第55話 それって寂しくない!?

アンナと共にヒーラー休憩所へと戻ると、先輩ヒーラー達は荷物をまとめて帰宅準備を始めている。



そう言えば、就業時間後に何をするのかと言うのをまだ聞いていない事に気付く。


それを聞くためカトレアはどこかと辺りを見渡していると、先輩ヒーラーの女性がやって来た。






「あのさ、今朝は……ごめんなさい」






その先輩ヒーラーの女性は、午前中ジュリオを『遅い!』『邪魔!』『何やってるの!』と怒鳴り付けて泣かせた人物であった。



そんな恐ろしい先輩ヒーラーが謝りにくるとは。


ジュリオはびっくりして戸惑うばかりだ。






「い、いえ。こちらこそ……。早く戦力になれるよう、頑張りますね……」



「ううん。あなたは初日勤務で慣れない事だらけだったのに……いくら忙しいからって、余裕無くして怒鳴るなんて……下品な真似して本当にごめんなさい」



「いや、もう、頭上げてください……ほんと……」






ジュリオはぎこちなく笑って返事をした。


自分が役立たずだったのは事実である。


これからは、ヒーラーとしての勉強の他に、基礎的な手当などの技術も身に着けねばならないと思った。




決意を新たにした、そんな時である。






「埋葬が終わったからさ。トレイ、返しに来たぜ」






クリスが穏やかな笑みを浮かべて、ジュリオへトレイを返却してくれた。



トレイには水が付いているので、寄生型の魔物の死体を運ぶのに使用した後、きちんと洗ってくれた事がわかる。






「ありがとうな兄ちゃん…………いや、ジュリオさん。お蔭様で頭がスッキリしてるよ。……久しぶりに美味い酒を飲んでゆっくり眠れそうだ」



「それは良かったです……クリスさんこそ、お辛かったでしょう」



「……ああ。頭が重くて痛くてさ。片目は人面疽で見えねえし、頭痛くて寝れねえし、ろくに狩りも出来ねえ上に教会巡りで金が減りまくってさ………もし、ここで駄目なら、死すら考えてたよ。だから、ありがとな」






ジュリオを優しい目で見るクリスは、ジュリオの隣にいるアンナに気付いて目を丸くした。






「珍しいな、アンナが誰かと一緒にいるなんて」



「まあ、色々事情があってさ」



「え、アンナ。クリスさんと知り合いなの?」





意外な繋がりがあって驚いたが、アンナもクリスも同じ猟師ではあるので、面識が合っても不思議では無いと気付いた。






「ああ。クリスとはたまに慟哭の森へ行く馬車や酒場で会うんだよ。そんで、ペルセフォネ教の抜き打ちのネズミ捕りがあるから注意しろ……とか、そう言う情報交換をするんだ」



「ペルセフォネ教の連中の武器検査のネズミ捕りはしつこいからな……」






アンナとクリスは渋い顔で頷き合う。






「そっちのヒーラーの姉ちゃんもさ……さっきは怒鳴り散らして申し訳無い事をした。……今から、俺が叩き割ったポーション片付けてくるよ」



「いいえ! こちらこそ……怯えるばかりでまともな対応が出来ず……ヒーラー失格でした……」






先輩ヒーラーは自分を追い込むような事ばかりを言い、クリスはそんな先輩ヒーラーを励ましながら、割れた瓶の掃除へと向かった。






「そうだ、ジュリオ。婆さんに会いに行ってこいよ。何か習わなきゃいけないんじゃねえの? 婆さん多分食堂にいんだろ」



「ああ。確かに……。ちょっと挨拶に行ってくるよ」






アンナとはヒーラー休憩所の教会の出口で待ち合わせをし、ジュリオは食堂へと向かった。






◇◇◇






食堂に着くと、カトレアは寂しそうな顔で、ロケットペンダントの中にある写真を眺めていた。


頬杖を着くテーブルにある鍋は空になっており、雑炊を完食した後なのがわかる。






「あの、カトレアさん」



「……ん? ああ。ジュリオくんか。……今日はお疲れ。よく頑張ったね」






カトレアは頬杖をついたままこちらへ振り向くと、憂いを帯びた優しい笑顔を浮かべた。



食堂に指す夕日の逆光を浴びたカトレアは、絵画の様に美しいと思う。






「就業時間後の事を聞きたくて……」



「ああ、それならタイムカードを押すだけなんだけど、今日はアタシがやっといたから。……明日からは忘れないでね」



「ありがとうございます…………すみません、そのロケットペンダント……ご家族の写真ですか?」






つい、聞いてしまった。






「うん。そうだよ。……夫と、娘なんだ。……ほら」






カトレアは開いたロケットペンダントをジュリオに見せてくれた。



写真には上品で優しそうな顔をした異世界人の男性と、その男性とカトレアの良いとこ取りをした様な美少女が写っている。






「どう? 私の夫、カッコいいっしょ?」



「ええ。……とっても」



「娘も、超美人でしょ〜!」



「そうですね。とても、お綺麗です」






カトレアはニヒヒと笑って家族の自慢をしてきた。


幸せそうに家族の事を話すのを見ていると、こっちも嬉しくなってくる。






「…………会いたいなあ……」



「……あの、娘さんは……やっぱりヒーラーなんですか?」



「ううん。違うよ」



「そうなんですか……では、今はどちらに」



「空の上……夫と、一緒」






カトレアは寂しそうに笑う。



ジュリオは、言うべき言葉が見付からず、ただ黙っていた。


  





