第39話 これってラブレター……!?

フォーネの港町へ向かう馬車の荷台に、ジュリオとアンナは乗っていた。


港町へ品物を届けに行く馬車に、輸送ついでに乗せてもらったのだ。






「……すっかり夜だね……」






濃紺の空はぽつぽつと星あかりが灯っており、ぼんやりとした月も浮かんでいる。



港町へと向かうボロ臭い馬車は、海に面した道をのろのろと進んでいた。


心地良い海の夜風がジュリオとアンナの髪を揺らす。






「今日は色々あったな。疲れたろ。……あ、そうだ。あんたに伝える事があるんだよ」



「え、何?」



「まずは、毒沼のドブさらい分の報酬金をルトリから預かってんだよ。ここじゃアレだから、後で安全な場所で渡すわ。…………あんた、金を取りに来るの忘れてたろ」



「あ……うん。ほんと色々あり過ぎて忘れてた。……マリーリカと会ったり、ルテミスとカンマリーが一緒に写ってる写真を見つけたり、ローエンさんのクズっぷりを見たり……」






思い起こせば色々あった。



マリーリカにも結局自分が元王子であることを知られてしまったが、それについて話すタイミングはローエンの下手くそなナンパのせいで失われたのだ。



可憐な美少女のマリーリカに鼻の下を伸ばして言い寄るローエンは、本当に格好悪かった。






「……ローエンさんの事、嫌いになりそうだよ……」



「何で? あんたローエンがDJロウだとかで尊敬してるって言ってたじゃん」






確かに、ローエンはジュリオが愛するラジオ番組のパーソナリティであるDJロウという顔も持っている。



そんなローエンに尊敬の念を抱いていたのは事実であった。






「…………アンナに当たり強くて雑だった」






ジュリオは膝を抱えてむくれてしまう。いくら幼馴染同士の軽口だとしても納得出来ない。






「アンナだって、可愛いのに……何で?」



「!? …………ありがと。……あたしの事そんな風に言ってくれる男は、あんただけ」






アンナは一瞬照れてしまうが、すぐにどうでも良さそうに笑う。




しかし、ジュリオはモヤモヤした気持ちを抱えたままだった。


どうして他人同士の軽口の叩き合いにここまで不満を抱いてしまうのだろう。



多分、命の恩人であるアンナを尊敬しているからだ。


きっと、そうだ。






◇◇◇






港町へ着き、ジュリオはアンナと一緒に例のおでん屋の屋台へと向かった。



フォーネの港町は、クラップタウンよりも治安が良いため、町行く酔っ払いもどこか上品である。


路上で寝たりゲロを吐いたりする飲んだくれがいないため、町並みはとても綺麗だ。






「ああ、着いた。良かった……やってた」






今日が休みだったらどうしようかと思っていたが、おでん屋は無事に営業をしていた。



しかも客は誰もいないので、ヘアリーの遺品を渡しやすいタイミングである。



ジュリオは、アンナと一緒におでん屋の屋台へ近づき、店主のおじさんに声をかけた。






「あの……すみません……以前、ヘアリーさんとここへ来たジュリオです」






食材を仕込んでいたおじさんは、ちらりとジュリオの顔を見た。






「……ああ、きみか。……どうしたんだい」






優しく笑いかけてくれるおじさんを見て、ジュリオは言葉に詰まってしまい、苦しげな顔をしてしまう。






「あの……今日は……ヘアリーさんについて、お話が……」






意を決して口を開く。



アンナは自身が部外者であると自覚しているのか、フードを深く被ってジュリオ達とは少し離れた位置にいた。






◇◇◇






「そうか…………あの子は……」






ヘアリーの身に起こったことをおじさんに話し終えた。



そもそも何故、ヘアリーの訃報を自分が伝えるのかと思っていたが、どうやらおじさんはワケありの人物らしく、ヘアリーの緊急連絡先にはなれなかったそうだ。



ワケありの人物には、クラップタウンのせいで既に慣れてしまったが、目の前の優しそうなおじさんがワケありな人物と言うのは意外である。



人は見かけによらないのだろう。






「親子揃って……アナモタズに……」






おじさんは静かに涙を流している。


全てに疲れてしまったような重い息を吐き、涙をはらはらと零すのみだ。


