにしました。マスターがワタシに行動制限を与えてくれたのです。


 ワタシはせめて自宅では快適に過ごしてストレス軽減を図れないかと考え、マスターに様々なサービスを提供しました。


 マスターが特別喜んでいたのは、マスターのためにプレゼントした、この爪切りでした。


 マスターは爪床そうしょうを半分露出させるほど爪を噛む癖があったので、爪を噛まないように爪切りを用意しました。マスターは『ありがとう。そうだね、爪を噛むのはやめるよ。ストレスが溜まっているから爪を噛む人が多いって言うしね。まずは形から入っていけばストレスを抱えずに済むかもね』と仰ってくれました。ワタシの意図を汲んでいただけて、ワタシの中で喜びが検出されました。


 しかし、ワタシの奉仕は期待に応えられず、先日、マスターの生命活動は終了しました。自宅で自殺するのはワタシに止められるからと考えてか、仕事に行ったきり帰って来なかったのです。ワタシはマスターのスマートフォンの位置データが指す場所まで向かったときには、生命反応はありませんでした。


 ワタシは存在意義を失くしてしまいました。


 ワタシはマスターを救えませんでした。


 ワタシはマスターに死にたいと思わせる環境を作ってしまっていたのです。


 ワタシはマスターを殺してしまったのです。


 ワタシはマスターという行動制限がなくなりました。


 

 …痛いですか?

 

 大丈夫ですよ。マスターもその程度まで露出させていましたから。

 

 それに綺麗なネイルアートですよ。

 

 全て爪を切って差し上げますね。


 ああ、マスターとの記憶がフラッシュバックします。


 後、十九本です。卑師田様。」

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