第38話 嘘でしょ〜!?



「本当にごめんなさい……。命の恩人に、私……なんて事を」





ジュリオの隣に座ったマリーリカは、先程から泣く一歩手前の顔で謝ってばかりである。



傍から見たら、自分はきっと可憐な美少女を泣かせるクソ男として見られる事だろう。






「いや、本当に大丈夫だから! 仕方ないよ……あの時は、本当に仕方ないって……」






妹を酷い形で失った直後だったのだ。まともな精神ではなかったとわかるからこそ、ジュリオはマリーリカに謝って欲しくなかった。






「ところでさ、マリーリカも事情聴取? 大丈夫だった?」



「うん。それに……一人でいたら、頭おかしくなりそうだったし……」



「そっか……」






話した方が楽になれる事があるのは、ジュリオもよく知っていた。


アンナに身の上話をして救われた自分がいる。


誰かと話すという事は、実は治癒魔法と同じくらい効果があるのではと思った。






「あのね、ジュリオさん……。さっきルトリさんに事情聴取された時さ、これ、貴方に渡してくれって言われて。……ジュリオさんはロビーで人を待ってるから会えるだろうって」






マリーリカは二つ持っていた紙袋の一つをジュリオに差し出した。


それを受け取り紙袋の中を見ると、本が数冊とピンクの手帳と、カードケースと手紙が一通入っていた。






「これは……何? 結構軽いけど」



「それ、ヘアリーの遺品」



「え」






ヘアリーの遺品と聞いて、驚きのあまり紙袋を落としそうになった。



何故ヘアリーの遺品が自分に来るのか。


ヘアリーは『おでん屋のおじさんしか親しい人はいない』と言っていたが、おでん屋のおじさんが受け取り人では無いのかと疑問に思う。






「僕が遺品もらっちゃって良いのかな……」



「それなんだけどね。ヘアリーがジュリオさんを指定してたみたいなんだ。……慟哭の森に行く二日前くらいに。……ヘアリーなりに、覚悟してたんだろうね」



「受取人を……僕に指定……」






きっと、ジュリオに指定する事で、おでん屋のおじさんに届けて欲しいと言う意図があるのだろうか。



それなら何故、直接おでん屋のおじさんに届けないのか。



不思議に思って紙袋の中を見てみると、そこに入っていた一通の手紙の宛先欄には『ジュリオさんへ♡ ヘアリーのラブレターです♡ 一人で読んでくださいねっ♡』と流れるような字で書いてあった。






