第9話 ジュリオ、才能開花!?

夜が過ぎ、朝日が顔を出し始めた。


青白い光に照らされて徐々に明るくなりつつある道を、ジュリオはアンナの後をついて行く。




朝日が出てきた事で、少しだけ気力が戻ってきた。ジュリオの足取りもしっかりしてくる。



やはり人は陽の光に浴びてこその生き物なのだろう。   




恐怖の塊のような夜の森に、仄暗い朝の光が差している。光景だけは幻想的で美しい。


ここが凄惨な事件現場でなければ、雄大な自然に感動することもできただろう。






「喜べジュリオさん。……あたしの勘だと、アナモタズは後一匹だ」



「わかるの? すごいね。猟師の勘ってやつ?」



「あ、ああ。………まあ、な。この森で十年くらい猟師やってりゃ、誰だってわかるさ」






アンナは少しだけ言い淀んで答えた。







「十年も猟師を……? すごいね」






ジュリオの声に驚きが混ざる。 


アンナの年齢は、見た目から察するに十代後半くらいだろう。


だとしたら、猟師として初めてこの森に足を踏み入れたのは、多分七歳か八歳程度だ。






「すごいよ、ほんと……。猟は……誰かに習ったの?」



「ああ……それは先生が……。…………ん? なんだ、血が」





アンナが急に立ち止まる。






「血が……続いて……ッ!? まさか!? 木に」







アンナは茂みの向こうに生えた木を見上げると、いきなりジュリオに飛びついて、突き飛ばすようにして押し倒してきたのだ。







「痛ッッだぁッ!!!」 






アンナに押し倒されるよう突き飛ばされ、地面を体にぶつけたジュリオは悲鳴をあげた。






「アンナさん! 君に押し倒されるのは別に良いけど、そういうのはベッドでやって!」 



「ああわかったよ! 今度からそうする! つか、そんな状況じゃねえ!」






じゃあどんな状況なのさ……とアンナに覆い被さられたジュリオは、心の中で文句を言いながら、痛む体をなんとか起こそうとした。





その瞬間。





木々の枝がバキバキバキと折れる音。


ドスン……という地鳴り。


そして、殺意がこもった爆撃音のような唸り声。





野蛮な音を立てたアナモタズが、木から飛び降りて奇襲攻撃をしてきた。




さっきまでジュリオ達がいた場所に、木から降りてきたアナモタズが凶悪な爪を突き立てている。地面はぐしゃりと抉れていた。




恐怖と衝撃に声すら出ない。


あと少し、アンナの動きが遅かったら。




きっと今頃、アナモタズの爪で引き裂かれていただろう。






「ねえ、アンナさん。あのアナモタズ……何か変だよ……?」






アナモタズの腹部には刀が刺さっており、そこから血がたらたらと流れている。


あの刀は確か、パーティメンバーの美少女剣士の物だ。




胸の鼓動が激しい。


きっと恐怖からだろう。





「ああ。腹に刀がぶっ刺さってやがる。手負いだな。クソッ」






アンナは立ち上がり狙撃姿勢をとった。






「いや、違くて……確かにそうなんだけど、でも」






目の前のアナモタズは、今までとは明らかに違う見た目をしている。


凶暴な顔には知性の欠片も感じられず、体毛はまだらに抜け落ちていた。



それに。






「なに!? あの黒いオーラ!?」






目の前のアナモタズは、どす黒いオーラをまとっていた。



あの黒いオーラを見ていると、胸の奥がざわつくのは何故だろう。


胸の鼓動がどんどん大きくなった。





「ねえほんと! 何あのどす黒いオーラはフギャァアッ!!」






言い終わる前に、ジュリオはアンナに蹴られ後方へ吹っ飛び、地面に体を打ち付けてしまう。





急いで前方を見ると、アンナはアナモタズの爪による斬撃を後方に飛び退って避けていた。


ほんの一瞬、アンナの顔が苦しげに歪んだのは気のせいだろうか。




自分がアンナに蹴っ飛ばされたのは、アナモタズとの距離を取るためなのだろう。



ジュリオがそう理解した瞬間、アンナは素早く弓を構えアナモタズの心臓めがけて矢を放つ。


 



