第5話 友貴のキョーダイたち

 その日、友貴と美月の通う高校は日曜だというのに忙しかった。二人の通う学校はオープンスクールに力を入れており、二人はスタッフとして駆り出されていた。仕事の内容は主に体験入学の中学生たちの誘導や受付だったが、そこそこ人数も多く昼休憩時間に入った時には二人ともかなり疲労がたまっている様子だった。

 「あ~~~!つっかれた~~~!!」

 「まだ終わってねえぞ美月…つっても俺も少し疲れたな…。」

 二人そろって休憩所になっている空き教室においてある椅子に座りこむ。机に突っ伏す美月の横で、友貴は二人分のお茶のペットボトルを出していた。「ほらよ、飲んどけ」と言って美月に片方を差し出すと、美月は「ありがと」と短く答えて顔を起こした。

 「てかさ!?こんな暑い日、しかも日曜になんでうちら学校来てるわけ!?」

 「俺らが役員決めのジャンケン負けたからだろ?俺だって来たくなかったぜ…。」

 お茶をちびちび口に含みながら今回のオープンスクールのスタッフにされてしまったことを愚痴っていると、空き教室の引き戸が控えめに開けられ二人の高校の制服とは違う制服をまとった男子生徒が顔をのぞかせた。教室内をきょろきょろと見渡すその眼にはあどけなさも残っており、他校の高校生などではないことは明らかだった。

 「あれ…?スンマセン、体験入学生の休憩室ってここ…じゃないっすよね?」

 はじめは驚いた様子の友貴と美月だったが、すぐに美月が立ち上がり男子生徒に近づいた。

 「君は…?部活の練習試合で来た人…とかじゃなさそうだよね…?体験入学生って言ってたし…。もしかして迷ったの?」

 美月は、若干まだ他校の高校生説を持っていたようだが、美月の問いに対し、男子生徒が首を縦に振り、迷ったことと体験入学生のことを肯定すると、聊か頭を悩ませたようだった。

 「まいったなぁ…。今からだとコースの説明会とかの時間だろうし…。結構教室遠いはずだよね…。ねぇ友貴、どうしようか?」

 美月が振り返って友貴を呼ぼうとしたとき、すでに友貴は美月と迷子の生徒にだいぶ近づいていた。そして、友貴が「そうだなぁ…。」と言いかけたときにおもむろに迷子の生徒が口を開いた。

 「も、もしかして、友貴の兄貴じゃないですか!?」

 そういわれて、改めて友貴が迷子の生徒の顔をまじまじと見た。そして、友貴ははっとした様子で答えた。

 「お前…。もしかして、虎鉄(こてつ)?虎鉄なのか!?」

 「やっぱり兄貴だ!兄貴~~~!!」

 途端に虎鉄と呼ばれた生徒は友貴に抱き着いた。友貴も特に虎鉄を拒む様子はなく、むしろ虎鉄の頭に手を置いて優しく撫でてやっている。

 「ひっさしぶりだなぁ!元気にしてたか?虎鉄!」

 「元気でしたけど兄貴がいなくなって寂しかったっすよ~!中学出てからチームにも顔出してくれないし。」

 美月はあっけにとられていた。どうやら友貴と虎鉄はかなり関係の深い知り合いらしい。その様子をようやく察した友貴が「おっとすまん」と言って虎鉄を促した。

 「美月を置いてきぼりにしちまって悪かったな。こいつは虎鉄。俺の中学の後輩だ。虎鉄、こいつは俺の友達の美月、ちゃんと自己紹介しな。」

 「うす!初めまして。自分、早河(はやかわ)虎鉄って言います!」

 「初めまして、永友美月です。よろしくね。」

 突然の出来事に若干気圧されつつも、美月は先輩らしく動揺を出さないように答えた。そんな美月をよそに、友貴は大元の問題について虎鉄に聞き始めた。

 「そういえば虎鉄お前、今からコース説明会だろ?あんま時間ねぇぞ?」

 「え!?マジすか!?…。やっべぇ…どうしよう兄貴ぃ…。」

 改めて虎鉄の表情に焦りが宿った。その虎鉄とは対照的に、友貴はにんまりと笑っていた。明らかに何か良からぬことを考えていると美月は察した。

 「いい手がある。虎鉄、お前足は鈍ってねぇだろうな?」

 「もちろんっす!今でも町のため走ることだってあるんっすよ?」

 それを聞くと、友貴は腕時計を確認した。

 「こっから会場までは歩きで約4分、見つかりにくいルートを全力で行くとして、こいつと俺の足ならいけるな…!よし、虎徹!ついてこい!あと美月、先生方には内緒で頼むぜ!」

