第18話 便利屋ローエン
「ここ曲がるとローエンの便利屋に着くから。そこでなら、ジュリオの身分証明書が無い問題も何とかなると思うよ」
クラップタウンの町の汚さに圧倒されていると、アンナに服の裾を摘ままれて話しかけられた。
小柄なアンナはジュリオに対して自然と上目遣いになってしまう。こうして見ると、やっぱり可愛いなあと思った。それが例え、この町の住人だとしてもだ。
「そっか。何から何までありがとう……ねえ、ローエンさんってどんな人?」
「すげえ頭の良い奴だよ。大体何でも出来る器用な奴。……この間、酔った勢いで酒の瓶にチ〇○突っ込んで抜けなくなってたけど」
「それ頭良いの?」
いくらジュリオがバカ王子でも、酔った勢いで酒の瓶に男性器を突っ込むことはしない。
ローエンという男はとんでもないバカなのではと思った。
それとも、クラップタウンでは頭が良いというのを酒の瓶にチ〇○を突っ込むとでも言うのだろうか。
それに、便利屋がジュリオの身分証明書が無い問題をどう解決してくれるというのか。
便利屋の人脈を駆使して、身分証明書の発行の予約を取ってくれる……とか、そんなんだろうか?
なんて事をぼーっと考えていると。
「おいジュリオ。ぼーっとしてると危ねえぞ。ここの階段でコケて足折ったアホが結構いるんだよ」
「ああ、ごめん。ありがとう……」
錆びついたシャッターやパイプが剥き出しの汚い路地裏に入り、建物と建物の隙間にある階段を登ると、錆まみれの小汚いドアの前へたどり着いた。
ドアの郵便受けには、黄色に変色した紙や新聞やゴミがぐちゃぐちゃと詰め込まれており、人が住んでいる気配は感じられない。
というか、こんな汚い場所に人がいるのかと疑ってしまう。
アンナはそう言うと、ドアを雑にノックした。
そんなに乱暴に叩かんでも……と、元王子様のジュリオは引いてしまうが、これがクラップタウン流のノックなのだろう。
「あれ? ローエンいねえのか?」
アンナが乱暴にドアをノックし続けると、ドアの向こうからドタバタとやかましい足音が聞こえてきた。
そして、勢い良くドアが開く。
出て来たのは、バールと呼ばれる鉄製の棒を振り上げている、頭にゴーグルを付け作業着を着た、如何にも下町のヤンキーみたいな背の高い男だった。
見た目だけなら『ウェ〜イ! 見てるぅ? 今から君の大事な子を寝盗っちゃいま〜す☆』とでも言いそうな、粗暴な雰囲気のチャラ男である。
しかし、チャラ男をよく見ると、とんでもなくカッコいい顔立ちをしているなとジュリオは気付いた。
鼻筋や輪郭や歯並びは上品で欠点が無く、黒眼の三白眼は野性味がある。
後頭部で結われた明るく彩度の高い焦げ茶の髪はサラサラとしており、褐色の肌はとても綺麗だ。
「うっせえな! 女神様にはもう会ったつーの! 今度女神に会ったら俺のチ○○食らえビッチが! つっとけや…………って、なんだよアンナかよ。てっきりペルセフォネ教の連中かと」
「何、ローエンのとこにも来んのかよ、アイツら。……随分と熱心なこった」
毒舌を吐きながら出て来たローエンは、来訪者を威嚇するようにバールを振り上げていたが、来訪者がアンナだと知るとすぐに下ろしてくれた。
何という治安の悪い登場の仕方なのだろう。
ジュリオは唖然とするが、その一方で何故かローエンの声に聞き覚えがあり、どこで聞いたのかと必死に思い出そうとする。
この毒舌と、粗暴なハスキーボイスは……どこかで……。
「あの連中、人ん家に勝手に上がりこんで女神の書を読もうとするわ、要らねえつってんのに女神の書を置いて行くわで邪魔臭えんだよな。この貧乏界隈で信者増やしても金にならねえだろ」
ローエンの捨鉢で乱暴な物言いと、特徴的なハスキーボイスは初めて聞いた気がしない。姿は初めて見たというのに、この毒舌や声は何度も何度も聞いた事がある。
その時、アンナの「あんたも『声は』聴いたことがあると思うよ。」というセリフを思い出す。
ローエンの姿を見ずに声のみを聞く、という状況が今までの人生であった筈だ。そんな特殊な状況とは一体なんだろう。声だけを聞くなんて、そんなの異世界文明の『ラジオ』くらいではないのか。
……ラジオ!?
「で、どうしたよアンナ。何か用か? ……つーか、後ろの綺麗なお兄ちゃん誰? ……アンナまさかお前、モテねえからって娼館から男買ったのか?」
「買ってねえよバカ。この人はジュリオ。……あれだよ、聖ペルセフォネ王国追放された貴族。色々あって連れてきた」
「何だよ、あ〜びっくりした。幼馴染が男にモテなさ過ぎて人身売買に手を染めたのかと思ったわ」
ローエンはヘラヘラ笑いながら小指で耳を穿っている。
どうやらローエンはアンナと幼馴染らしいが、そんな事よりもアンナがモテないとは何事かと思う。
強く優しく可愛く、おまけに巨乳という逸材が何故? と疑問である。
だが、今はその疑問にかまっている場合では無い。
ラジオ、という言葉を思いつき、ローエンの正体にピンと来たのだ。
「すみません……あの、ローエンさん」
「あ? 何? どしたの」
「もしかして、DJロウ……ですか?」
「え!? え、あ、ああ……うん、俺が、DJロウだけど……」
ローエンの声と毒舌への懐かしさ。その正体がわかった。
DJロウだ。
ジュリオが王子時代に、ずっと聞いていたラジオ番組のパーソナリティである男だ。
キレッキレの毒舌と特徴的なハスキーボイスのDJロウが送るラジオ番組は、バカ王子と蔑まれ空しい日々を送っていたジュリオにとって、唯一の救いだったのだ。
DJロウがルサンチマンたっぷりにキレ散らかすトークを聞くと、自分が抱え込んだ怒りも一緒に昇華してくれる気がして、とても心地が良かったのを覚えている。
追放のきっかけとなった舞踏会の夜も、本当は一人でゆっくりとDJロウのラジオを聞いていたかったのだ。
「僕、ファンです! DJロウのオールナイトクラップタウン、実家追放されるまでずっと聞いてました!」
ジュリオは目を輝かせてローエンに話しかける。感激だった。素直に嬉しかったのだ。
DJロウに会えたことだけでも、クラップタウンに来て良かったと心から思う。
「え、えっと……おおきにな……じゃねえや、訛りが出ちまった。…………えっと、ありがとよ。と、取り敢えず、中入れよ……」
ローエンはいきなりジュリオから好意を向けられたせいで、捻くれながらもぶっきらぼうに照れてしまった。
ぶつぶつと「俺に……ファン」と呟きながら室内に入って行くローエンの背中を見ると、ジュリオはアンナの照れた様子を思い出した。
アンナも、ジュリオから可愛いと褒められ、捻くれた照れ方をしていたのだ。
アンナといいローエンといい、この町の住人はド直球に褒められるのに弱いのだろうか。
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