……しかし。





放たれた矢は、カキンッという乾いた音と共に、アナモタズの体に弾かれてしまった。





「!? 矢が弾かれた!?」



「だから! あの黒いオーラ何なの!?」



「は!? さっきから黒いオーラ黒いオーラってあんた、そりゃ一体何……うわッ!!」






どす黒いオーラをまとうアナモタズは、暴風の様にアンナめがけて突進をして来た。



振り下ろされた巨爪の斬撃を弓で受け止めてはいるが、力負けするのは時間の問題と言えよう。


アナモタズの攻撃を防ぐ弓が、ミシミシと嫌な音を立てている。






「こんの……糞アナモタズがッ!!」






アンナが押し負けるか、弓が折れるか。




ジュリオの頭に浮かぶのは、先程見た美少女の無残な遺体である。






「嫌だ……」






美少女の遺体とアンナが重なりかけた瞬間、ジュリオの体が勝手に動いた。






「ジュリオさん!? 来んじゃねえバカッ!!!」






右側から聞こえるアンナの怒鳴り声にも怯まず、ジュリオはアナモタズへと駆け寄る。




アナモタズの黒いオーラに近づくたび、指先に熱がこもり、胸の奥から二つの鼓動を感じた。




胸の鼓動は本来一つのはずだ。


なのにどうして、二つ目の鼓動がするのだろうか。




まるで、アナモタズの黒いオーラに呼応するようにして、二つ目の胸の鼓動が聞こえてくるのだ。




走りながら、意識を集中させた右手をアナモタズにかざす。




胸の奥の第二の鼓動から右手への『流れ』を意識した瞬間、目の前の黒いオーラをより鮮明に目視出来た。


黒いオーラの網目のような細かい部分まで、しっかりと把握した、その瞬間。





あの黒いオーラを祓える、と思った。





黒いオーラにかざした右手から、思わず目を閉じてしまうほどの爆光が放たれた刹那。



頭にふっと浮かんだ単語を、静かに口にしていた。



  