 そういうと友貴は、廊下を全力で走り出した。続いて虎鉄も友貴の後を追いかけて全力で廊下を走った。あっという間に二人は、会場の教室がある三階に行くための会談に差し掛かり、二段飛ばしで階段を駆け上がっていく。そのスピードは、この前スイーツ屋に友貴と美月が行った時の追いかけっことは比べ物にならないほどのスピードで、一応追いかけていた美月はあっという間に二人を見失ってしまった。

 しばらくすると、少しだけ呼吸を乱した友貴だけが下りてきた。よく見ると、暑い中は知ったのも相まって、首筋には幾筋かの汗の轍が見られた。

 「ふ~あっちぃ。けど、無事虎鉄も送り届けられたし、先生にも見つかんなかったしでオールオッケーだぜ。」

 「お前すっごい速さで走ってたよね。それについて行ってた虎鉄君もすごいけど…」

 美月の発言に、友貴は首をかしげながら答えた。

 「何言ってんだ?あいつが本気出したら普通に俺よりも早えぞ?」

 「うそでしょ!?さっきのお前より早いの!?」

 美月は目を丸くした。とてもではないが先ほどのスピード以上となると美月にはついていけない。というより、先ほどのスピードでもついていけるか怪しいほどだ。消して美月は運動神経は悪くはない。学校で体力測定をやっても、ほかの運動部のレギュラーの生徒と互角に張り合えるぐらいに運動はできる。それでも、二人には到底ついていけるものではなかった。

 「あいつの俊足に何度助けられたかわかんねぇ…。また会うことができて最高に嬉しいよ。」

 そういって友貴は天井を仰いだ。しみじみと黄昏ているようにも思われる光景と表情だった。そんな時、友貴と美月の後ろから「おい、友貴」と声をかける人物がいた。ギョッとして振り返ると、黒スラックスとジャケットに白Tシャツを合わせた爽やかな印象の男が立っていた。見た感じは、体験入学生の親などには見えず、むしろ友貴や美月に年が近い少年のあどけなさが宿っている。

 「久しぶりだな、もしかして俺のこと忘れちゃぁいないだろうな?キョーダイ」

 まじまじと少年を見た友貴の顔がありえないものを見た表情に変わった。その眼には、疑問や混乱、そして喜びの色が浮かんでいた。

 「真守(まもる)か…?どうしてお前がここに?」

 「虎鉄に会っただろ?地元の連中何人かがここのオープンスクール来るって聞いて、引率っつうか保護者代理としてきたんだよ。」

 真守と呼ばれた少年が言い終わると、友貴と真守は歩み寄り抱擁を交わした。そして、互いの肩に手を置き、「元気だったか?」とか、「最近どうだ?」などといったことを話していた。またしても置き去りにされ呆然としていた美月に気づいたのは真守のほうだった。

 「キョーダイ、このお嬢さんは?」

 「おう、俺の高校での初めてのダチの美月だ。美月、こいつは俺のキョーダイ…マブダチってやつかな?…の真守だ。」

 友貴の紹介を受けて、美月は先ほど虎鉄にしたのと同じように簡単な自己紹介をした。それに応じて、真守も応じた。

 「初めまして、古城(ふるしろ)真守です。友貴とは古い仲で、ほぼ産まれた時から仲良くさせてもらっています。」

 初めて会ったからか、真守の口調は大変丁寧で、育ちの良さのようなものを感じさせた。しかし、友貴に対する砕けた口調に、美月は心の中で何かモヤモヤしたものを感じていた。

 「お前までこっちに来てるとはなぁ!みんなは元気か?」

 「友貴がいなくなっちまってみんな寂しがってるよ。たまには帰ってきてやってくれよ。」

 そういって、真守は友貴の肩を軽く叩いた。友貴も「夏休みにはさすがに帰るよ」と笑いながら返した。ふと気になったのか、おもむろに友貴が口を開いた。

 「そういえばキョーダイ、お前は今日虎鉄以外にいったい誰の引率できてるんだ?」

 友貴の発言に対して、真守は目をそらしながら気まずそうに返答した。

 「あ~えっと…友貴もよく知ってる娘だよ…。うん、よく知ってる。」

 「なんだよ?ずいぶん歯切れが悪ぃなぁ…?」

 友貴が訝しんでいると、後ろから足音がした。そして友貴たちの数歩後ろのあたりで立ち止まった。友貴たちが振り返ると、友貴と美月たちの高校の制服ではない制服を着た少女が立っていた。年のころは先ほどの虎鉄と同じくらいだろうか。少女は三人の中にいる友貴をその瞳に映すと、口元に両手をつけ、驚いたような表情をしたかと思うと、瞳に涙をためた。美月は一瞬のその出来事に思考が停止していたが、友貴の表情は、一瞬驚いた様子だったものの、すぐに先ほどの虎鉄や真守に向けていたような親愛を込めた優しい表情になった。そして、優しい声音で少女に話しかけた。

