第11話 マリーリカ、生還。


「マリーリカ。大丈夫? 起きて、マリーリカ」





ジュリオの謎の回復魔法により、瀕死の状態から生還したマリーリカは、オレンジ色の長い睫毛をピクピクとさせ目を開いた。


澄んだ真っ青の瞳はしばらくぼうっと正面を向いたままだったが、やがて力無くジュリオの方を見た。





「マリーリカ、大丈夫?」





ジュリオの優しい問いかけに、マリーリカは弱った声で「うん……」と呟き、ぎこちない動きで起き上がろうとした。



よろけた所をアンナが支え、何とか上半身を起こしたマリーリカは、ぼそりと「魔導書……」と口にする。




それを聞いた瞬間、ジュリオは血に濡れた無残な魔導書を思い出し、悲しい顔をしながら拾いに行った。


拾い上げた魔導書に付着した土や葉を手で払って、マリーリカの手に優しく持たせた。





「カンマリー……カンマリーは……?」



「ん? ……なあ、ジュリオ。カンマリーさんってのは一体」



「ああ、うん。カンマリーは」





アンナの質問に答えようとしたジュリオの言葉は、マリーリカの悲痛な大声に遮られた。





「私の妹なの!! 全然似てないけど……でも、妹なの! 黒髪で、黒い目で、剣士で、私より背が高くてっ!!」





マリーリカは必死の形相でアンナにすがりつく。




今にも泣き出しそうな顔をするマリーリカを見ると、ジュリオは暗い顔をして黙ることしかできずにいた。




アンナも、戸惑いを隠せない顔でマリーリカの肩を撫でている。





「剣士って……まさか、あの刀……」





アンナの顔が青ざめる。




悲壮な色の赤い目と視線が合い、ジュリオは苦々しい顔で頷いた。




アンナが先程倒した手負いのアナモタズの腹部に刺さっていた刀、あれはカンマリーの物である。


異世界文明の武器を使いこなすペルセフォネ人は珍しく、どういう経緯で刀を持ち始めたのか気になっていた。





「何!? 何か知ってるの!? ねえ! カンマリーは!?」



「マリーリカ、落ち着いて……怪我は完治してるけど、無くした血が完全に戻るのはまだ」



「落ち着いていられるわけないでしょ!? ねえ! カンマリーの刀がどうしたの!?」





必死な形相のマリーリカに服を掴まれ、ジュリオは苦い顔でアンナを見た。



アンナも似たような顔で頷いたので、意を決して口を開き、アナモタズの死骸を指を指す。





「カンマリーの刀は、アナモタズのお腹に……刺さってて」



「そ、それじゃあ……カンマリーはアナモタズを倒したってこと? だ、だよねえ、だって、カンマリーはこの国最強の剣士で、すごく強くて、だから、……だから、ねえ」





マリーリカの言葉の裏には『お願いだからカンマリーは無事だと言ってくれ』と言う願いがあるようだった。




ジュリオだって、カンマリーは無事だと言いたい。



言いたいのだが。





「アナモタズは手負いだったよ……。あんたの妹さんの刀が、腹にぶっ刺さったままの、な……」





アンナの声はとても重い。苦々しい表情を浮かべて、マリーリカから目を逸らしている。





「……じゃ、じゃあ、手負いにしたあと、どこかに隠れてるかも……! 私みたいに、ヤバい怪我をして、動けなくて、だから……探さなきゃ……」





よろよろと歩き出したマリーリカは、泣き叫ぶ声でカンマリーの名を呼び、辺りを探し始めた。




ジュリオとアンナも、マリーリカを気遣いながら後に続く。




もしかしたら、カンマリーもどこかで生きているかもしれない。


そうしたら、すぐに回復魔法で手当をし命を救わねば。


そして姉妹は揃って生還しハッピーエンドとなる。




それでいいではないか。




祈るような思いを抱くジュリオとは真逆に、アンナの赤いフードに隠れた横顔は、何かを覚悟したような悲壮の影が差していた。




ジュリオは、そんなアンナに気づかないふりをした。





「カンマリー!! お願いだから返事をして!! カンマリー!! ねえ、どこなの!?」





まるで迷子が親の名を呼ぶように、マリーリカは妹の名を叫んでいる。




マリーリカとカンマリーは見た目こそあまり似てないものの、とても仲の良い姉妹であった。



ジュリオは、そんなマリーリカとカンマリーを見ながら、腹違いの優秀な弟王子であるルテミスのことを思い出しては、少し切なくなったものだ。



最も、ジュリオとルテミスは、マリーリカとカンマリーの様に仲は良くなかったが。





「あれ? アンナは、一体……どこに」





手負いの人間が身を隠せそうな場所ばかりを探すマリーリカとジュリオは、いつの間にかアンナが別行動を取っている事に気づいた。




アンナの行方を探そうと辺りを見回すと、何故かアンナはジュリオ達とは正反対の場所へ向かっている。





「アンナ、待って!」





前ばかりを見るマリーリカとジュリオとは反対に、アンナは地面と木の枝を交互に見比べるようにして、どんどん茂みの奥へと進んでいってしまう。




ジュリオは、フラフラと歩き回るマリーリカの手を引いて、アンナの元へと駆け寄った。



急に手を引かれたマリーリカは小さく声を漏らしたが、特に抵抗することも無くジュリオに引っ張られるままである。





「ねえ、アンナ。一体どうしたの……」



「……、ジュリオ……これは、見ない方が……」





言葉を濁して立ち止まっているアンナに追いつき、マリーリカの手を離す。



アンナはこちらに振り向こうとはしなかった。


しかし、小柄な背中が語っている。




カンマリーを『発見』したと。

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