第56話 貧民窟のパリピ達!



アンナと共に訪れたバー『ギャラガー』は、クラップタウン中央にある酒場だった。



クラップタウンらしく外観や周囲はゴミや何やらで汚えものだが、それが不思議と味になっている。


まるで悪党のアジトの様なバーだと思う。






「うわ……こんな所にまた高級馬車停めてる人達がいるよ……」






そんな悪党のアジトの様なバーの前に、白馬が繋がれた高級馬車が止まっていた。






「車輪がまだパクられてねえって事は、停めてすぐってとこだろうな」






アンナは興味無さげに言うと、バー『ギャラガー』の扉を開いた。






◇◇◇






中へ入ると、すでにカトレアとマリーリカとクリスとDJモードのローエンに、なんとルトリまで勢揃いしていた。顔馴染みオールスターである。




顔馴染みの客の他に、常連客だと雰囲気で分かる酒飲み達もそこそこいる。


そんな酒飲み達の中でも特に小汚いおっさんは、酒を飲んではくだを巻いていた。






「何か……雰囲気のあるバーだね」





バー『ギャラガー』の内装は、ダークブラウンの板壁にネオンライトが良い感じにかかっている小洒落た雰囲気であった。





カウンターやサイドテーブルの奥にはビリヤード台も置いてあり、異世界人やペルセフォネ人の冒険者パーティらしき集団が遊んでいる。 



冒険者パーティは皆、上品そうな見た目で金目の装備を着込んでおり、きっと表に停めてあった高級馬車は彼らのものだろうと思う。







「おお! 来たねジュリオくん! みんな〜! 彼がジュリオくんだよ! この町の水源を守る為に毒沼のドブさらいをしたり、クリスの人面疽を治療してくれたりした英雄だ!」






カトレアが店中に通る声で紹介してくれた。



その瞬間、常連客やバーテンダーや小汚いおっさん達から、一斉にガン見されたジュリオは一瞬怯んでしまう。




しかし、小汚いおっさんが「クラップタウンの聖人……ジュリオに!」と酒の入ったグラスを上に突き出すと、常連客はそれに続いて「ジュリオに!」と声を出す。



恐らく、乾杯のつもりなのだろう。




小汚いおっさんと常連客はジュリオに乾杯すると、再び酒を飲みながら喋り始めてしまった。


絶妙に放って置かれている感が、不思議と心地良い。






「ねえ、アンナ。……僕、この店好きだな」



「そうかい。まあ、気に入ってくれて良かったよ」






ジュリオはアンナと共にカウンター席に座った。隣には、カトレアとマリーリカとルトリがいる。






「ジュリちゃん、お仕事初日はどうだった? カトレアさんとこのヒーラー休憩所は大変だったでしょう?」






ルトリが話しかけてくる。美しいルトリがいたら、小汚いバーも高級でお洒落な場所に見えてきた。






「すごく大変でしたよ! 吐くかと思いました!」



「昼休みに泣いたもんな、あんた」



「補足説明ありがとうアンナ」






ニヤリと笑うアンナに、ジュリオは口元だけ笑って言い返した。


勿論、目は笑っていなかった。






「ね、ねえ……ジュリオさん……」





ルトリとカトレアに挟まれた位置に座るマリーリカが、恐る恐る話しかけてくる。


華奢な両手でグラスを持つ仕草はまさに小動物の様だ。






「アンナさんと一緒に住むってほんと……?」



「え、うん。そうだよ」



「そ、そうなんだ……。そっか……」






マリーリカの声が少し沈んでしまう。


もしかしてマリーリカは、自分かアンナのどっちかに気でもあるのだろうか。


確率的には自分の方があるだろうが、アンナと言う線も十分に有り得る。



ジュリオが女なら、自分の様な甲斐無しのアホ男でなくアンナに惚れること間違い無しだ。



 




「ジュリオさん、もしかしてアンナと住むのか?」



「ああ、クリスさん……。はい。アンナのとこでお世話になる感じですね」






すでに何杯も酒を飲んでいるのか、顔を真っ赤にしてジョッキを片手に持つクリスが、上機嫌に話しかけてきた。



クリスがいたテーブルには、クリスと似た雰囲気の体格の良い男女が元気に酒を飲んでいる。






「アンナと一緒に住む。それは大正解だ。一緒に住む相手として、アンナ以上の相手はいねえよ」



「え、ええ……まあ。確かに、こんな可愛い子と一緒に暮らせるって言うのは……」






ジュリオが素直にそう言うと、マリーリカはグイッと酒を飲み干した。そして、バーテンダーに勢い良くおかわりを頼んでいる。






「違うよジュリオさん。アンナの見た目はついで……言わばおまけみたいなもんだ。……あいつと一緒に暮らす利点は、アンナが腕の良い猟師だってことだよ。金が無くても森に行きゃいくらでも食いもんを獲ってくるし、余った食いもんを売ったり交換したりもできる」



