第43話 最強ヒーラーVS呪いの人面疽!
カトレアの後を着いて治療場へと向う。
近づくに連れて、ざわざわとした妙な緊迫感が漂ってきた。
「カトレアさん……一体どんな患者さんがいらしたんですか……?」
「それはね……」
治癒室の引き戸の前に到着し、カトレアが戸を開く。
「……顔に呪いの人面疽を貼り付けた大柄な男性だよ」
そこにいたのは、顔の様なものが付いた大きな腫瘍を三つ顔面に貼り付けた大男だった。
大男の人相は悪く、腫瘍に片目を覆われている。覆われていない片目の下にはドス黒い隈が浮いており、ろくに寝られていない事が分かった。顔も異様にパンパンに張っており、筋骨隆々とした体にしては、顔だけ太っているような歪さがある。
「おい! 俺を治せる奴はいねえのか!! こんだけヒーラー姉ちゃんが雁首揃えているってのに、全員役立たずかこの野郎ッ!! 患者にビビってんじゃねえよッ! こんなポーション一つ差し出されてどうすりゃいいんだッ!!!」
椅子に座った人面疽男は、ポーションの入った瓶を床に叩き付け盛大に割った。
人面疽男を遠巻きにしている、青ざめた顔のヒーラーの先輩方女子達から悲鳴が上がる。
「患者さん……って言うより、質の悪い酔っ払いって感じですね」
「だよね〜」
ジュリオとカトレアは、怒り狂って怒鳴るわ暴れるわをする人面疽男に近寄った。
人面疽男の体格は凄まじく良い。
小柄なアナモタズくらいなら、ステゴロのタイマンで良い勝負をしそうな程だ。
おまけにおぞましい人面疽が三つも顔に引っ付いているとなると、大男は獰猛な魔物にしか見えなくも無い。
男の平均身長の背丈であるジュリオですら足がすくんで怯むくらいだ。
小柄で背の小さい女からしたら、会話をするのも恐ろしいだろう。
「おいババア!! ここはヒーラー休憩所じゃねえのかよ! 突っ立ってビク付いてるばかりのヒーラーの姉ちゃん達しかいねえじゃねえか!! 患者もろくに診れねぇならヒーラーなんかやめちまえ馬鹿野郎!!!」
「え? 何だって? アタシ耳が遠くて聞こえないんだよ! もっと大きな声をあげて舌使って喋ってくれるかな!!!」
カトレアはわざと年寄りぶって、耳をすます動きをする。
そんな挑発せんでも……とジュリオは思うが、案の定ブチ切れた人面疽男は大きな口をさらに大きく開けて怒鳴り始めた。
「ふざけんなババアッ!!! 俺はむぐぅっ!!」
「え!? 何してるんですかカトレアさん!!」
人面疽男が大口を開けて怒鳴り始めた瞬間、カトレアは骨と筋が目立つ老女の手で男の頬をガッと掴んだ。
上顎とした顎の間の頬を個体された人面疽男は、口を縦に大きく開ける事しか出来ない。
「ジュリオくん。この人の舌を見てごらんよ」
「舌……ですか?」
「うん。舌。……舌の両縁が歯型に合わせてギザギザしてるでしょ。……これってね。体が浮腫んでる証拠なんだよ」
「そうですね……。ギザギザと言うか、酷すぎてボコボコと言うか……」
カトレアが手を離すと、人面疽男はカトレアとジュリオをギッと睨んだ。
瞬時に『怖ッ』と怯むジュリオとは反対に、カトレアは飄々としている。
「おい婆さん……。そっちの兄ちゃんは何なんだよ。婆さんの彼氏自慢か?」
「違うよ。アタシは夫一筋だもん。そんな事言われたら空の上の夫が妬いちゃうでしょうが。…………この子は新人ヒーラーのジュリオくん。アンタの担当ヒーラーだよ」
「…………ど、どうも初めまして……ジュリオです……」
ジュリオは怯みながら人面疽男に挨拶をした。
その挨拶は無視されてしまったが、人面疽男はどこか大人しくなっている様に見える。
カトレアから騙し討ちの様に頬を捕まれ舌を観察されたからなのか。
「……すみません、まずはお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
兎にも角にも、まずは名前がわからないと何も始まらない。
おぞましい三つの人面疽に気を取られそうになるが、根性で男の片目を見つめた。
「……クリスだ」
ジュリオにメンチを切られるように見つめられたクリスは視線を逸しながらも、ぶっきらぼうな声で名乗ってくれた。
「クリスさん。……『呪いの人面疽』について、詳しいお話を聞かせてもらえますか?」
ジュリオは真剣にクリスの目を見て話し続ける。
クリスは鋭い目でジュリオを睨んでいたが、ジュリオが目を逸らす気が無いと悟ったのか、微かにため息を付いた。力を抜いたように肩が下がっている。
至近距離で見るクリスの顔立ちは、荒々しく野性味に溢れている渋い漢前と言った具合だ。
異様な浮腫が取れれば、頬骨や骨格が浮き出てカッコよくなるだろうとわかった。
「……聖女に、罰だと言われた」
「え?」
