第54話 ヒーラーのお仕事!



この世界の魔物と言うのは、動物が長年魔力を摂取したせいで、強力かつ凶暴に進化した生き物の事を指す。



アナモタズという魔物は、ヒグマが魔力を長年摂取して進化した種族であり、鳥や猪や豚や兎や魚や貝なんかも、アナモタズの様に様々な種類の魔物へと進化を遂げていた。




そんな魔物の中には、進化に進化を遂げて『栄養満点の大きな生き物に寄生する』という、えげつない生存戦略を持つ魔物もいるらしい。




という事を、確か王子時代の魔物講義で聞いた気がする。



まだ努力家で勤勉だった幼少の頃に勉強していた内容だったので、かろうじて覚えていたのだ。






「寄生型の魔物だと……!? だが、あの聖女は……魔物や動物の怨念の呪いって」



「……クリスさん。その女性、聖女なんかじゃないですよ。……寄生型の魔物みたいな、危険でえげつない生き物を扱える能力、聖女にはありませんから」






驚くクリスにジュリオは寄生型の魔物に対して説明をした。




幼少の頃に勉強しておいて良かったと思う。


確かあの時は、父である国王ランダーから『親子揃ってこの国に寄生する役立たずが』と怒鳴られた時、『寄生ってなんだろう?』と気になって、図書室で本を漁り独自に調べたのだ。



母に聞こうにも、泣いている母に話しかける事など出来なかったから。




…………嫌な事を思い出してしまった。







「寄生型の魔物みたいな、発見も扱いも難しい危険な生き物を扱えるなんて…………その女性、聖女じゃなくて『魔物使い』ですよ」



「魔物使い……だと?」



「はい。その可能性が高いかと」






寄生型の魔物は、そもそも発見が困難である。



何故なら、寄生しているからだ。



植物やキノコや大型の魔物に寄生する魔物は、そう簡単には見つからない。



だが、そんな魔物を発見し、自分の手札として扱える人々がいる。




それが、魔物使いであった。






「でも、魔物使いの姉ちゃんが、なんで聖女なんて身分を偽ったんだ……? 魔物使いだって充分胸張れる身分だろうに……」



「……魔物使いって、人に取り入って操るのが異様に上手いんです。だから、すごく警戒されるんですよ」



「あ〜確かに。やけに愛想の良い魔物使いが近寄って来たら、こっちを操る気か!? ってなるもんねえ」






ジュリオの説明にカトレアがわかりやすい例を付けてくれる。



カトレアのスッと入る手助けがありがたい。






「魔物使いはすごいですよ。僕、数年前に魔物使いの女や男と寝たんですけど……すごかったです。トびますよ、本当……」



「…………俺、偽聖女よりも兄ちゃんの過去の方が気になるわ……変な意味じゃなく」






魔物使いは人に取り入るのが異様に上手い。


相手が欲しい言葉を適切にかけ、時には突き放して依存させるという行為に長けている。



魔物という生き物相手に色々と仕込む事を得意とする連中なのだ。


人に取り入るなど造作も無いのだろう。






「聖女って言えば相手は確実に信頼しますからね。……だから、女性で自分の身分を聖女と偽る人が多いんです」


 