憔悴しきった様子を見るに、泣き叫ぶ気力すら無いのだろう。






「ヘアリーの遺品です……。きっと、貴方が持っている方が、ヘアリーも喜ぶと思います」



「…………ありがとう……」






おじさんは疲れ切った弱々しい声で返事をする。そして、ジュリオから手渡された紙袋を、まるで赤ん坊を抱くかの様に大事そうに抱きかかえた。






「……この手紙は、君宛だね。……持っててくれるかい?」



「……はい」






おじさんは紙袋からジュリオ宛の手紙を取り出し、そっと手渡してくれる。



その手紙には、



『ジュリオさんへ♡ ヘアリーのラブレターです♡ 一人で読んでくださいねっ♡』



と書いてあるが、その中身はどういったものなのだろう。


新聞記者であるヘアリーが、ジュリオを遺品の受け取り先に指定した上で、用意したであろう手紙なのだ。



ただのラブレターでは無いことだけは確かである。





ジュリオは手紙だけ受け取ると、おじさんに頭を下げておでん屋を後にした。


アンナも黙って着いてくるが、何も話そうとはしない。



背後から聞こえるおじさんのすすり泣く声が、夜の闇に溶けて消えてゆくばかりである。






◇◇◇






夜も深くなると、クラップタウンへ向かう馬車は既に無かった。



歩いて帰るには距離があるため、ジュリオとアンナは港町の宿屋に宿泊する事になった。


アンナと風呂だけでなく同じ部屋で一夜明かすと言うのは、普段なら緊張して色っぽい想像の一つでもしてしまいそうなものだが、今はそんな気分では無い。



ヘアリーを亡くし、疲れ切ったようにすすり泣くおじさんの悲しげな姿が、目に焼き付いていた。






「ヘアリー、何書いたんだろ」






アンナは夜食を買ってくると言い外出しているため、ジュリオは一人だけだ。


手紙を確認するには良いタイミングだと思う。






「…………」






ヘアリーの手紙の封を開く。


中には便箋が一枚と名刺が二枚入っていた。






「この名刺は……ヘアリーと、ヘアリーのお父様のか」






二枚分の名刺を封筒にしまったあと、ジュリオは肝心の便箋を手に取った。



そこに書かれていたのは、以下の内容である。






◇◇◇






ジュリオさんへ。



はわわっ♡ ラブレターなんて恥ずかしいですぅ♡



ヘアリーってば、慟哭の森に行くのが怖くなっちゃって、勇気を出してえいえいおー! するために、ジュリオさんへラブレターを書きました♡




ジュリオさん♡



もし、ヘアリーに会いたくなったら、まずはヘアリーのお父さんに会ってくださいね♡



お父さんならきっと、ジュリオさんの道標になってくれる筈です♡ 


ジュリオさんもお父さんを見習って、日々をコツコツ生きてくださいね♡ 何事も順番通り、地道にコツコツですよ♡



そうしたら、ヘアリーの心の鍵も開いちゃうかも……♡ なんて、はわわっ♡ 恥ずかしいですぅ♡






◇◇◇






「ヘアリー……この手紙の真意を解読しろなんて、僕には無理だよ……」






何度読み返してみても、頭がパッパラパーなアホ女のラブレターにしか見えない。



もし自分がとんでもなく頭が良かったら、このアホラブレターの真意にも気付けるだろうが、残念ながらジュリオはバカ王子である。






「ただいま〜。そこのコンビニで何か適当に買ってきたぞ」



「ありがとうアンナ。ごめん、いくらした? 払うよ」



「良いよ。奢り。気にすんなや」






買い出しから帰宅したアンナは、コンビニ袋を片手にジュリオのベッドへ腰掛けた。






「ああ、ヘアリーさんからの手紙? ……ラブレターだっけ?」



「うん……。でも、ラブレターでは、無いと思う」






ヘアリーが新聞記者と言う事は他言無用と言われていたので、アンナにも話せなかった。



しかし、アンナは言葉を濁すジュリオを気にするでもなく、コンビニ袋を漁り何を食おうかと物色している。






「ヘアリーさんは、遺品の受け取り先をあんたにしてたんだろ? それって、遺品の受取人をあんたにしてりゃ、おじさんに必ず届けてくれるって踏んでたんじゃねえの? おじさん、ワケありで緊急連絡先に出来なかったんだろ」






