第7話 友貴の答え
「昨日オープンスクールに来てくれてた、愛奈ちゃんの事、友貴はどう思ってるの…?」
美月の胸中は騒ぎ立てて、まったくもって落ち着きがなかった。耳に熱が集まり、言い表しがたい気恥しさが込み上げてくる。心臓がバクバクと早い鼓動を打っているのが聞こえた。一方の友貴はというと、質問の意図がまるで呑み込めないような、なんとも間の抜けた顔をしていた。ただ、投げかけられた問いに答えようと、友貴は開け放しになっていた唇の奥で舌を動かし始めた。
「どうってアンタ、難しいな…。強いて表現するなら、妹みてぇな可愛い地元のコーハイってとこかな…?てか、なんでそんなこと急に聞くんだ?」
友貴の言葉を聞いて、頭の中で言葉の意味を咀嚼すると、美月の頭は急に冷静さを取り戻した。今度は美月が間の抜けた顔をしていただろう。美月自身も、自らの表情筋の力が抜けていくのを感じていた。そして、すぐさま自分がとっさに投げかけてしまった質問をどう取り繕おうかと、再び美月は自らの脳をフル回転させる羽目になった。
「え、い、いやぁ…ほら!こないだの愛奈ちゃんすっごくかわいい子だったし、友貴に懐いてるカンジだったから、友貴はあの子の事どう思ってるのかなぁ…って!」
半ば強引にテンションで乗り切ろうとしていたが、友貴はまだ腑に落ちない様子だった。その様子を察した美月は、友貴が追加で唇を震わす前にさらに追い打ちをかけて話を逸らそうとした。
「そんなことよりもさ、やっぱり少し小腹すいてきたからスイーツいかない?こないだのお店もっかい行きたいな!?」
「え!?親っさん心配するかも言うてたやん!?あと帰ったら飯時だろ!?」
「親には今から連絡入れる!あと甘いものは別腹だから大丈夫!それとも…やっぱり今からの時間はダメ…?」
今日の自分はとことんワガママだなと少しだけ美月は自己嫌悪する。友貴の性格を知って、断るはずがないことを予想しきって聞いてしまっている。目の前にいる少し目つきの悪い男の子の優しさを知りつくしたうえで、その優しさに甘え切ってしまった。今日の自分はそこそこ最低なことをしてる自覚はある。でも目の前の男の子は、いつものように鋭い目つきを緩めて、微笑んだ。
「いいぜ?今日はとことん付き合ってやんよ!」
ニッと笑い、「ほれ、さっさと行くぞい」と改めて友貴が歩き出した。美月もそれまでの悩みを振り切るように小走りで友貴に追いついた。いつも通りの、その気になれば手が触れ合いそうな距離で横並びで歩き始める。さりげなく友貴は車道側を歩く。もう慣れてきているとはいえ、細やかな友貴の気づかいが、美月には心地よく感じられた。
しばらく歩くと、件のスイーツ屋についた。近づくと、特有の甘いにおいが立ち込めてきて、いやでも食欲をそそられた。中に入り、席に着き少しだけ待つと店員が注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりでしょうか?」
ニコニコとした店員に対し、二人は思い思いの品を注文した。
「私は、レアチーズケーキとプリンアラモードお願いします!」
「じゃあ僕は、フルーツタルトと季節のパフェってやつと、このスイカソーダってやつください」
「かしこまりました。少々お待ちください。」というお決まりのセリフを残して、店員は奥に消えた。しばらくすると、友貴のスイカソーダが一番に運ばれてきた。
「友貴のそれなんだったっけ?」
「スイカソーダって書いてあった。夏季限定のドリンクだってよ。少し飲むか?」
「いいの?」
「もちろん。」
「じゃあお言葉に甘えて…。」
グラスに添えてあったストローを使って少し口に含んだ。口に広がるスイカと炭酸飲料の甘み、そして炭酸のシュワシュワとした感覚が、良く冷やされた状態で喉に通ってきて味もさることながら心地良かった。しかしここで、美月はあることに気づく。
「あ、ごめんストロー使っちゃったけど、どうやって友貴残り飲む…?」
「んあ?ああ、グラスから直飲みするから気にせんでいいよ。」
美月から返されるグラスを受け取りながら友貴は答える。(少し申し訳ないことをしたな…。)と美月が考えていると、頼んでいた品が届いた。前に来た時と頼んだものが違うが、負けず劣らず美味そうな出来であった。