「カース・ブレイク」






言い終えたその時、右手から放たれた光が爆ぜ、黒いオーラを消し飛ばした。


鋭い光が黒いオーラの網目を切り飛ばし、塵にして焼き尽くしたのだろう。




光が爆ぜた瞬間に起こる衝撃により、アナモタズは苦しげな咆哮をあげ後方に吹っ飛んだ。






「うぐっ……ジュリオてめェ……光魔法使うなら言えよ」






近距離で爆光を目にしてしまったアンナが、目を抑えながら苦しげに呻く。


いつの間にか呼び捨てにされたが、嫌な気は全く無かった。






「ごめん! 本当にごめん! あの、僕、何かしちゃったの? というか! 僕! ほんと何したの!!!??」



「知るかアホ! あんたヒールしか使えないんじゃねえのか!?」



「当たり前だよ! 僕のあだ名バカ王子だよ!? こんなワケわかんない魔法使えるわけないでしょ!!」



「は? なに? え……バカ、王子……? あんたまさか」



「あ」





バカ王子が自爆して正体を明かしてしまったが、今はそんな事に構っている場合では無い。




アナモタズはすぐに復活し、殺る気に溢れた物騒な唸り声をあげている。



しかし、謎の黒いオーラは完全に消え失せていた。






「何だ? アナモタズのヤツ、さっきより何か……普通だな……」






弓を構えた狙撃姿勢のアンナが、不思議そうにしている。





やはり、アンナにはあの黒いオーラが見えていなかったのだろう。






「アンナ。今なら君の攻撃、通ると思うよ」



「奇遇だな。あたしもそう思ってた」






アナモタズが襲いかかってきた。


しかし、先程よりも明らかに速度が落ちている。通常のアナモタズに毛が生えたような速度だ。






「……悪いな、アナモタズ。これも、生きてくためだッ!」






アンナが矢を放った。


空気を裂く音がしたと思えば、眉間をぶち抜かれたアナモタズが殺意を滲ませた大きな鳴き声をあげる。




再び襲いかかってくるか? とジュリオは不安になった。




しかし、アナモタズは口から赤黒い血を吐き、徐々に動きを鈍くしてから、ズシンと地面に倒れたその数秒後に息絶えたのだった。






「何だったんだ……このアナモタズ……攻撃は効かねえし、何かやべえ雰囲気だし……。こんなん初めてだぞ」






怪訝な顔でアナモタズを分析するアンナをよく見ると、服の脇腹辺りを少し切ってしまっていた。


破れた服から覗く脇腹に、一筋の血が滲んでいる。






「アンナ、怪我してる……」



「平気だよ。こんなん怪我ですらねえ」



「駄目だよ、ちゃんと治さないと。ほら見せて。変な意味じゃないから」



「ジュリオさあ、あんたって意外と押しが強いよな」






バカで我儘なジュリオは、時として人を自分のペースに引き込むのが天性で上手かった。



アンナを手招きしながら「ほら、はやく」と有無を言わせぬ姿勢を取ると、アンナは諦めた様にため息をついて、掠り傷を負った脇腹を見せてくる。


顔の肌と全く同じで、初雪のような真っ白な肌だ。






「ちょっとごめんね、触るよ」 






と前置きし、アンナの掠り傷に触れた。



唯一覚えられたヒールの詠唱を唱えると、右手から淡く儚い光がふわっと浮かぶ。その後すぐに消えた。




ジュリオが考えるに、自分はこのしょぼいヒールしか使えない筈である。


それならば、先程の謎の光の魔法は何なのだ。




そもそも、あれは本当に魔法なのか?




魔法の勉強をサボり倒したバカ王子には、皆目検討もつかなかった。


こんなことなら、もっと真面目に勉強しておけば良かった。






「ほんと、さっきのアレ……何だったんだろう……」




思わず独り言が漏れてしまう。


悶々と考え込むが、アンナの肌から傷が消えたのを確認すると、今度はその肌の滑らかさに意識が持っていかれる。



卓越した美貌で男女共々からアホほどモテたジュリオであるが、女性の肌に触れるとどうしても胸が高鳴ってしまう。


しかも、アンナという美少女の肌なら尚の事だ。






「ヒールだけでも使えてて良かったよ。お母様の血に感謝しないとね」



「……あんたのお袋さんの事は知らんけど、あたしの怪我を治したのはジュリオだろ? だから、ありがとな」






治したのはジュリオだろ? なんて。



そんなの。そんなの。






「え、あ、ぁあ。……うん」







言葉が詰まって、歯切れの悪い返事しか言えなかった。






「そ、そういえばさ、なんか、お互い呼び捨てになってたね。……僕としてはこのままがいいんだけど、どう?」






何だか落ち着かないので、無理矢理話題を変えたジュリオである。






「……いいのか? あんた、いや、貴方はその……王子様、なんだろ?」



「あ!! あ、あの、それは……話すと長いから、今はちょっと保留という事で……。事情は後で説明させて」



「わかった。……じゃあ、今だけはこのままで行くぞ。ジュリオ」






歯切れの悪い態度を見せるジュリオを特に気にする様子も無いアンナは、ふと険しい顔をする。


 





「……? 静かに。話は後だ。…………何か聞こえる」



「え……? な、何? ま、まさか……またアナモタズなの……?」






ジュリオ、天国から地獄である。


パニック状態になりながらも、アンナの言うことを素直に聞いて黙るが、アナモタズの息遣いや巨体から鳴る重量の足音は聞こえない。



だとしたら、別の魔物だろうかと考える。


ここはアナモタズの住処なので、他の魔物はアナモタズを恐れて近寄らないと、元パーティメンバーの魔法使いは言っていたが……。






「魔物じゃねえぞ……人の息だ」






茂みの方へと駆け出したアンナの後を、ジュリオは走って着いていく。



生存者だ。パーティメンバーに、生き残った人がいたのだ!



すぐに助けに行かないと、とジュリオは疲労でふらつく体を何とか動かし、アンナの元へと駆け寄った。




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