アンナはコンビニ袋からおにぎりを取り出し、ビニールの包装を剥がしている。






「しかもその遺品の中には、あんたへの手紙まで入ってたってワケだ。自分が死んだときの為に、あんたに託した手紙……。まあ、ただのラブレターではないわな」



「そうだね……。アホっぽいラブレターの皮被った遺書みたいなものだよね……これ」






遺書と言ってしまうと、途端に手紙を重く感じた。


自分のようなアホに遺書を残さんでも……とジュリオは思う。



もし自分がヘアリーだったら、自分のようなバカ王子にこんな珍妙な遺書を残しただろうか? と考える。


もしかしたら、ジュリオの王子という地位に希望を見出したのかもしれないが、自分は追放された身分なのだ。権力的なあれこれは絶望的である。



ヘアリーもヘアリーで、追放されたバカ王子に、とんでもない謎を残したものだ。







「考えても仕方ないか……。何一つわからないし。……ほんとただのラブレターだもんな……」






ジュリオは、手紙の真意について考えるのを一旦やめた。


どうせ考えたところで何一つわかりやしないのだ。


手紙をポケットにしまい、アンナから渡されたコンビニ袋の中に手を伸ばした。




◇◇◇




袋には惣菜パンやらおにぎりやらペットボトルに入ったお茶などが入っており、異世界文明の品で溢れていた。


思わずジュリオは『あれ? 僕がいる場所って異世界だっけ』という不思議な気分になってしまう。






「ところであんた、今日はここに泊まるとして、明日からの住む場所もう決めたの?」






アンナはおにぎりを食べながら、部屋に備え付けられているテレビの電源を付けた。


異世界文明がもたらした四角い箱には、この世界のテレビ番組とかいう映像が流れている。






「それなんだけどさ……。ごめん。やっぱり、アンナのお家でお世話になっていいかな……? 泊まる当てが全部外れちゃって」



「良いよ。気にすんなや……でも、三つ条件がある」






テレビからは、ドラマとか言う演劇の映像が流れている。


出演者は全て異世界人である事から、このドラマは異世界から電波ジャックしたものだとわかった。






「まず、一つ目は月一で家賃と水道光熱費代をあたしに払う事。……と言ってもまあ、家賃はクラップタウンの相場の三分の一に負けとくし、水道光熱費代も折半でいいよ」



「……かなり負けてくれたね。それなら貯金も出来そう」






アンナから条件という言葉を聞かされたとき、正直かなり緊張したが、意外な緩さに安心した。


アンナの家でお世話になる以上、月一で金を払うのは当然だろう。




この調子なら、他の条件も緩そうだ。







「二つ目の条件は、家事や食事の分担な。当番制にするから、あんたにもやってもらうぞ……まあ、食事は家事に慣れてからで良いけど」



「家事か……ずっとメイドに任せっきりだったもんな……僕に出来るかな」



「出来るさ。異世界文明の家電はすげえぞ。ボタン一つで何でも出来るからな」






ボタン一つで操作が出来る異世界文明のテレビからは、電波ジャックによってもたらされる異世界のドラマが流れていた。


画面には眼鏡をかけた壮年の紳士が写っており、話しから察するにその紳士は警察のようだ。その紳士は、犯人に対し怒りに震えながら説教をしている。






「三つ目の条件は……自立の目処が立った時は、クラップタウンを出て独立する事。……まあ、これは、最低三年は大目に見てやるけどさ」



「え」





三つ目の条件はやけに難易度が高く、ジュリオは戸惑ってしまう。


他の二つがアンナと生活するうえでの約束事のようなものだったので、三つ目も同じだと思っていたのだ。






「何か、急に難易度上がったね……条件……」



「別に難しい事じゃねえよ。婆さんとこで働いて金ためりゃ独立資金にはなるし、資金が貯まる頃にはあんたは立派な一人前のヒーラーだよ」






三つ目の条件の重さに戸惑うジュリオを余所に、アンナは話し続けた。







「独立しても、婆さんとこで働き続けても良い。勿論、どっかのパーティでヒーラーやっても良いし、別のヒーラー休憩所で働いても良い…………だけどな」



「だけど?」






