第4話 美月の家族

 彰護に連れられて永友家へ戻っている友貴は、道中で彰護に尋ねた。

 「えっと…永友さん…?ほんとに僕お邪魔して大丈夫なんですか…?」

 「彰護でいいよ。もちろん。妹を含め家族は気づいてないけど、君は妹の恩人だしね。それに、日ごろから妹が世話になってるみたいだし」

 飄々と答える彰護だったが、その言葉の中には強い芯のようなものが感じられた。噓を言っている感じは全くしない。

 「恩人って大げさな…それに世話になってるのは僕の方ですし…」

 「大げさじゃないよ。さっきも、妹のために戦ってくれたしね。それに妹は最近帰ってくるとしれっと君の話ばかり僕にしてくるんだよ?相当信頼してるんだろうね、君のことを」

 友貴は、何と言っていいかわからず、極まりが悪そうに下を向いた。ちなみに、先ほど彰護が美月に対して食い気味に友貴のことを質問したのは、フェイクである。家族の手前、自分だけが友貴のことを知っていることをごまかす為にした質問である。実際は家族で唯一、美月から友貴のことを日常的に聞かされていた。

 「そ、そんなに美月…さんは、僕の話してるんですか?」

 何とか絞り出した言葉だが、動揺しているのが彰護には筒抜けのようだった。そして、嬉々として日ごろの美月の様子を語り始めた。

 「それはもう、ほぼ毎日のようにね~。いっつも僕の部屋に「聞いて聞いて!」ってな具合に。学校での楽しかったこととかよく報告してくれるんだけど…ほとんどの出来事に君が登場するよ。そして、君のことと絡めて話すときは特別楽しそうだよ」

 そう言い切ると、彰護はニッカリと笑った。笑った時の目元が美月にそっくりなことに友貴は気づいて、二人が兄妹ということを改めて認識した。

 そうこうしていると、いつの間にか永友家に戻ってきた。彰護は玄関の引き戸を開けると、「ただいま~!連れてきたよぉ~」と、中に向かって呼びかけた。すると、すぐに妹(美月の方ではなく末の妹)と、弟、そして美月が出てきた。

 「にぃちゃんお帰り~~~!!美月お姉ちゃんの彼氏さん捕まえてきてくれた!?」

 末の妹が彰護に飛びつきながら聞いた。彰護は、にこやかな笑顔で答えた。

 「うん。何とか連れてこられたよ美陽(みよ)<末の妹の名前>。トモキくん、こっちにおいでよ」

 促されるままに、彰護の後ろにいた友貴は恐る恐る顔を見せた。家の中にいる美月は、友貴の顔が見えると(ごめんね?)と言った仕草で、右手で合掌の片割れの手を作ると、自身の顔の前に持ってきた。そんな美月に、(気にすんな)と友貴は目で返事しながら、美月の妹たちに目を向けた。

 「は、初めまして。俺は新井友貴…。よ、よろしく…」

 「うん!よろしくね!お姉ちゃんの彼氏さんだから、うち等からしたら友貴お兄ちゃんだね!」

 純粋な美陽は、友貴が自分の姉の恋人だと信じ切っているようだった。それもあり、友貴に対してすぐに心を開いた様子だった。すると、美陽のわきからもう一人、小柄な男の子が出てきた。緊張した様子はなく、柔らかで無邪気な笑みをたたえていた。

 「ちなみにぼくは弟の誠護(せいご)だよぉ!よろしくね、友貴兄ちゃん!」

 誠護と名乗った少年の笑みは、本当に人懐っこく、緊張で引きつっていた友貴の表情、一層悪くなっていた目つきとは対照的だった。タジタジになりながらも「よろしく」と返し、友貴は会釈した。すると、奥から美月たちの両親も出てきた。

 「あら彰くん、間に合ったのね。いらっしゃい私は美月ちゃんの母の実地(みち)。美月ちゃんがいつもお世話になっています」

 「私は父の組雄(くみお)。どうぞよろしく」

 いきなりすぎる展開に少し気おされながらも、友貴は(ここまで来たら!!)という半ば開き直った心持で、あくまで平然と挨拶を返すことにした。

 「こちらこそ、いつも美月さんにはお世話になっております。新井友貴と申します。どうぞ以後お見知りおきください」

 今度は、深々と頭を下げた。その様子を見ていて、彰護は何かを思い出したように両親二人を連れて急に奥に入ろうとした。

 「僕と父さんと母さんで少しだけ話したいことがあるからみんなは先にリビングに行っててよ。もちろんトモキくんもね!ゆっくりしてて」

 彰護がこう言うや否や、美陽と誠護が友貴の腕をひっつかんで家の中に連れて行った。友貴は2・3言何か言おうとしたが、特に抵抗せずされるがまま引きずり込まれていった。その後を、美月が苦笑いを浮かべながら追いかけて言った。