 「愛奈(あいな)だな?しばらく見ないうちにまた綺麗になっちまって…。お前も来てくれてたんだな?」

 そういって友貴はどこか照れ臭そうに笑った。愛奈と呼ばれた少女は、今にも涙をこぼしそうな目元を緩ませて、微笑みながら口を開いた。

 「はい…!友貴先輩、あなたの愛奈です!ずっとずっと会いたかったです…。」

 そういって愛奈はゆっくりと友貴のそばに寄った。そして、さも自然に友貴の胸に顔をうずめた。友貴は拒む様子もなく、むしろ愛奈の頭を慣れた手つきで撫でてやっていた。撫でながら友貴は陽気に笑う。

 「ずっとだなんて大げさだろ。たかだか3カ月ぐらいしかたってねぇだろ?俺がこっちに来てから。」

 友貴の言葉に愛奈は顔を上げ、友貴の顔を上目使いに見上げながら答えた。

 「何を言いますか友貴先輩!愛奈は先輩に会えない日々を一日千秋の思いで寂しく過ごしていたのですよ!?」

 抗議の意を示すように頬を膨らませながら再び愛奈が友貴の胸に顔をうずめる。友貴は「そうだったか、悪かった悪かった」と言ってまた愛奈の頭をなで続けてやったていた。

 美月はしばらくその様子を唖然と眺めていたが、ふと我に返り、なぜか内側にもやもやとした気持ちがまたつもり、頬を膨らませていた。その様子を真守は、一歩ほど下がった位置からいたずらっぽい笑みをたたえながら見ていた。

 すると突然、愛奈が美月のほうに顔を向けた。そして友貴から離れると、美月のそばに寄った。美月は少しドキリとしたが、それに気づかぬ様子で愛奈は美月の真正面、半歩ほどの至近距離に寄ってきた。そして、美月に軽く会釈したかと思うと、ゆっくりと口を開いた。

 「あなたが美月先輩ですね?友貴先輩からのお手紙で存じ上げています。愛善寺(あいぜんじ)愛奈と申します。友貴先輩がいつもお世話になっていると伺っております。私も本学に来年入学させていただきたいと考えておりますので、どうぞ以後お見知りおきください。」

 丁寧な愛奈のあいさつに対して、美月も簡単な挨拶と自己紹介を返した。美月は(なんて礼儀正しくて、可愛らしい子だろう)と思った。すると、愛奈が遠慮がちに、「少しだけお耳を拝借してもよろしいですか?」と言ってきた。美月は快諾すると、愛奈の顔の高さに合わせて少しかがんであげた。すると、愛奈は美月の耳に低めの調子でささやいた。

 「友貴先輩は渡しません。」

 美月は一瞬何を言われたのか分からなかった。しかし次の瞬間、なんとも言い表せられない感情が湧いてきた。怒りのような羞恥のような、腹の底と顔が熱くなってくるような気持だった。耳元から顔を話した愛奈の表情は、貼り付けたような笑みだった。むしろ、目の中の光が消えており、思考の底がまるで読めなかった。美月も何か返そうとしたが、声を捻りだす前に愛奈は「とにかく、これからどうぞよろしくお願いします!」と言って、友貴のほうに向きなおってしまった。

 (間違えなく見た目も愛嬌も話し方も良い子なんだろうけど…友貴のことになるとちょっと怖い子かも…)

 嫌いだったり苦手だったりするタイプには感じなかったが、美月にはこの時、目の前にいる小柄で愛らしい少女が、どこか危なっかしく感じられたのであった。

 ちなみに愛奈はこの後、地元に帰るバスに乗るまで友貴にべったりで、真守や虎鉄に引き剝がされるようにしてようやく友貴から離れバスに乗ったのだった。友貴は、一行の乗っているバスが見えなくなるまで見送った。

 一連の出来事の後、美月の胸には何とも言えない焦りに似た感情が残ったのだった。

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