おにぎりを食い終わったアンナが真剣な顔でこちらを見る。






「独立出来るようになったら、クラップタウンからはすぐに出ていくんだ。……あんたは、こんな掃き溜めにいちゃいけない」






テレビドラマからは、警察である眼鏡の紳士が『悪に抗い続ける警察官と悪に染まる警察官とでは、全く違うんですよ!』と犯人に怒鳴って怒りに震えていた。


異世界の警察事情はよくわからないが、きっと色々大変なのだろう。






「……二年間か……まあ、三年間でもいいや。でも、必ず……あんたは、クラップタウンから出ろ。いいな」



「何か……追い出された気分……。まあ、僕も同意見だけど」






日常茶飯事でヤバい事が行われる貧民窟など、出来れば関わりたくはない。


誰でも受け入れる懐の深さがある分、金持ちな余所者に対しての容赦の無さは恐ろしい。


良くも悪くも極端な田舎の下町なのだ。


アンナが『独立出来るようになったらすぐに出て行け』と言うのもわかる。






「この町に染まっちゃ駄目だ。……あんたみたいな人は特にな」



「僕みたいな人?」



「元々上流階級の人って事さ。……ギリギリのところで踏ん張るのは難しいが、転がり落ちるのは簡単だ」



「そっか……」






アンナの言いたい事は何となくわかる。


ジュリオも、頑張って努力していた幼少期の頃よりも、バカ王子路線へ転がり落ちた方が遥かに楽だったからだ。






「でも……アンナと離れるのは寂しいよ。……独立しても、会いたい」



「……茶化すなよ。……ほら、さっさと食え」






コンビニ袋を押し付けたアンナは、フードを深く被ってそっぽを向いた。こういう風に、フードを深く被って顔を隠す時、アンナは照れているのだ。


顔を覗き込みたいが、そこまで踏み込めるほどの仲でもないので、アンナの照れには気づかないフリをする。






「そう言えば……凄くお腹空いた」






コンビニ袋の中から食べ物を漁ると、自分が空腹だと気づく事ができた。


ずっと忘れていた感覚である。






「この蒸しパン……食べられなかったんだよね」






心労がたたり、馬車の荷台でパンを戻してしまったのを思い出す。


アナモタズの事件以来、どうにも『食べる』という行為が気持ち悪くて仕方なかったのだ。




だが、今は違う。






「……ほんっと、お腹空いた」






『食べる』という行為に、なんの抵抗も躊躇いも無い。






「ねえ、アンナ。明日はカトレアさんの仕事場にご挨拶に行っていい?」






明日何をするかと言うのを考えながら、ジュリオは蒸しパンを口にした。


ふわふわで柔らかく、さっぱりとした甘さが美味しいパンである。






「ああ。良いよ。……カトレアさんからの連絡では、別に明後日から顔見せでも良いってさ」



「ありがたいけど、でも、なるべく早く仕事が出来るようにしたいしさ。だから」



「そっか。まあ……あたしも慟哭の森に用があるから、一緒に行くか」



「うん、お願い」






テレビドラマはいつの間にか終わっており、今は聖ペルセフォネ王国のニュースが流れていた。


異世界人の企業がまた新たな製品を開発しという話題で持ちきりである。


そう言えば、ルトリはテレビのスポンサーにはほぼ全ての異世界人企業が就いていると説明してくれたのを思い出す。


だからこそ、やたらめったら異世界文明の製品を宣伝しまくるのだろう。






「今からローエンにあんた用の家具を調達してもらうわ。売れ残って廃棄処分寸前のアウトレット品を格安で買い取るルート知ってるから、アイツ」



「……ほんと、ローエンさんって何者……?」



「大体の事は出来る男だよ」



「……女の子の心を掴むのは無理そうだけどね」



「言えてる」






アンナは呆れたように笑い、ジュリオは二つ目のパンを口にした。



王子時代の食事にはさすがに敵わないが、楽な姿勢でアンナと会話をしながら食べると言う条件が加わると、不思議なくらいに美味しいと感じる自分がいた。



こんなに美味しい食べ物、始めて味わった。

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