 その数分後、永友家のリビングには、何故か拗ねたような表情の美月と、困った様子でもありながら楽し気な様子の友貴、満面の笑みを浮かべて友貴の膝の上に座っている美陽、そして同じく満面の笑みで友貴の隣に座る誠護の姿があった。一応、美月と友貴は恋仲ではないことを説明はしたのだが、すると今度は美陽が「じゃあ美陽がお兄ちゃんのお膝に乗ってもウワキじゃないよね!?」とか言い出して何故か友貴が美陽を膝に乗せることになった。会って数分しか経っていないのに永友家の末妹・弟は、えらく友貴のことを気に入ったらしい。二人とも、友貴と話しながら時たま頭を撫でられるとご満悦の表情を浮かべた。

 「ねぇねぇ友貴兄ちゃん!兄ちゃんは僕と同じぐらいの時はどんなテレビ見てた!?」

 「そうだなぁ…俺は宇宙から来たヒーローが地球を守るために怪獣とか宇宙人と戦う特撮とか大好きだったなぁ…」

 言い終わった後に、「まぁ今でも毎週シリーズは見てんだけどな!」と付け加えて頭を掻くと、誠護は目を一層キラキラと輝かせた。

 「兄ちゃんそれってもしかして”プロフレマン”シリーズ!?兄ちゃんも好きなの!?」

 「お、誠護くんも観てるのか!うれしいねぇ!」

 二人は特撮の話で意気投合していた。ちなみに”プロフレマン”とは、長く続いている特撮シリーズらしく、名前の意味は「protect friends man」という英単語の組み合わせからできたらしい。おおよその概要は友貴が言った通りで、現在誠護もドハマりしている。

 「兄ちゃんが一番好きなプロフレマンは誰!?」

 「俺はぁ…やっぱり二作目にあたるプロフレマンガッツかなぁ…強敵もいたし汚い手を使う奴もいたけど最後まであきらめずに他の作品にも登場して地球を守ってくれた姿に心打たれた!弟のプロフレマンブレイブもガッツに似てかっこいい活躍してるしな」

 熱弁する友貴の話を、誠護は熱心に聞いていた。かじった程度しか知らない美月でも、プロフレマンガッツはなぜか知っていた。シリーズの中でも、特に人気が高い作品で、50年近く前に最初のシリーズが終了したのに、未だに後輩にあたるプロフレマン作品や、映画に出てきたり、リメイク作品が出されるほどであったはずだ。

 「あれ?けど友貴お前、全然世代じゃなくない?」

 ようやく会話に混ざる機会を得た美月が素朴な疑問をぶつけると、友貴は美月に向きなおって答えた。

 「親父がDVDのコンプリートボックス持っててちっせぇ頃からずっとガッツを見てきたんだよ。ヤンキーなんかがドンパチやる漫画もいいけど、俺が最初に影響を受けたのはプロフレマンガッツだぜ!」

 楽し気に語る友貴の笑顔は、隣で笑っている誠護の笑顔に似ていた。小さいころに見た憧れに誇りを持っているような、そんな感じの無邪気で眩しい笑顔だった。すると友貴の顔のすぐ下から、拗ねた感じの可愛らしい声がした。

 「ねーねーお兄ちゃん!なでなでの手止まってる!」

 話に夢中で美陽の頭をなでていた手が止まっていたらしい。頬を愛らしく膨らませる美陽に対し友貴は、「おぉ悪い悪い」と言ってまた美陽の頭の上に置いている手をゆっくり動かした。すると美陽の頭は気持ちよさそうに目を細めてまた静かになった。美陽の乱入によって会話が途切れた友貴と美月の間に、また誠護が入ってきて友貴に話題を振った。それにより、再び友貴と誠護がプロフレマントークが盛り上がり始めてしまい、それに伴い美月の表情が再び不機嫌になった。