「ああ……確かに……」






ジュリオは『アンナのような巨乳の美少女と一緒に暮らすなんて……』と言う事しか考えていなかった。






「それに、泥棒が入って来ても問答無用でボコボコにしてくれるし、家の修理もローエン程じゃねえが余裕でこなせる。……同居人としては最強だろ」



「そうですよね……。可愛い女の子と一緒に住めるって浮かれてるだけでした……僕」






ジュリオがそんな事を言うと、マリーリカはまた酒を飲み干しておかわりをした。






「素直だなジュリオさん。……あ、そうだ。おーい! おめえら! ちょっと来いや!」






クリスは元いたテーブルへ振り返ると、体格の良い男女数名をジュリオの元に呼びせた。


皆はクリスと同じ様に美しい木彫りの短刀を持っていることから、猟師仲間だと気付く。






「この人が俺を助けてくれたヒーラーさんだ。……まだ、新人だが、今にすげえ最強ヒーラーになると思っている。……だから、慟哭の森で怪我したら、ジュリオさんのとこにいけよ!」



「! よ、よろしくお願いします!!」






クリスに紹介され、ジュリオは頭を下げて挨拶をした。



クリスの仲間の猟師達は気持ちの良い笑顔で挨拶をしてくれる。それぞれがジュリオと握手をした後、クリスと一緒に上機嫌で自分達のいたテーブルに帰って行った。






「あれ? アンナは……」






散々アンナを可愛いと褒めまくった後だ。さぞ照れているだろうと思い、アンナが座っていた隣を見る。


しかし、あの赤いフードは見当たらず、ジュリオは店内をキョロキョロとした。






「あ……」






アンナは、DJモードのローエンの所におり、色々と機材について質問をしているようである。



いつの間にいなくなっていたんだろうと、少し寂しくなったその時だ。






「ねえ、そこのお二人さん、超可愛いね〜。後で俺達の宿に来て一緒に飲もうよ。美味しいカクテルがあるんだけどさ〜」






ビリヤードで遊んでいた筈の冒険者パーティの男性達が、ルトリとマリーリカをナンパし始めた。


 




「あっあの……私、ごめんなさいっ」






怯えるマリーリカの小動物的可愛さに煽られたのか、男は余計にベタベタとし始めてしまう。


   





「きみさあ……俺の初恋の相手に似てるんだよね……可愛いなあ……ほんとに」



「やだ……ごめんなさい……嫌……」





 


マリーリカは押しに弱いのか、怯えるばかりで男をかわせていない。ルトリがそれとなく男を引き剥がそうとするが、ルトリもルトリで二人の男に挟まれ苦笑いをしていた。



これは不味い。






「ねえ、お兄さんたち」






ジュリオは長く麗しい金髪を耳にかけながら、自身の美貌で圧倒する様にナンパ冒険者達へ話しかけた。



ジュリオの狙いとしては、ルックスが格段に上な男が割って入る事で、ナンパ男を追払うつもりだったのだが。






「……あの……あんた……俺の初恋の相手に似てる……。ガキの頃、ずっと好きだったエロい女教師がいたんだよ……。なあ、後で俺達の宿で飲み直さない?」






先程までマリーリカにまとわりついていた男は、ジュリオを見るなり手を両手で握り込んで口説いてきたではないか。



そう来たかと思った。






「それって君の必殺技みたいな決め台詞なの?」



「今まではそうだった……でも、あんたへの台詞は違う。俺は本気だ。付き合ってくれ」



「……それよりもさ、表に停めてある馬車、君達の? ……積荷や車輪盗まれてないか見た方が良いよ」






ルトリにまとわりついていた男二人は、ジュリオにガチ恋してしまった男を引っ張り店の外へと出ていった。


程無くして「畜生!!!! 積み荷と部品と車輪返せ馬鹿野郎ッ!!!」と言う怒鳴り声が聞こえてくる。



時既に遅しと言う事だろう。






「ありがとうジュリちゃん。助かったわ。……中々変化球な展開だったけど。……ほら、マリーリカちゃんもお礼言わなきゃね」






ルトリが俯くマリーリカの肩にそっと手を置く。


 