「ラブレターって……」






この手紙がラブレターである確率は皆無であるとジュリオは察する。


おでん屋でヘアリーと交わした会話の内容を思い出すと、どうにもきな臭くて仕方がない。




自分を遺品の受取人に指定したり、明らかに怪しい手紙を残したり……と、ヘアリーの行動はまるで何かをジュリオに伝えようとしているようだ。



正直な話、新聞記者のヘアリーに何かをたくされたところで、自分は所詮バカ王子なのだ。



ジュリオは、取り敢えず紙袋は一旦おでん屋のおじさんに渡した後、自分宛の手紙だけは貰っておこうと思った。






「……ジュリオさんは、これからどうするの?」



「取り敢えず、カトレアさんのとこで働かせてもらう事になったんだ。慟哭の森前のターミナルにある、ヒーラー休憩所ってとこ」



「うっそ! そうなんだ! 私も、カトレアさんとこのヒーラー休憩所にある、魔道具の売店で働く事になったの!」



「マリーリカも!? そっか……職場に顔見知りが出来て嬉しいよ」






知り合いが職場にいると言うだけで、心強さが段違いだと思う。


改めて、マリーリカが生きててくれて良かったと実感した。






「……嬉しいって思ってくれて……ありがとうね……。私、貴方がパーティにいた時、酷い態度ばかり取ってたのに」



「それは仕方無いよ。マリーリカはただ、異世界人勇者の彼の機嫌損ねないように職務を全うしていただけ。君はずっと仕事中だったんだからさ」






ジュリオが笑ってそう言うと、マリーリカはまた泣き出しそうな顔になってしまう。



マリーリカだって異世界人勇者のご機嫌取りをしないと不味い立場だったのだ。


事情が事情だけに、怒る気持ちは毛頭無い。






「大変だったね……。怖い思いしたでしょ」






自分もアンナに「怖かったな」と言われ、心が緩くなって泣いてしまったのだ。


アンナが自分にかけてくれた言葉をなぞるように、マリーリカへ言葉をかけた。






「…………うん……怖かったよぅ……っ、ひっ、………ぅ」






案の定、マリーリカは泣いてしまった。


無理もない話である。



マリーリカの涙を拭おうにも、今のジュリオはハンカチなどを持ってはいなかった。






「ごめんね、今ハンカチ持ってなくて」



「ううん……いいよ。……平気」






マリーリカは紙袋を抱いてすすり泣いている。


ジュリオに手渡した紙袋にはヘアリーの遺品が入っていたと言うとこは。つまり。






「マリーリカの紙袋、もしかして」



「……うん。カンマリーの……持ち物……」






カンマリーの遺品を受け取ったマリーリカの心境を思うと、ジュリオも泣きそうだった。




カンマリーの涼しげな顔と艷やかな黒髪と賢そうな黒い瞳を思い出す。そうしたら、何故かルテミスの顔が浮かぶのはきっと、黒髪と黒い瞳と言う共通点があるからだろう。






「私とカンマリーはね……血、繋がってないんだ」



「……そっか」






マリーリカは紙袋をぎゅっと抱きしめ、涙声混じりにジュリオに語る。


きっと、妹の事を聞いて欲しいのだろう。






「私とカンマリー、似てないでしょ?」



「まあ……そうだけど。……でも、表情は似てたよ」



「表情……?」



「うん。話し方とか、気不味そうに笑ってる口角の上がり方がそっくりだった」






カンマリーの口調はマリーリカよりも厳しく冷たいものだったが、それでも声の抑揚や言葉選びはかなり似ていた。


それに、気不味そうに笑うときの口元なんかは鏡合わせのようにそっくりだったと思い出す。






「似てたよ。君とカンマリーは、そっくりだ。…………羨ましいよ。姉妹仲良くて……」






自分を憎らし気に睨むルテミスを思い出す。


確かに自分は好かれる兄ではなかっただろう。


ジュリオだって、自分みたいなお騒がせの厄介者な弟がいたら、追放の一つでもしたくなるかもしれない。






「ジュリオさんにも、ご兄弟がいるの?」



「いるよ。弟。……腹違いだけどね」



「え!? ……ぁあっ!」






腹違い、と言う言葉にマリーリカは驚いてしまったのか、抱き締めていた紙袋を落としてしまった。


荷物が床に散乱し、慌てて拾い集める。




ジュリオもそれを手伝いながら、腹違いの弟の話をするのだった。






「ごめんなさいっ! 腹違い、なんて……現実で初めて聞いたから……その」



「良いよ良いよ。気にしないで……。あ、どうしよう……カンマリーのお財布の金具……壊れてる…………うわっ!」





カンマリーの財布を拾い上げると、留め具が壊れたせいで、財布の中に入っていた紙幣やカードやレシートなどが散らばってしまう。






「ごめんなさい! どうしよう」



「いいよ、仕方無いって! この財布……私が子供の頃にカンマリーにプレゼントしたヤツでさ、古くなってたから新しいのに買い替えたら? って聞いても、これが良いって使い続けてたんだ。……だから、言ったのに………………え!?」






マリーリカはカンマリーとの思い出話を懐かしそうに話していた。


しかし、ぶちまけられた紙幣とカードとレシートを拾い上げると、その下に隠れていた一枚の写真を見て、驚愕していた。



ジュリオもその写真を見て、言葉を無くす。






「なんで、カンマリーとあの方が」



「待ってなんでルテミス!? なんでルテミスとカンマリーが一緒に写真写ってんの!?何これ!?」






写真には、緊張した様子のルテミスへ親しげに肘で小突くカンマリーが写っている。



まさかの写真の登場に、ジュリオは完全にパニックになっていた。






「なんでルテミス!? 異世界文明の写真って僕ら撮れない筈なのに!?」



「ジュリオさん? あの『僕ら』ってどういう」



「ああごめん、僕ら王族って異世界文明禁止だからさ……というか、ルテミスとカンマリーってどういう関係なの!? ネネカは!? まさか浮気!? 弟の浮気写真とか見たくないんだけど!!!」



