第19話 アウトローな奴ら!

ローエンの家は、それはそれは薄暗く汚ったねえ空間であった。


空気も淀んで埃っぽく、人の部屋と呼べる代物では無い。ケーブルだか銅線だかワケのわからん部品が散らかっており、気を付けて歩かないと何かを踏んでしまいそうだ。



恐る恐る部屋の奥へと進むと、ローエンは大きなカウンターテーブルに肘をかけてよりかかり、鋭い三白眼の黒眼でこちらを見た。


カウンターテーブルの背後には、様々な工具やらなんかの部品が沢山仕舞われた棚がある。






「んでアンナおめえよ、一体何しにきたわけ」



「この人をお前に会わせたくてさ。……色々と困ってるから力になってやってよ。……後、あたしの弓の修理も頼むわ」





アンナは背負っていた黒い大きな弓をカウンターに置き、ジュリオをローエンに紹介してくれた。






「あの……DJロウ……じゃないや、ローエンさん。初めまして、僕はジュリオです。……えっと、追放された……貴族です」






いくらずっとファンであった相手とはいえ、さすがに王子という身分を話す気にはなれない。



貴族、というのは口馴染みが無いが、そのうちなれるだろうと思う。






「そうかい。……ん? 追放された……貴族? もしかして、昨日の夜にアンナが血相変えて店飛びたして慟哭の森に行ったアレ的なヤツか? あん時アンナ『明らかに初心者っぽい弱そうなヒーラーの兄ちゃんが魔物の寄せの囮にされてる』って言ってたもんな……」






ローエンが心配そうな顔でジュリオを見てくる。どうやら、ジュリオの境遇に同情してくれているようだ。


怖そうな地元の先輩という見た目の割りに、優しい性格をしているのだろう。






「はい。アンナに助けて頂きました」


「そうかい。ジュリオさんよ、お前は無事で良かったな。……アナモタズの獣害事件での生存者は殆ど奇跡だからさ」



「そうなんですか……」






ローエンの言葉にアンナが苦い顔をする。


もう人が死ぬのは見たくないというアンナの台詞を思い出した。



きっと、色々と悲惨な光景を見てきたのだろうと思う。






「それにしてもアンナが……、ミルコヴィッチの一族が人助けするなんてな。サツの世話になるくらいしか能のねえクソ一族の末裔が出世したもんだ」



「え、ミルコヴィッチ? 何ですかそれ」






ローエンの話からすると、アンナはミルコヴィッチという一族の末裔だそうだ。



一族の末裔……という響きはすごくカッコ良く、まるで物語の主人公のようだとテンションが上がってしまう。


少し期待した目でアンナを見てしまうが、そんなジュリオにローエンは苦笑いをしながら、ミルコヴィッチ一族について説明してくれる。






「ジュリオさんよ、ミルコヴィッチってのは、クラップタウンに住んでたヤバい連中でな。倫理も道徳もねえ、ただの地元のチンピラだわ。お前の想像ほど立派なもんじゃねえよ。ミルコヴィッチなんて、貧乏界隈に巣食うダニみてえな奴さ」



「え、そんな」






ローエンがド直球でミルコヴィッチを貶し始めたので、アンナの前でそんな事を言っていいのかと驚くが、アンナはローエンの言葉に頷きながら、何の興味も無さそうな顔をしている。




不安げな顔をするジュリオに気付いたアンナは、薄く笑って口を開いた。







「そうだぞジュリオ。ミルコヴィッチなんてロクなもんじゃねえよ。まあでも……十数年前にクソ親父が死んでから、今はもう散り散りになってこの町にはいないから安心しな」



「そっか。…………アンナのお父様、亡くなられてたんだね」



「お父様? あのクズはそんな大層なもんじゃねえよ。死んだ方が世のためだって」



「え、ええ……うん……」



 