「マリーリカ、大丈夫? 怖くなかっあ痛ァッッッ!!!」






マリーリカに脛を蹴られたジュリオは痛みで絶叫する。






「何すんのさ!?」



「だってムカつくんだもん!! 私にまとわりついていた男、私よりもジュリオを熱心に口説いてたんだもん!!!」






マリーリカは真っ赤な顔で酔っ払っているようで、ジュリオの脛を蹴り続けた。






◇◇◇






「よう。大人気だったな。初恋のエロい女教師さんよ」



「……ありがと」






アンナの軽口に、ジュリオは疲れた顔で皮肉を言った。



クリスとその仲間達やルトリやナンパ男にチヤホヤされ、マリーリカに脛を蹴られ、色々と疲れてしまったのだ。




ローエンの傍でDJ機材やレコードを見ていたアンナの隣に座ると、ジュリオは軽くため息をついた。 






「ねえ、DJって具体的に何するの?」






ローエンはヘッドホンで耳を塞ぎ集中して機材を調整しているので、ジュリオの質問はアンナが答えてくれる。






「良い感じの曲に良い感じのアレンジを加えて場を盛り上げたり、曲と曲の繋ぎ目をいい感じに繋いだり、良い感じの曲をディグったりするすんだよ」



「良い感じの説明をありがとう。良い感じにわかりやすいよ」






ディグると言うのは、ローエンのラジオで良く聞いていた言葉だったので良くわかる。



良い感じの曲を発掘するという意味だ。






「……知らない間にどっか行っちゃうなんて酷いよ」



「悪い悪い。あんたの人脈作りの邪魔したく無くてさ」






持っていたレコードを仕舞ったアンナは、ビールの中瓶をラッパ飲みした後、笑って謝ってきた。






「顧客のリピーター出来て良かったじゃん。あんたならすぐ、ヒーラーとして独立できるよ」



「ヒーラーとして、独立……」






アンナとの約束は「ヒーラーとして独立し、クラップタウンから出て行くこと」である。



確かに、こんな貧乏界隈に長居は無用だが、それはつまりアンナとの別れを意味する事だ。



出会って間も無い今から、別れの事を想定されるのは、少し寂しい気がした。






「……アンナは、こんな隅で一人でいていいの? 皆と飲まなくて……いいの?」



「ああ。ここで、皆を眺めてる方が性に合ってる」






アンナはそう言って、ビールの中瓶をラッパ飲みした。その一人ぼっちの横顔には、諦めと哀愁があるように見える。




ふと、カトレアとの会話を思い出した。




ハーフエルフは長命であり、皆を見送る立場にある。


まだまだ差別対象であるハーフエルフの少女と言う立場から、アンナはハヤブサと言う異世界人の男から、一人で生きられる強さを叩き込まれた。



しかし、ハヤブサの厳しい教えは、アンナを独りぼっちにしてしまう側面があった。




独りぼっちで力強く生きる事は間違っていないが、それでは限界があるのでは無いか。






「独立してクラップタウンから出て行っても……僕は」






アンナに付きまとうから、覚悟してくれる?






そんな事を言おうとした瞬間、隣のDJブースから爆音の音楽がなり始め、ヘッドホンを外したローエンが勢い良く拳を上へ突き上げた。






「待たせたなお前ら!!!! この俺様!! DJロウがテンションぶち上がる曲をくれてやる!! この貧民窟に愛を込めて!!!」






いつもは怠そうに喋るローエンが、別人の様な元気さで喋り始めた。




爆音の音楽が鳴ると、店内の客も皆盛り上がり、酒を片手に曲に合わせて踊り始める。



照明もド派手になり、ネオンライトの装飾と相まってとても綺麗だ。






「ほれ、あんたも踊ってきな」






アンナに背中を優しく叩かれたジュリオは椅子から立ち上がると、アンナへ手を差し出して王子様的な微笑みをしてみせた。






「それなら、僕と踊ってくれませんか? 可愛いお嬢さん?」



「……へえ、王子時代はそうやって誘ってたのか」



「残念。僕は相手を誘った事ないんだよね。……みんな群がってきたから」






随分と嫌味なバカ王子である。



そんなジュリオは自信満々にそう言って笑うと、返事を待たずにアンナの片手を取った。






「行こうよ。踊ろ?」






ジュリオの押しの強さに、アンナは諦めた様に笑った。






「あたし、王子様とのダンスなんて上品なもん知らねえぞ」



「大丈夫。僕がリードしてあげる。…………ずっとアンナにリードされっぱなしだったんだからさ、男のプライド回復に付き合ってよ」






ジュリオは肩をすくめて笑った。






「……わかったよ。頼むよ王子様。あたしは初めてなんだ。優しくしてくれよ?」






アンナは冗談めいた言い方をしてニヤリと笑うと、ジュリオに身を預けてダンスのステップを踏み始める。



狩りの時は俊敏に動くアンナが、今は不安そうにジュリオの腕にしがみついてぎこちなく動く様は、言葉に出来ない何かが込み上げてくる。




DJロウが爆音でブチ鳴らすパリピな音楽に、王子時代の上品なダンスは不思議と相性が合っていた。






「今のあたしら、すげえバカっぽいな……うわっ! 悪い! 足踏みかけた!」



「いいよ。 足は気にしなくて良いから、僕に合わせて動いてみなって」






貧民窟のバーにて、パリピな曲に合わせてアンナと踊る社交ダンスは、どの舞踏会よりもずっと楽しかった。

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