机の端においてあった食器入れから必要な食器をとって二人は注文したスイーツを食べ始めた。途中、少し手を止めては他愛のない話をする。いつもの二人である。美月の心は朝や先ほどと比べてかなり穏やかだった。しかしそれは、目の前で微笑みながら意外と上品に食事をしている相手といるのが心地よいからなのか、口に含んでいるプリンの程よい甘みのせいなのか、店内に漂う甘い香りとジャズのメロディーのせいなのか、それらすべてのせいなのか、明確な理由はいまいち本人にもわかっっていなかった。美月がぼんやりと内心そんなことを考えていると、友貴が先に食べ終わった。紙ナプキンを手に取って、口を拭い、手を合わせて軽く会釈をしていた。
「友貴めちゃくちゃご飯食べるとき上品やね。前回うち来た時も少し感じたけど。」
「んぁ?あ~まぁな…。実家がそういうの厳しくってよ…。」
そう言うと友貴は、少しだけ表情を曇らせた。美月は振ってはいけない話題だったのかもしれないと訝しんだ。だが、どうしても今まであまり聞いたことのない友貴の実家について、好奇心を抑えることができなかった。
「ねぇ…。友貴のご実家ってどんな感じ…?うちの実家については前友貴が見た通りだけど、うちは友貴のご実家知らないからさ。」
美月の言葉を聞き、一瞬友貴は考え込むような顔をしたが、すぐに(まぁいっか)といった表情になり口を開いた。
「どうって言ったっても…まぁ普通の田舎の家さ…。あ~けど…古武道っつうか剣術…?の道場やってたからそのせいか昔っから礼儀作法的なの叩き込まれたり、棒振りさせられてたりはあったかな…。」
「え…!?マジ!?道理で部活中やたら武道に詳しいわけだ…!」
友貴が合気を始めたのは間違いなく高校からで、動き自体はほとんどズブの素人といっても過言でなかった。それでも、部活中に武道でよく使われる用語に詳しかったり、合気の技術の飲み込みが早かったりと、美月にとって不可解な点が多くあった。しかし、その疑問がやっと晴れることとなったのだ。日本の武道というものは、源流をたどると大方、戦が行われてきた時代の戦闘技術によるものが多いからである。古武道をかじった友貴が、同じ日本武道の合気をやっても、ある程度飲み込みが早いのも必然といえるのであろう。
「つってもほんとにかじった程度だぜ?何より、棒振りとかは嫌々やらされて球であるからなぁ…。ガキの頃は楽しくやってたんだけど…。」
この一言で、さらに謎が深まるのに加え、微妙な空気が流れてしまった。美月が何か口を半開きにしていると、それに気づいた友貴がまた先に口を開いた。
「おっと、なんかしんみりした感じにしちまったな。すまねぇすまねぇ。」
「ううん。こっちこそなんかごめん…。」
「気にすんな。今は実家から出て悠々自適な一人暮らし中だしな。まぁ、親に金出してもらってるから頭は上がんねぇんだけどよ…。」
そう言っていると、友貴のスマホが鳴った。液晶を確認すると、友貴は顔をしかめ小さく舌打ちをした。
「友貴…どうかしたの…?」
「いや…なんでもねぇよ。クソ親父からだわ。ちっと席外すわ…無視すると後がうるせぇもんでな。」
そういうと、友貴は席を立ち、店の外のテラス席のほうへ出ていった。二人の座っていた席はテラス席の入り口付近だったため、かすかながら電話に応じる友貴の声が聞こえてきたが、先ほど美月と話していた時とは打って変わり、いかにも不機嫌そうだった。
「あぁ…。こっちはいつも道理やってるよ…。今?友達と遊びに出てた。おん…。誰とだっていいだろ?前言ってた入学早々から仲良くしてくれてるやつ…。そう…。もういいだろ?待たせてんだよ…。あ?…会?絶対嫌だね。いちいちこっちまで迎え来んのもめんどくせぇだろ?兄貴か…か門下生に頼めよ。俺はもう何カ月も振ってねぇんだから…。こっちでも友達といくつか予定入れてんだよ…。あぁ…うん…。じゃそういうことで、もう切るからな。」
かなりあっけなく、しかもドライな感じで電話を切ったかと思うと、すぐに戻ってくる友貴の靴の音がした。戻ってきた友貴の顔は、先ほどの怪訝な顔から、いつもの柔和な笑みに必死に戻そうとしている感じがあった。
「あの…友貴?さっきの電話大事な用事じゃなかったの?大丈夫?」
「まぁ気にすんな。道場の演舞会に出ろとか言ってきたんだけど、そのためだけに帰るのダリいから断ったんだよ。」
椅子に座りながら答える友貴の顔はようやくいつも道理の笑みに戻っていた。
(うちがまだ知らない友貴の一面って結構あるのかも…。)
朝とはまた違う、別のもやもやとした感情が美月の胸の奥に生まれてしまったのであった。