笑いながら話すアンナに同調して良いのかと悩むが、当の本人が笑っているのだから何も言えなかった。



意外と距離感を掴むのが上手いジュリオである。






「ところでジュリオさんよ。……お前、実家追放された貴族なんだろ? これからどうするかアテとかあるんか?」



「それが……一応ヒーラーの仕事を探しているんですが、身分証明書が無いと何もできなくて。……ローエンさんがどうにかしてくれるとアンナから聞いて来たのですが……」



「ああうん。身分証明書偽造なら俺やってるけど」



「は? 偽造?」






ローエンのアウトローなセリフに、ジュリオの頭は真っ白になった。

アンナに『どういう事?』と目で訴えるが、アンナは『あれ? あたし何かしちゃいました?』みたいなキョトン顔をしている。



まるで、偽造という重過ぎる二文字に頭をぶん殴られた気持ちだ。






「俺は大体の事は出来る男としてこの町で飯食ってんだ。身分証明書の偽造ぐらい秒だわ。秒」



「大体のことの幅広過ぎません?」






ローエンの口から出た『身分証明書偽造』という倫理の欠片もない言葉にドン引きしてしまう。



やはり、この町の住人はヤバい。


アンナと言いローエンと言い、見た目や言動は怖くても心優しく情が深いなあと感動していたらこのザマだ。

あまり深く関わらない方が身のためかもしれないとジュリオは思う。






「他人の戸籍買うと足が付くからよ。偽造の方がコスパがエエぞ」



「コスパで片付けていい問題なんですかローエンさん……」



「問題はお前が仕事にありつくってことだ。正規の方法で身分証明書作るの待ってたら一年はかかるんだろ? ジュリオさんお前、その一年の間どうやって食ってく気だ?」



「食ってく……か」






人は数カ月間飯を食わないと飢えて死ぬ。


だからこそ、一年の間に仕事をして金を得て飯を食わねばならない。



そんな当たり前の事が、元王子様であるジュリオの頭から抜けていた。






「飯だけじゃねえ。住むところはどうすんだ。クラップタウンで野宿なんか自殺に他ならねえぞ」



「まあ……それは……」






そう言えばと思う。今の自分には住む場所すらないのだ。


家を借りようにも身分証明書が無い。宿を借りる金も無い。



だが、偽造という不正行為に手を染めて良いのかとも悩んでしまう。




正しさを守って飢えて死ぬか、正しく無い行為をして生き残るか。




死ぬか、生きるかの二極を前にした時、ジュリオはアンナと初めて会った時の事を思い出した。



生きててくれて、ありがとう。とアンナに言われたのが嬉し過ぎて、泣いて喜んだのを思い出す。


それに、生きてたおかげで憧れのDJロウにも会えたのだ。



死ぬか、生きるかなら、生きるを選びたいと思った。






「身分証明書の偽造、お願いできますか?」






ジュリオはこの時、本当の意味で王子であることを捨てたのだった。






◇◇◇





身分証明書を偽造するべく、生まれて初めて顔写真を撮られたジュリオは、写真に写る自分の顔という不思議な光景に戸惑っていた。



ジュリオを含む王族達は、国王と王位継承権第一位の王子しか民の前へと姿を見せないのが決まりである。

それは、王族が民に顔を覚えられ、犯罪に巻き込まれるのを防ぐ為だ。


ジュリオもそれに漏れず、民の前に顔を見せた事など一度も無い。

だからこそ、写真を撮られたのはこれが初めてだった。






「よし。お前の写真は撮れたから、後は色々やって身分証明書作るだけだな。後はお前、名前はどうすんだ」



「名前はって、エン……じゃない、ジュリオ……ですけど」






名前と言われ、咄嗟に本名を名乗りそうになり、慌ててジュリオと言い直した。






「ジュリオさんよ、お前の名字は何だ? ……ちなみに説明するが、俺が聞きてえのはジュリオさんの本名じゃない。……お前が、これから生きていく名前だ」



「これから……生きていく……ですか。何か、オススメの名字ってあります? 思いつかなくて」






自由な名字を名乗れとローエンは言うのだろうが、何も思いつかなかった。


ここはプロの力を借りねばならないだろう。


 