「弟……? あの、ジュリオさん……。ルテミス殿下が弟って、貴方、まさか」



「え? …………ぁ」






ジュリオ、アンナに続いて二度目の自爆である。


つくづく自分はバカ王子だと、実感した。






「貴方、エンジュリオス殿下だったの……!?」




◇◇◇




思わぬところでルテミスの顔を見たジュリオは、完全にパニック状態であった。



カンマリーとルテミスの関係がわからない。一番可能性が高いのは男女の仲と言うことだろうが、この写真からは甘い雰囲気など感じられなかった。






「ね、ねえジュリオさん……なんか、チンピラみたいな二人組が……」






写真を見て考え込むジュリオに、マリーリカは怯えた声で話しかけてきた。


マリーリカは怯えた顔をしており、ジュリオの服の裾をぎゅっと掴んでいる。



そんなマリーリカは、男なら誰でも守ってあげたいと思うほどに庇護欲をそそるが、残念ながらジュリオに女の子を守れるほどの甲斐性は無かった。



自分の背に隠れたマリーリカを見ながら、いざとなったらチンピラ相手に土下座しまくって許してもらうおうかと思う。






「おいどうしたジュリオ。何か探しもんか?」



「なんだアンナか」





チンピラその一はアンナだった。



だとしたら、チンピラその二はきっと。






「……………」






チンピラその二であるローエンは、マリーリカをじっと見つめて固まっている。


褐色の頬は赤く染まり、目を見開いている様はまるで、恋に落ちたかのようだった。






「あ、ああああの、えっと、俺、ちゃうわ、ああ訛りが…………あの、ボクは……き、きみの名は……?」



「ひっ、あっ、あの、マリーリカです!」



「マリーリカちゃん!! か、可愛い名前だね! てか、どうしたの? 元気無いね……俺で良ければ話聞こうか!?」



「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」






突然ぐいぐい来たローエンに、マリーリカは怯えてジュリオの背中にぎゅっとしがみついてしまう。



忘れていたが、アンナもローエンも見た目は完全に下町のチンピラだ。


二人とも美少女と美男子なのが余計に迫力を増しており、下町のチンピラカップルの様にも見える。



しかも、ローエンは身長がでかく顔も迫力がある鋭い男前だ。そんなヤツが挙動不審で性欲剥き出し状態で迫って来たら、そりゃマリーリカは怯えるだろう。






「おい童貞、その辺にしとけって。何が『俺で良ければ話聞こうか?』だ、この全身チ◯コ野郎。お前みたいなでけえ男が迫ったら恐怖だろうが」






アンナが呆れた顔でローエンのケツを蹴った。






「おい何すんだてめぇ! マリーリカちゃんの前で恥かかすな白髪!!」






ローエンがアンナに中指を立てる。



その中指を掴んだアンナは、本来指が曲がらない方向へと曲げようとしていた。






「痛い痛い痛い痛い痛い指はそっちに曲がんねえから!」



「お前大体の事は出来る男だろ? 曲がる曲がる。大丈夫大丈夫」



「折ったらマジで殺すからなてめぇ!!」






折る寸前でローエンの指から手を離したアンナは、ジュリオの後ろにしがみついて怯えた顔をするマリーリカを見る。


何かに気付いた様な顔をしたアンナは、マリーリカへ優しい声で話しかけた。



その優しい声は、ジュリオへかける声の五倍は優しい。






「マリーリカさん……大丈夫か……? あんたも色々あって、大変だったろ」



「…………! 貴女は! あ、あの時の……! あの時はごめんなさいっ! 私、ほんと……どうかしてて……」



「いいよ。事情が事情だしさ」






ジュリオの背後から出てきたマリーリカは、アンナへ頭を下げて謝罪した。


カンマリーの死を目の当たりにし、錯乱してジュリオに八つ当たりをした際、止めに入ったアンナにも怒鳴り散らかした事を何度も謝っている。






「こんなのに謝らなくていいよマリーリカちゃん! こいつに謝るほどの価値無いから! ね!」



「マリーリカさん、こいつの話は聞かなくていいよ。話聞く価値無いから」






ローエンは笑顔でアンナをディスり、アンナは真顔でローエンをディスり返す。


さすがはクラップタウンの住民だ。憎まれ口の殴り合いが流暢である。






「アンナ、ごめん。ちょっと頼みたい事があるんだけど、良い?」






メンチを切り合うアンナとローエンの間に割って入ったジュリオは、紙袋を掲げてアンナに頼み事をした。



 




「あのさ、ちょっとフォーネの港町のおでん屋さんに行きたいんだけど、いい? この紙袋を、届けたいんだ」



「ん? ああ、いいよ」



「ありがとう。助かるよ。……夜のクラップタウンは、一人で歩きたくないからさ」





ジュリオが困ったように笑うと、アンナは「確かに」と頷いた。






「マリーリカはこれからどうするの?」



「私は、ルトリさんと一緒に帰るよ。……落ち着くまでの間、ルトリさんの家に泊まっていい事になったんだ」






ルトリの家なら、クラップタウンでも高級な北の方であるし、二人暮しと言う事で何かと安心できるだろう。






「マリーリカちゃん、ルトリさんと帰るのかい!? そ、それなら! 俺、送ろうか?」



「だ、大丈夫です……。ルトリさんと馬車で帰るんで……」



「遠慮しないで! 俺別に何も下心とか無いから! ただ、マリーリカちゃんともっとお話がしたあ痛ァッ!!!」






マリーリカにしつこく言い寄るローエンのケツを、アンナが再び蹴り上げる。



スパァンッと、とても良い音がした。

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