そしてその帰り道、例によって二人は並んで他愛もない話をしながら帰路についていた。おもむろに、カフェでの話がまた気になってしまい美月が口を開いた。
「ねぇ友貴、もし機会があったら…刀振るところ見せてよ。友貴が演武するとこうちも見てみたい。友貴が良ければだけど…。」
その言葉に、友貴は面食らったようだが、すぐにやさしい笑顔をたたえて答えた。
「あぁ…あんたにならいくらでも…。大したもんじゃねぇけどな…。」
そういって友貴は吹き出すように笑った。しかし、その笑みはすぐに消え去ることになった。片手で、美月を制して進まないように示した。刹那、友貴の双眸に鋭く冷たい光が光った。
「そこの街路樹の影に誰かいるだろ?なぜ隠れた?出てこい。」
友貴が言い放つと、街路樹の付近に落ちる影が揺れた。そしてオズオズと、中年ほどの小太りな男が出てきた。暑い夏の午後7時半ごろのことである。若干涼しくなってきた時間とはいえ、男は大げさにロングコートの前のボタンをすべて閉めていた。ましてや、黒のキャップにサングラスとマスクという一見するといかにも不審者といった感じの見た目であった。そして何もしゃべらないまま、両手をコートのボタンが止まっている部分に掛けた。
瞬間的に友貴と美月は嫌な予感を感じた。そしてこの状況で真っ先に動いたのは友貴だった。美月を制止していた手を咄嗟に美月の目の高さに合わせた。その直後に、美月も自らの瞼を下した。瞳を閉じ切ったとほぼ同時に美月の耳に、ブチッという、何かを引きちぎったかのような音がした。
「おいおいマジかよ…。まさかのロシュツキョーってやつか…。ったくいい気分だったってのに…。見たくねぇモンしっかり目に焼き付いちまったじゃねぇかよ…。おおっと、それ以上近づくなよ?オッサン。特にこの子に近づこうもんなら、俺は手加減できねぇぞ?」
泰然として友貴は言い放った。そしてその声音には、先ほどの優しさとは違い、圧が宿っていた。少しの時間が過ぎた。風の音と、おそらく男のものと思われる荒い呼吸の音だけがした。美月は、目を開けた先にある光景がなんとなく予想できてしまっており、カタカタと震えていた。すると、震えを止めるように暖かい手が肩に触れ、耳元で小声の聞き慣れたやさしい声がした。
「大丈夫、俺が守るよ。だから、俺がいいって言うまで目をギューッと閉じてな。いいね?」
コクッとうなずくと、美月は一層強く瞼を閉じた。すると、男側から走るような足音がした。かと思うと、ベチッと音がした。足元に何かが転がったような砂がすれる音がする。次にはコヒュー、コヒューという苦しそうな呼吸音がしてきた。だがその音は、美月の足先にかかってくるようで、美月は気味が悪かった。
「加減したつもりだったが、水月入ったかな…?。悪りぃことをしたなオッサン。多分俺も何かしら罰受けるとは思うけどよ?オッサンも猥褻物陳列っていうそこそこの犯罪かましてるからよぉ。今からお巡りさん呼ばしてもらうわ…。」
友貴が言い放つと、勢いよく砂が擦れる音がした。瞬間、美月の肩に再び手の置かれる感覚がし、体は友貴の居た方へ抱き寄せられるような形になった。
足音が遠のいてゆく…。先ほどの男が逃げたのだろう。足音が遠く、聞こえなくなったところで、また友貴の声がした。
「いきなり触れて悪い…。もう目ぇ開けていいよ?。」
ゆっくりと目を開けると、男は影も形もなく、以前少し険しさを残した友貴の顔があった。
「全然大丈夫…。さっきの人は…?」
「こっちに飛び掛かってきたから反射的に水月を蹴っちまった。だけど浅かったのか逃げられちまったよ。もうだいぶ遠くに行ったから大丈夫だとは思う。」
友貴の言葉を聞いて、美月は足の力が抜けた。だが、地面に膝がつくことはなく、友貴が肩を支えた。
「おっと、大丈夫か美月?」
「うん…。安心したら足の力が抜けちゃった…。守ってくれてありがとう友貴」
「お安い御用さこのくらい。」
そういって二人は笑って顔を見合わせた。
ちなみにこの後、友貴は美月を家までしっかり送り届け、その後念のため警察に通報と、事情の説明を行った。翌日の学校では不審者注意のお知らせがされ、二人はクラスと、部活の過保護な仲間及び先輩にしたたか心配されることとなったのであった。
「お前らもう付き合えよ!」と周りから言われてもあくまで俺らは親友でいたい 刀丸一之進 @katana913
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