第6話 美月のお悩み
オープンスクールの翌日の月曜日、この日は美月たちの高校は振替で休みとなっていた。美月はというと、朝から自分の部屋で布団にくるまって時々うなり声をあげている。昨日出会った愛奈という少女についてである。友貴の後輩ということもあって、とても良い娘そうだった。その贔屓目を抜いたとしても、口調も丁寧で小柄な愛らしい娘だった。だが一方で、いきなり耳元でささやかれた言葉が耳から離れなかった。
「友貴先輩は渡しません」
小声ではあったが、愛奈は確かにはっきりと美月に向かってそう言い放った。言葉の意図はわかりかねるが、昨日から美月の胸中には、なんとも言い表しがたい感情が渦を巻いていた。そのことが、朝から美月をベッドに縛り付けていた。あまりに複雑な感情と、考えが頭の中をめぐり、美月からその場から動く気を失わせていた。
「はぁ~あ…」
昨日から何度ついたかわからないため息をあげてから、美月はおもむろに飛び起きた。その勢いのまま充電してあったスマホに手を伸ばし、友貴に電話を掛けた。時刻は現在午前9時半を少し過ぎたあたり、そろそろ友貴も起きていることだろう。コールの音がずいぶんと多く鳴ってから、ようやく眠そうな声音の友貴が出た。
「あ~い…。おぁよぉ美月~。どーしたぁ…?」
「おはよ~友貴。今暇~?」
できる限りいつもどうりの元気な声音を作って友貴に話しかける。友貴自身は、今の今まで寝ていたかのようにけだるげだった。
「お前、今起きたと?眠そうやけど」
美月が問うと、友貴が大きなあくびをしてから返事した。
「お~よぉ。昨日夜中まで地元の奴らと電話しててなぁ…。確か寝たの朝2時とかだぜ?」
それは確かに眠いだろう。少し申し訳ないことをしたかとも思ったが、美月はどうしても、今日は友貴と遊びに出たいと思い立っていた。
「ちょっと寝起きで申し訳ないんやけどさ?。今から遊びいかん?」
「まじかよぉ~…。別に構わねぇけど、俺今から準備しねぇとだぜ…?」
電話越しでも、友貴が困った顔をして頭を掻いているのまでが想像できて、美月は少し面白かった。やはり申し訳ないことをしたとは思いつつも、友貴自身は「別に構わない」と言ってくれたので、このまま誘うことにした。
「大丈夫、うちも今さっき起きたから。10時半ごろに「爆走食堂」集合でどう?朝ごはんもついでに食べよ?」
「いいじゃんか~。大賛成だぜ。」
こうして、美月と友貴はまた出かけることになった。ちなみに、「爆走食堂」というのは、美月たちの学校の近くにある定食屋で、通称「爆食」と呼ばれている。バイクが趣味のいかつい大将と、女将さんが切り盛りしており、味・量・値段のすべてにおいてコスパがよく、この地域では長く親しまれてきた店だ。美月の家と、友貴のマンションのちょうど中間の場所にあり、待ち合わせに使うこともある。また、夜になると、居酒屋的なこともやっており、仕事終わりの会社員や、夜遅くに家に帰る学生たちの食の駆け込み寺でもある。
「じゃああとでね~。」
「あいよぉ~。」
こう言って電話を切ると、美月は急いでベッドから抜け出した。外に出るためのカバンを用意して、財布等々を詰め込んだ。そして洗面所に向かうと、寝癖で跳ね散らかした髪を梳かした。顔を洗って、歯を磨くと、部屋に戻って今度はタンスから私服を引っ張り出す。少し悩んだ末に服を決めてスマホを見ると、時間は10時5分ごろだった。「爆走食堂」までは、大体歩いて10分ほどだ。余裕もあるので、少しだけ化粧でもしようかと、化粧品入れを取り出そうかとしたが、やめておいた。前に少しだけ友貴が、「化粧品の匂いがあんま得意じゃなくてなぁ」と言っていたことを思い出したからだ。カバンを絞めて、改めてスマホを見た、当然まだ時間はある。ほんの少しだけ、ベッドに座って時間をつぶすことにした。
少ししてから家を出た。5分前ぐらいにはついたはずだったが、友貴はもうすでに爆走食堂についていた。
「ごめん友貴。待たせた…?」
「いや?俺もたった今来たとこよ。」
そういって友貴は快闊に笑った。そして、「ほら、さっさと入ろうぜ、腹ぁ減っちまったよ。」と入店を促した。
店に入ると、まだピーク時でないせいか、他のお客はまばらだった。厨房にいた大将が二人に気づいて、声を飛ばしてきた。
「おう、友貴とみつちゃんじゃねぇか。いらっしゃい!」
「お疲れ様です大将。」
先に友貴が返事をした。出遅れてしまった美月は、ぺこりと会釈をするしかできなかった。すると、奥から女将さんも出てきて、「いらっしゃい」と声をかけてくれた。二人して、大将の正面にあたるカウンター席にかけた。
メニューに目を通していると、対象が友貴に話しかけた。