「不動産の異世界人のガキにくっ付いてた聖女だ……。半年前、慟哭の森でアナモタズ狩りをしている最中、ここら辺の土地を調べてた異世界人の不動産屋と揉めてよ……。『魔物さんや動物さんに酷い事する狩猟民にはお仕置きですぅ』……だとよ…………ふざけんな畜生……」
不動産屋の異世界人のガキ、と言う突如現れた人物が気になるが、今はそんな事どうだって良い。
「聖女が……罰を与えた……? 呪いの人面疽を、人の顔に……? そんなの、有り得ない筈……」
「有り得ないもんかよ!! 確かにあの糞女は『聖女のあたしがお仕置きしちゃいますっ』とかふざけた事抜かしたんだ!!! 『魔物さんや動物さんの哀しい想いがこもった呪いの人面疽さんを顔に貼り付けて反省しなさい!』ってよお!」
クリスはまた怒鳴り声を上げたが、その悲壮な声に怒りは無かった。見捨てないでくれと言う不安げな感情が伝わってくる。
「魔物さんや動物さんの哀しい想いがこもった……人面疽……か」
「……やっぱ、ジュリオくんも、そこ引っかかる?」
「はい、カトレアさん。…………あの、僕……母が聖女的なアレなんですけど、母に罰する力なんてありませんでしたよ……?」
大聖女であった母デメテルの事をむやみに言うつもりは無い。
微妙な濁し方をしたが、特にツッコまれずに安心した。
「聖女に誰かを罰する力があるなら、お母様はお父様を……」
嫌な記憶が蘇りそうだったので、ジュリオは咄嗟に話題を変えた。
「あの、クリスさん。……その人面疽、触っても良いですか? 噛み付いたりしません……?」
「!! 兄ちゃん、この人面疽に触れるのか……? この人面疽には呪いがあるんだぞ!?」
クリスは驚いた顔をしている。
その様子から察するに、きっとろくな触診をしてもらえなかったのだろう。
「大丈夫ですよ。僕、呪い耐性最強なんで」
「すごいでしょ〜ジュリオくん。呪い耐性最強って、一万人に一人いたらラッキーってくらいのレア度だもん。……おまけに毒耐性もあるんだよ?」
カトレアがのほほんとした声でジュリオを後押ししてくれる。
「そ、そうか……婆さんが言うなら……大丈夫だな」
カトレアの話を聞いたクリスが、やっとジュリオを信頼してくれたようだ。
「じゃあ、触りますね……」
早速、三つの人面疽に触ってみた。
ジュリオに触られた人面疽は動物のような人懐こい顔をしており、これが人面疽じゃなけりゃ動物に癒やされる平和な絵面だと思う。
試しに人面疽の顎をくすぐって見ると、これまた人懐こい顔をして可愛く鳴き声をあげるではないか。
これは本当に呪なのか? と疑問に思う。
「呪いって聞いて、フォーネや聖ペルセフォネ王国中のペルセフォネ教会を半年かけて回ったんだ。……でも、俺が狩猟民だとわかると、ペルセフォネ教の連中は門前払いでろくな治療もしてくれなかった」
「そうですか……それは……」
人面疽の人懐こっさに、一瞬『すいません、餌あげても良いですか?』と聞きそうになったが、そんなふざけた事を抜かせばクリスにボコボコにされるであろう。
ジュリオはクリスの話に相槌を打ちながら、人面疽を診続けた。
「慟哭の森のターミナルのヒーラー休憩所にいるカトレアとか言う婆さんなら、何とかしてくれるって酒場で聞いて……」
「ごめんね……アタシ呪い耐性無くてさ、呪い系のものに触れなかったんだ。……だから、呪い耐性最強のジュリオくんを呼んできたんだよ」
「……呪い……呪いかあ…………」
ジュリオは人面疽の頬をたぷたぷと触ってみた。頬を触られ気持ち良さそうな顔をする人面疽は、本物の動物のようである。
こんな微笑ましい人面疽が呪いの産物なのか? と疑問に思った。
「カトレアさん、聖水と縫い針をお借りしても良いですか?」
「良いけど……何するのかな?」
「ちょっと、試したい事がありまして……」
ジュリオに頼まれたカトレアは、聖水と縫い針を持って来てくれた。
その縫い針を聖水に付け、人面疽にプツリと突き刺してみた。
人面疽は痛みで悲痛な声を上げており、動物をいじめている様な気分になった。
「ごめんね……」
聖水に浸した針で刺された人面疽は、『普通に痛がるのみ』である。
痛がる人面疽にヒールをかけて治癒すると、人面疽は怯えた目でこちらを見ていた。
「お、おい……何してんだよ……人面疽だぞ!? 何ヒールなんかかけて」
「ジュリオくん。……人面疽にヒールをかけて治癒出来たってことは……これは」
慌てているクリスと、何かに勘付いた様なカトレアは、ジュリオをじっと見ている。
そんな二人にジュリオは言うのだった。
「カトレアさん。この人面疽、呪いじゃないですよ。……『寄生型の魔物』ですよね……これ」
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