「元々『肺』が弱い子だったんだけどさ……。丁度キミくらいの年に病気が悪化して、そのまま」



「あの……すみません……『肺』って、何ですか……?」



「……! あ……ああ! ごめんね。……まあ、呼吸をする為の魔力の流れみたいに思っておいてくれるかな?」






なるほど。『肺』と言うのは、呼吸に関する言葉らしい。


詳しい事はまだわからないが、ヒーラーの勉強をしていけば、いずれ分かる事だろう。






「……すき焼きさ、よく夫が作ってくれたんだ。締めの雑炊が美味しくてさあ。……家族揃って……楽しかったな」






カトレアの言葉を聞いて、ジュリオは少し驚いてしまった。



家族で食べる食事が楽しいと言える人なんて、初めて見たからだった。



ジュリオにとっての家族との食事と言うのは、義務と緊張感と不安に満ちた居心地がクソ悪い時間でしか無かったからだ。






「アンナもさ、こんな思いをするんだろうね」



「え? なんで、突然アンナ……?」






いきなり出てきた白髪チンピラ猟師女の名前に戸惑ってしまう。






「ハーフエルフの寿命は平均で八百年。……アンナはこれから、気が遠くなるほどの長い時間を生きていくんだ。……色んな人を、見送っていくんだろうね」






見送っていく、と言うのは、つまり親しい人の死に目を見て行くと言うことだろう。



それはつまり、自分の死に目もである。






「だからって、ハヤブサさんの教育が正しいとは、アタシは思えない」



「ハヤブサさんの……教育?」





 


またまた登場のハヤブサ先生である。



ジュリオが知っているハヤブサ先生の情報は、異世界人であり、アンナに狩猟や料理や食事マナーなどを教えた教師的な存在であり、その名を出すとアンナの様子がおかしくなる……と言うものだ。






「一人で生きろ……って。ハーフエルフは何年も生きるのだから、他者を頼って依存する生き方はいけない。そんな弱い生き方をしてはいけない。…………周りは全て敵だと思え。弱みを見せるな。強くあれって」



「言ってる事は間違ってはいないですけど……でも、極端過ぎませんか……?」






確かにアンナはハーフエルフの少女だ。


ハーフエルフの長命と言う特性上、一人で生き抜く力を付けるのはとても重要であるとわかる。


 


常に誰かに守ってもらえないと生きていけないか弱い存在では厳しいと言うのも納得だ。


何故なら、守ってくれる人はアンナよりも先に死ぬから。




ハヤブサの教育方針はわかる。


だが、周りに頼らず全てを敵だと思って弱みを見せず一人で生きろ……なんて、そんなの。






「そんなの、アンナに死ぬまで独りぼっちでいろって言ってるようなものですよ……」






自分一人では野垂れ死に確定だった弱いバカ王子ジュリオにとって、一人で生き抜く力を持つ強い孤高の猟師であるアンナは憧れでもあった。




だが、度が過ぎれば話は変わる。



誰にも気を許さず周りを敵として、孤独に何百年も生きろだなんて、それは一体どうなんだ。






「アンナだって、完全に一人で生きてるわけでは無いですよね。ローエンさんの事はコンビニ感覚で使ってるし……」



「それはあくまで店を利用するみたいな感覚だろうなあ。……それに、アンナは色々とローエンに弓のメンテを習っているみたいだし。……ローエンも、自分が死んだ時の為に、色々とアンナに教えてるみたいだよ」



「……そうですか……」






ただの地元のチンピラ同士だと思っていたアンナとローエンだが、幼馴染らしいとこもあったのだなあと思う。






「ハーフエルフであれだけ可愛い女の子だと、やっぱり強くないと生き残れないだろうね。……そんな事は、わかるんだけどさ……」






異世界人が被差別階層の一番下に躍り出た事により、ハーフエルフの地位は百年前に比べて年々上昇しつつある。



しかし、ハーフエルフ差別はまだまだ根深く残っていた。




ハーフエルフの美少女が生きてゆくと言うのは、ジュリオの想像以上に厳しい事なのだろう。






「ジュリオくん、アンナと……仲良くしてね。……アンナがキミの世話を焼くのは、キミがあまりにも弱過ぎて放っとけないってだけじゃないよ。きっと」



「そうでしょうか……。何でアンナが僕の面倒を見てくれるのか、未だによくわからないんですよね」






アナモタズの獣害事件で生存者が出るのは珍しい事だと言う。



だからこそ、せっかく生き残った自分を死なせたく無いと言う気持ちはわかる。



それに、自分は超世間知らずの王子様であり、無力で弱っちい初心者ヒーラーだ。



アンナの助けが無かったら野垂れ死に確定の自分だからこそ、見捨てるわけにはいかなかったのではないのか。






「……アンナもきっと、寂しかったんだよ。本人は気付いてないかもしれないけどね」






カトレアは目を閉じて静かに笑う。


ロケットペンダントをゆっくり閉じて、大事そうに服の中に仕舞った。






「ところでさ。話変わって悪いけど、ジュリオくん……この後暇?」



「え、特に何も無いですけど……」



「それならさ、ギャラガーってバーは知ってるよね? 今日、そこでハッピーアワーがあるんだけど、良かったらアンナも連れておいでよ」






ハッピーアワーとは、特定の時間帯に割引やイベント的な事をして客を呼び込むキャンペーンみたいなもんである。






「さっきみんなに声かけたんだ。クリスのおっさんとマリーリカちゃんも来るって。……ローエンもそこでDJとして参加するみたいだし、楽しいよ。きっと」



「わかりました。アンナを引っ張って行きますね!」






ジュリオはカトレアに礼を言って食堂を後にした。



カトレアは、その背中を孫を慈しむ祖母の様な顔で眺めていた。

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