「ところで友貴、乗りてぇバイクは決まったかい?」
「いやぁそれが迷ってるんすよねぇ…SSもいいけどアメリカンも捨てがたくって…。」
バイク好きの二人は、店に来ると大体決まってバイクの話をする。
「おうおう!いっぱい迷え!そン中で一番「いいなぁ!」と思ったやつがおめぇさんのナンバーワンのバイクだ。」
「違いないっすね!いっぱい迷います!」
そういって二人はニッと笑いあった。それに付け加えるように友貴が、「あ、大将、俺今日はカツカレー食いたいっす。」と言って注文した。対象は「あいよ、任せときな。」といった後に、「みつちゃんは何にするんだい?」と尋ねてきた。
「あ、じゃあ私も同じカツカレーで。」
こう言って美月も友貴と同じものを頼むと、大将はまた莞爾として笑い、「相変わらず仲いいなぁ。任せときな!」と言って調理に取り掛かった。大将が調理場の奥に下がると、友貴が美月に話しかけた。
「おい美月、俺と同じやつでよかったのか?」
「うん、うちもめちゃくちゃお腹すいてるからがっつりしたもの食べたかったし。」
そういって美月は友貴に向かってにっこりと微笑んだ。先ほどまでベッドの中で悶々としていた内容が、少しづつ溶けているような感じがしていた。それはきっと、昨日の記憶よりも、友貴といるこの瞬間のほうが楽しいからなのだろう。
しばらくすると、ボリューミーなカツカレーを二つ手にした大将が現れた。
「はいお待ちどぉ、爆走食堂特性、大盛カツカレー。ついでにから揚げおまけでつけといたぜ。」
そう言って、カウンター越しに二人の前に皿を置いた。大盛の米に具が溶け込むほど煮込まれたカレーがかかっていて、その上に6等分に切った厚めの豚カツと、これまた大きなから揚げが三つ乗っかっている。友貴と美月の大好物だ。二人同じタイミングで対象に向かって「「ありがとうございます!」」とお礼を言った。合図をしあったわけでも、あらかじめ打合せしていたわけでもない。自然と揃う阿吽の呼吸に二人そろって思わずまた笑みがこぼれた。それを見ていた大将も女将さんも笑っていた。
「「いただきます」」
次の瞬間、美月と友貴の言葉がまた揃った。いざ食事にありつこうとしたのに、連続のシンクロに今度は二人そろってツボに入り、結局しばらく食事に手を付けられなかった。5分ほど笑い転げた後、まだ若干笑いを残しつつ、ようやく食事をおいしくいただいた。それからしばらくたって、二人は大将と女将さんにお代を払い、またしてもお礼の言葉をシンクロさせてから店を出た。
「いやぁ~笑った笑った。美月アンタ、俺にかぶりすぎだろ!」
退店時の事もあり、再び笑い始めてしまった友貴は、若干笑い声交じりに美月に言葉をかけた。
「いやいや、お前がかぶせてきてるからね?」
美月も笑い声交じりに言い返す。二人の間にはいつもの和やかな雰囲気が漂っていた。ふいに友貴が口を開いた。
「で、これからどうするよ?」
「う~ん…そうだねぇ…じゃあショッピングモールでも行こうか?」
突発的に思いついたが故の行き当たりばったりさを存分に出しながら行き先を決めた二人は、爆走食堂からそう遠くないモールまで歩き始めた。二人並んで歩き始めると、自然と友貴は車道側へと立って歩き始める。いつもの事ながら、美月は内心そんな友貴の行動に感心していた。
どちらからともなく雑談に花を咲かせる。そして意識せずにのろのろと歩く。時々立ち止まって二人そろって道端の花やそれに走る飛行機雲を眺めていたために、思っていたよりもモールにつくのは遅くなってしまった。
「さぁてと…モール来たはいいけど…何するよ?美月。」
「そうだねぇ…とりあえずお店見て回る?」
「そうすっか」という友貴の肯定の言葉も受けて、二人はモールの中に入っていった。大体こういうモールは、特に洋服に関しては女性をメインにしたものが多いということもあり、足を止めるのは大概美月が気になった女性服のお店ばかりだった。とはいえ友貴も、嫌がる様子もなく素直に美月について行っていた。数件回ったあと、二人はまたモール内の廊下を二人連れだって歩いていた。
「なんかごめんね?友貴。うちの期になるお店ばっかり入っちゃって。」
「いいってことよ。特に俺気になるものもねぇ…。え?」
言いかけながら、友貴は一件の店の前で足を止めた。珍しく男性服の専門店らしく、店の中にはジーパンやブーツなんかも置いてあった。
「何か気になるのがあったの?」
美月が聞くと、友貴は遠慮がちに口を開いた。
「あ、ああ…。奥にライダースが見えてな。少し気になっちまった。」
奥のほうをよく見ると、確かにレザー製の服が何点かかけてあった。美月は友貴の腕をつかみながら言った。
「入ってみようよ!せっかく今までうちに付き合ってくれたんだし。友貴の気になるものも見ていこ!」
