第10話 生存者発見!
立ち尽くすアンナの元に倒れているパーティメンバーの美少女は、今にも死んでしまいそうな程の致命傷を負っていた。
「…………マリーリカ!!!」
無残な布切れと化した大きな帽子、筋のように千切れたローブ。倒れている生存者は、賢そうな魔法使いの美少女――マリーリカだった。
マリーリカの横腹は、爪の斬撃によるものであろう傷が深く走っており、恐らくアナモタズによる攻撃を避けきれず、横腹を抉られたと見て問題ないだろう。
地面に打ち捨てられ血に染まった魔導書を見たら、魔法攻撃どころの話じゃ無かったと伺える。
周辺は腹部から溢れる血が広がっており、その量からはマリーリカの生還が絶望的である事を示唆していた。
「…………ころ、して……」
マリーリカは今にも消えそうな呼吸に交えて、殺してくれと呟いた。
アンナは暗い表情のまま、矢を持ちマリーリカの傍に片膝を付き、そして。
「待って!!!!」
マリーリカの喉を矢で刺そうとするアンナの手を掴んで、ジュリオは声を荒げた。
「まだ生きてるってことは、治せるよ!! だから……だからッ」
「あんたの気持ちはわかるが、でも……これは……ヒールでどうにかなるもんじゃねえだろ」
疲れた声でアンナは言う。
確かに、ヒールと言う回復魔法は初級魔法中の初級魔法である。
回復量と言っても、せいぜい酷く擦りむいたケガが治る程度であった。
「楽にしてやるのも、救いってもんじゃねえのか」
諦めた様な声で、アンナが静かに語りかけてくる。
その表情は、赤い上着のフードに隠れてよく見えなかった。アナモタズを冷静に瞬殺し続けたアンナからは想像も出来ない、悲しくて弱々しい姿である。
「それでも、死んで欲しくないよ」
目の前で異世界人勇者が魔物に食い殺された。
仲間の美少女の無残な死体を見た。
血の匂いが。
悲鳴が。
骨が食い砕かれる音が。
絶叫が。
グチャグチャという咀嚼音が。
ああ嫌だ。
もう、勘弁してくれ。
「我が生命よ!! 生魔となりてっ! 彼の者の糧となれっ!!! ヒール!!」
今にも死にそうなマリーリカの腹部に両手でそっと触れ、ヒールの儚い光で傷口を照らすが、ほんの少し皮膚が蘇生しただけで、何も変わりはしなかった。
「大丈夫だから! 絶対に治る! 我が生命よ!!! 生魔となりて!!! 彼の者の糧となれ!!! ヒール!!!!」
「ジュリオ……」
「お願い! 嫌だ! 死なないで! ……もう、嫌だ」
ジュリオの声は悲壮に震えている。
思い返せば、不運に殴られ続けた酷過ぎる夜だった。
怖くて怖くて、散々怯えて泣きじゃくった。
怯え過ぎて泣き疲れて、もはや怒りが湧いてきた。
「我が生命よッ!!! 生魔となりてッ!!! 彼の者の糧となれッ!!! ヒールッ!!!! ヒールっ言ってるだろ! 治れッ!! 治れよッ!!!」
「ジュリオ……あんた……」
「さっき何かすごいの出来ただろ僕!!! 何で治せないんだよ!!! ヒーラーのくせに!!! 大聖女の息子なのに!!! お母様の息子なのにッ!!!! なんで……ッ!!!」
救国の大聖女デメテルの息子が、クソの役にも立たない無能なバカ王子。
散々言われ続けてきた侮蔑の言葉が、幻聴となって襲いかかってくる。
「うるさい……黙れ…………うるさい」
何でこんな役立たずが、生まれてきてしまったのか。
「そんなの知るか……女神に聞けよ……僕だって……好きで生まれてきたわけじゃ」
「ジュリオッ!!!!」
アンナの怒鳴り声に息を呑む。
はっとして顔を上げると、目の前には切羽詰まった顔をしたアンナと、今にも死にそうなマリーリカが横たわっていた。
「ジュリオ!! 目の前の事に集中しろ!!! 死にかけたヤツ治しながら幻聴に返事できるほど、あんた頭良くねえだろこのバカ王子!!」
確かにそうだ。
自分はバカ王子ジュリオ。
目の前の誰かを治しながら、幻聴に耳を貸せるほど賢くなんか無い!
「ああそうだ! 僕はバカ王子だ畜生ッ! ざまみろクソペルセフォネ人! 恨むんだったら導きのクソ女神を恨めッ!! 女神のクソ女がァッ!!! お前の導きなんかに負けてたまるか!!!! 死なせてたまるかぁッ!!! 死ぬな!! 戻って来い!! マリーリカぁっ!!!!!」
生まれて初めて口にした下品な言葉で、腹の底から大絶叫したその瞬間。
ジュリオの両手から、光……なんて優しいものではない、強烈な白の閃光が炸裂した。
同時に真っ白な光の魔法陣が地面に走り、外枠には溢れた光が柱のように空に伸びて輝いている。
「な、なんじゃこりゃ!? これヒールか!? いや、違うよな……こんなやべえの、ヒールなんかじゃ」
アンナの声が、困惑に震えていた。
驚きを通り越して怯んでいるかのような顔で、周囲に炸裂した光に圧倒されている。
魔法陣からは優しい風が吹上げ、ジュリオのふわふわとした優しい金色の髪を揺らしている。
眩い光を反射するジュリオの若草色の瞳は、暖かい春の陽射しが舞い降りた草原のようで、それは美しいものであった。
「ジュリオ……これ、まさか……さっきアナモタズにかましたヤツと……同じもん……なのか……?」
わけがわからん、と言いたげな困り気味のアンナの声に気づいたジュリオは、伏せていた顔をあげアンナと目を合わせると、困惑した顔で首を傾げた。
「わかんないけど……感覚としては……さっきと一緒……いや、さっきより、もっと……」
「なんにせよ……クソやべえな」
強烈な白い輝きが彼女の傷口を覆い、瞬きをする間に、傷口は完全に塞がった。
それに伴いみるみると、彼女の肌に血の気が戻ってゆく。
頬が薔薇色に染まり、唇も元の血色を取り戻しつつあった。
頬にや手足に走る小さな掠り傷すらも、優しい光が触れた瞬間に跡形も無く治ってゆく。
魔法陣がふわっと消える頃には、マリーリカの治癒は完全に終わっていた。
「すげえ……怪我、無くなってるじゃん」
アンナの言葉に、ジュリオは神妙な顔で答えた。
「ねえ、僕……何かやっちゃったの……? というか、ほんと……何したの、僕……?」
「……そりゃあ、こっちのセリフだよ」
アンナは顔を引つらせて言った。
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