本物の聖女からしたら堪ったもんじゃないだろう。


噂では、偽聖女のせいで本物の聖女が追放されて大変な事になったと言う事例もあったらしい。


不運な聖女に幸あれとジュリオは思う。






「と言うわけで、クリスさん。……今からその寄生型の魔物を退治します。……痛みがあったら、申し訳ありません」



「良いよ。気にするな。……俺は猟師だ。痛みなら慣れてる」






クリスは己に寄生した魔物を撫でて「お前らも俺に寄生させられて不運だな」と、少し悲しそうな声で言う。


寄生した魔物も、己の運命を悟ったのか静かに目を閉じていた。



寄生した魔物を生きたまま取り除く事が出来るのは、魔物使いだけである。それも、超一流のだ。




クリスを救うには、この寄生型の魔物を殺して剥がすしか無い。



そして、殺した生き物を蘇生させる事など、それは最強ヒーラーでも絶対に出来ない事である。



そんな事が出来るのは、まさに女神ペルセフォネくらいなのだ。






……最強ヒーラーなんて言われて舞い上がったけれど、所詮はこんなもんか。



と、ジュリオはため息をついた。






「カトレアさん。せめて……この魔物を苦しませずに殺める事は……出来ませんかね」



「そうだねえ…………。魔物用の全身麻酔なんて無いし…………あ!」






カトレアは何かに閃いたらしい。






「スゥイート・ディープ・スリープってワザを教えてあげよう」



「な、何ですか……それ」



「眠り魔法だよ。魔物にしか効かないけどね。……眠り魔法だけど、ジュリオくんが使えば気絶レベルまで効くと思うんだ。……だから、苦しませないで済むと思うよ」



「……わかりました……」






カトレアからスゥイート・ディープ・スリープの魔法の仕組みと説明を受け、ジュリオは実践しようと試みた。



カトレアの解説はざっくりとして簡素なものであったが、それはきっとジュリオが理解出来るレベルを選んでの解説なのだろう。



もっと、カトレアの言う事を理解出来るようになりたいと、ジュリオは思った。






「『今回は』詠唱しなくていいよ。キミは生命力を生魔力に変換する必要は無いんだから。……でも、必ず詠唱は覚えるんだよ。……勉強を怠ってはいけないからね」



「……はい」






目の前の寄生型の魔物に手で触れる。


ぷにぷにとした触り心地の寄生型の魔物は、ただ静かに目を閉じている。




最期はせめて心地良い眠りに包まれて死んでくれと思いながら、スゥイート・ディープ・スリープと口にした。



体内で胸の鼓動が二重に響き、そこから発せられた熱が魔物に触れる手の平に伝わる。



淡い金色の光がふわふわと放たれると、寄生型の魔物は気絶したようだ。






「やっぱり、生魔力量が多過ぎたせいで、スゥイート・ディープ・スリープを超えた最強睡眠魔法になってるね。……こりゃ、生魔力量のコントロールも課題の一つかな」



「……はい。カトレアさん……」



「…………なあ、兄ちゃん。一つ良いか?」






クリスは、腰に付けていた木彫りの短刀を取り出すとジュリオに手渡した。



渡された短刀は、鞘にも柄にもとても美しい彫刻がなされている。



これは、アンナがアナモタズの解体に使用したナイフとは全く違うものだ。


猟師にも色々な流派があるのだろうか。






「寄生型の魔物を殺すのは、このナイフを使ってくれ。……本当は俺が殺るべきなのかもしれんが、自分の顔に張り付いた魔物を殺すとなると、色々難しくてな……。必要ない箇所を切って、苦しませるかもしれん」



「わかりました……。そもそも、クリスさんの担当ヒーラーは僕ですから。……僕が、最後まで治療します」






自分は今から命を奪うのだと思うと、眉間に皺が寄り手が震えた。



そんな時、ふとアンナを思い出す。


魔物を殺し、その肉や皮で日々の生計を立てる猟師の女だ。



自分の生活の為に生き物を殺し、その遺体を解体するなど野蛮な行為だとジュリオは軽蔑すらしてしまったが、今の自分だって、ヒーラーの仕事の為に魔物を殺す立場にある。






「…………」






ナイフを鞘から抜き、気絶した寄生型の魔物の眉間に刃の切っ先を軽く当てる。


アンナはアナモタズを狩る際、眉間を正確に矢でぶち抜いて一撃死させていた。



だったら、自分も。





ジュリオは一呼吸おいた後、寄生型の魔物の眉間にナイフを振り下ろした。






◇◇◇






「兄ちゃん……ありがとうな」






寄生型の魔物が剥がれたクリスは、酷い浮腫が取れたようで、筋骨隆々とした体に似合う、骨格がしっかりした顔に戻っていた。



やはり、渋めで迫力のある男前だったと思う。






「どうですか? 視力に影響とかありますか?」



「いいや。なんもねえよ。……悪かったな。下品に怒鳴ったり暴れたりして……」



「……いいえ。非常事態でしたから……」






正常なクリスは意外と理知的で落ち着いた雰囲気をしていた。


そんなクリスがあそこまで大暴れするのだから、きっとあの時は死ぬ程絶望して錯乱していたのだろう。




妹の酷い遺体を見て錯乱したマリーリカを思い出す。






「寄生型の魔物の死体は、俺に引き取らせてくれるか? ……後で、慟哭の森の祠の近くに、墓を建ててやりたいんだ」



「ええ。お願いします」






クリスから剥がれ落ちた寄生型の魔物の真の姿は、意外にも可愛らしい小動物であった。


そんな小動物の死体を、治療具を入れていた金属製のトレイに乗せて、クリスは外へ出ていった。



ジュリオは、クリスを見送るためにヒーラー休憩所の教会から外へ出る。




夕焼け空の向こうは夜空の紫が滲んでおり、もうすぐ夜になるのだろう。




教会の鐘の音が聞こえると、ヒーラー休憩所の張り詰めた雰囲気が緩んだ気がした。






「おーいジュリオ!! 終業時間になったって婆さんが言ってたぞ〜!!」



「アンナ……!」






アンナが駆け寄って来る。その凛々しくも可愛らしい仏頂面顔を見たら、なんだかとても安心した。

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