友貴もありがたかったのか、特に抵抗する様子はなかった。店の中には、数種類のライダースジャケットが大小様々おいてあった。ひょっこりと出てきた中年の店員が、「今日買うとかじゃなくても全然試着とかしちゃっていっちゃってください!」と陽気に許可してくれたので、言葉に甘えて少しだけ試してみることにした。友貴の目に、幼児のような輝きが宿り、美月は思わず少しだけ笑ってしまった。早速、一着手に取って羽織ってみた。ダブルタイプといわれる、アメリカ映画のバイク乗りなんかが着てそうなタイプの奴だ。サイズもぴったりだったし、美月から見て、友貴によく似合っていた。
「どう…だろうか?美月」
やや遠慮がちに友貴が尋ねてきた。美月は自信満々に返す。
「すごくよく似合うよ!映画に出てくるバイク乗りみたい」
「そうか…ありがとよ。」とはにかみながら友貴は答えた。
数分後、二人は店を出てゲーム機が置いてあるエリアに向かっていた。
「いやぁ~やっぱ本革のジャケットだと高ぇなぁ…。」
歩きながら友貴はこんなことをぼやいた。先ほどのお店のジャケットは、買おうに
も高校生にはかなり優しくないお値段だったため、購入を先延ばしにしたのだった。
「さすがに五桁のお値段は今、痛手だもんね…。」
美月も残念そうに返す。しかし、美月の胸中には(さっきのジャケット、やっぱり似合ってたなぁ…。)という思いが残っていた。
「まぁぼちぼちでいいさね。バイクもまだ持ってねぇしな。」
美月の胸中の思いを搔き消すように、友貴はこう言って莞爾として笑った。
そうこう話しているうちに、ゲームコーナーに到着した。様々なゲーム機が連なり、色とりどりに輝いた液晶と、入り混じったBGMがコーナー全体を賑わしていた。
「ひゃ~…。相変わらずここ来ると音すごいねぇ…。」
美月は正直ゲームコーナーのこの喧騒は得意ではなかった。しかしそれは一人の時限定である。隣に友貴がいる今については、自然とコーナーの雰囲気がなじんでくるような気がしていた。
「そうだなぁ。俺の地元にゃこんなのなかったから、いまだに容量が分かんねぇぜ。」
頭を掻く友貴を横目にクスッと笑うと、美月は「じゃぁ最初どこ行く?」と友貴に切り出した。友貴は、「さらっと見て、お互いが面白そうだと思ったやつにいくべ」とおちゃらけて答えた。そうして、二人はゲームの筐体の中に潜り込んでいった。
二人の趣味や興味は、恐ろしいほど通じ合っている。自然、興味を持つゲームもまるで一緒だった。タイミングよくボタンを押すリズムゲーム、換金したメダルを使って遊ぶ様々なメダルゲーム、おもちゃの銃を使うシューティングゲームに、少し背伸びをしたパチンコ店なんかにあるスロットゲームなど、二人で飽きるほどに遊びつくしたのであった。
ちなみに、二人のゲームの腕前は、おっそろしいほどにドへたくそである。特に格ゲーで対戦をしようものなら、お互いが一発殴れば他方も殴るという、ノーガードの大変勇ましい戦いを格ゲーで披露してしまう有様であった。リアルファイトなら互いの体力は同じではないが、ゲームではお互い同じ体力なわけなのだから、当然のごとく、画面に映し出されるのは泥仕合以外の何物でもなかった。
仕舞には、二人そろってやれ「下手くそ~!」とか、「チンピラ顔~!」とか「ド貧乳~!」とかの幼稚なメンタル攻撃をしあい、美月がカチキレてリアルファイトを始めそうなところまで行く有様であった。とはいえ、住んでのところで互いに思いとどまり、何とか丸く収まった。顔を見合わせてプッと笑いあった。
「うちらってさ、何歳だっけ?」
「多分今この瞬間に至っては12歳ぐらいじゃね?」
二人そろって、互いの幼稚な行動に改めて笑う。しょうもないことでも、二人でいれっば最高に面白い。気づけば、あっという間に午後六時を回っていた。
「うっし、そろそろ帰っか?」
「そうだね、うちもそろそろ帰んないと心配させちゃうかも。」
というわけで、二人してモールを出た。途中、アイスの自販機で棒アイスを買って食べながら並んで帰った。ぼちぼち陽も落ち始めて、茜色が指そうかという時間帯、美月は、朝から胸を悩ましている疑念について友貴にぶつけるべくおもむろに口を開いた。
「ねぇ友貴…一つ聞いてもいいかな…?。」
「あん?どうかしたか?」
少し間の抜けたっ返事をした友貴に対して、美月は真剣な表情で言葉をつづけた。
「昨日オープンスクールに来てくれてた、愛奈ちゃんの事、友貴はどう思ってるの…?」
今日一番の勇気を振り絞って、美月は友貴に質問を投げかけた。
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