「そうかい……そんなら……ギャラガーってのはどうだ?」



「ギャラガー……ですか? ……ギャラガー、かあ」






ジュリオはぽそりとギャラガーと口にした。


舌馴染みは悪いが、そのうち慣れるだろうと信じたい。






「ギャラガーってのはクラップタウンじゃ多い名字でな。ジュリオさんみてえな実家追放された貴族や、借金背負って逃げてきた奴とか、その他諸々ワケありな連中がこぞって名乗る名字なんだよ」



「ローエンさん、それって危なくないんですか? そんなの自分からワケありですって言ってるようなものじゃ」



「それはそうなんだけどよ。まあ、ワケありな連中がみんなでギャラガーって名乗ってれば、誰が誰かわからねぇだろ? そうやって追手を撒く事が出来る。『お前が探してんのはどのギャラガーなんだよ?』ってしらばっくれられるしな」



「ああ……なるほど……」






木を隠すなら森の中、と言う事なのか。


確かに、こぞって名字が同じなら追手も探しにくい事だろう。


それほどまでに身元を隠したい人達が、このクラップタウンにはいるのだ。



地元のガラの悪い貧乏人や、事情を抱えた逃亡者に、実家を追放された貴族などを、この町は長い間受け入れてきたのだろう。



ただの治安が最悪でクソ民度な町だと思っていたが、意外と懐の深い地域なのかもしれない。




 


ジュリオが新しい世界を知って考え込んでいると、アンナが服の裾を引いて話しかけてきた。



  




「ちなみになジュリオ。ギャラガーってのはクラップタウンに古くからあるバーの名前でさ。色々とヤバイ連中が集まっては安酒飲んでた歴史があるんだよ。そんな連中が偽名でギャラガーって名乗ってたのが始まりなんだ」



「へえ……何か、歴史を感じるよ」



「誇れる歴史じゃねえけどな。ま、黒歴史も歴史には変わりねえさ」





黒歴史も歴史には変わりない。



そんな言葉に少しだけ救われる気がした。


自分の人生など恥にまみれた黒歴史だと自暴自棄になっていたが、そんな恥知らずな黒歴史も自分の一部になっているのだろう。


バカ王子の黒歴史など出来れば消えて無くなって欲しいものだが、それでも酒の肴くらいにはなるのかもしれない。






「そんじゃ、身分証明書のインクが乾くまで、アンナの弓の修理だ」






ローエンはそう言うと、アンナの黒い大弓の修理に取り掛かる。

カウンターに置かれた大弓のカバーを外すと、ローエンは「こりゃ酷え」と一言言った。






「マジ? あたしの弓、どこら辺がイカれてんだ?」






アンナはカウンターにもたれかかり、頬杖を付いてローエンに質問する。



ジュリオも興味津々に弓の内部構図を見たが、変な形をした部品と太くいワイヤーがパズルの様に組み合わさっているように見え、全くもってわけがわからない。


武器の分解というよりも知らん動物の解剖授業に付き合っているようである。



一方、ローエンはアンナの方を見もせず、分解した弓に視線を落としながら答えた。






「インナーカムがアレだな。つーかアンナよぉ、お前いつまでこんな旧式の複合弓使ってんだよ、古代人か? 使いやすい弓ならたくさんあんだろ。異世界製のとか」



「やだ。この複合弓以外使う気ねえもん」



「『複合』だけにってか? お前と同じ仲間み」



「おいローエン。それは」



「んあ? え……ぁ」






アンナはローエンの言葉を遮ると、気まずそうにジュリオを見てくる。そして再びローエンの方へと向き直り、小さく首を振った。




ローエンもローエンで「ああ……」と何かを理解したような声を漏らしてジュリオの顔を見ると、すぐに下を向いて弓の部品名と思われる小難しい単語をブツブツ言いながら、露骨に話題を反らしてしまう。



そんな二人のやり取りを見て寂しいなあと思う気持ちはあるが、二人には二人の事情があるのだろうと察し、ジュリオは黙ったままでいた。


ジュリオだって自分が元王子という身分を偽っているのだ。


事情があるのはお互い様である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る