 「兄ちゃん今度の休みの日また遊びに来てよ!次回のプロフレマン一緒に見よ!」

 「いいのかい?是非とも頼むぜ!今から楽しみだ」

 誠護と友貴がかなり打ち解け、美月の頬が最大限まで膨れかけたところで、彰護たちが今に戻ってきた。

 「お待たせ~。おや、トモキくんずいぶんと懐かれたみたいだね」

 「あ、彰護さん。美陽ちゃんも誠護くんもすごくいい子で話してて楽しかったっす」

 友貴がこう返すと、彰護はじめ永友夫妻も「そうかそうか」と言った様子で微笑み頷いた。そうして、おもむろに実地が口を開いた。

 「さて、みんなお腹がすいたでしょう?そろそろご飯にしましょうか。友貴くんもたくさん食べてってね?」

 「は、はい。ゴチになります…」

 遠慮がちに友貴が返事をすると、あとから美陽と誠護が「早く食べよー!」と元気な声で促した。

 永友家兄弟(姉妹)たちと早々に打ち解けた友貴は、夫妻とも早々に打ち解けることができ、夕食の途中から緊張した様子はなくなり、和やかな、普段美月と話すときと同じような雰囲気で会話を交わしていた。

 夕食も一段落し、友貴はまた美陽や誠護と戯れていた。はじめ、夕食のかたずけを手伝おうとしていた友貴であったが、永友家の面々に制止されやめた。「お客に家事の手伝いをさせるのは申し訳ないから」ということだった。というわけで、友貴は食事前と同じように、リビングには美月、友貴、誠護、美陽の四人が残っていた。友貴が構っている誠護と美陽とは対極に相変わらず美月はご機嫌斜めな様子だった。

 「にしても、こんないい兄弟持って美月は幸せものだなぁ!」

 突然、友貴が美月のほうを向き、こんなことを言った。友貴の表情は、満面の笑みで、心からの言葉だとすぐに分かったが、その眼には一抹の寂しさのようなものが宿っているように美月は感じた。膨らんでいた頬を萎めさせて、美月は口を開く。

 「?急にどうしたの友貴?」

 「いやな…。この二人を見てたら故郷の仲間たちを思い出してな…。俺は一人っ子だったんだが、あいつらとは兄弟みたいに仲が良かったなぁ…」

 友貴の目に宿る寂しさのようなものの原因が、ようやく美月には飲み込めた。おそらく友貴は無意識のうちにホームシックになっているのだろう。先ほど学校から帰ってきているときも、友貴は夜空を見て故郷に思いを馳せていた。美月にはわからないこととはいえ無性にどうにかしてあげたい気持ちになっていた。美月はおもむろに立ち上がり、友貴のそばに寄った。

 「ど、どした美月?」

 「友貴…。またいつでも遊びにおいでね?よければこれからうちらのことを兄弟だと思って…」

 真剣なまなざしで、友貴の目をまっすぐに見ながら美月は言った。友貴は最初目を丸くして聞いていたが、すぐに「カカッ」と笑って答えた。

 「ありがとな美月。まぁアンタに言われなくてもハナッから俺はアンタのことをキョーダイみたいなもんだと思ってたけどな!」

 こう言って友貴は気恥ずかしそうに頭を少しだけ掻いた。それを聞いて美月の顔も少しだけ赤くなった。無骨な友貴の言葉選びは、飾り気がなく直球で、思っていたことを素直に言ってくれたことが美月にはうれしく、友貴が感じているであろう寂しさをこれから少しでも埋めてあげたいという思いを一層強くもさせたのだった。

 「さて、センチメンタルになるような話はやめて、誠護くん・美陽ちゃんプロフレマンごっこでもすっか!?」

 少し静かになってしまっていた空気を無理やり裂くかのように、友貴が提案した。弟妹は「やるやる~!!」と乗り気になった。ちなみに食事中の会話でわかったことなのだが、永友家兄妹は全員そこそこプロフレマンに対する知識があり、特に誠護と美陽は現在放送されているシリーズも毎週見ているようだった。

 「よっしゃ!じゃあ俺が怪獣役やるぜ。姉弟プロフレマンで力を合わせて、巨大怪獣トモギラーをやっつけろ~!」

 友貴がとっさに思いついた怪獣の名前を言ってから怪獣の鳴き声の真似をすると、姉弟プロフレマンがノリノリで役にのめりこんでいった。

 「怪獣トモギラーが現れた!美陽隊員変身だ!」

 「了解!誠護隊員!」

 二人とも小さな体を使って現在放送されているプロフレマンの変身を全力でまねし始めた。セリフの言い回しまで完璧にまねようとしているところで、美月はクスリと笑ってしまった。

 「みんなを守る力の勇者、プロフレマンフォルテー!」

 「みんなを守る情愛の勇者、プロフレマンティーポー!」

 口上を述べて変身した。ちなみに今放映されているプロフレマンは男性が変身する力強い戦い方が特徴のフォルテ(強いの意味)と、女性が変身するトリッキーで怪獣をなかなか倒さない優しい戦い方が特徴のティーポ(優しいの意味)の二人のプロフレマンが活躍するシリーズが放映されており、二人はそのプロフレマンたちになり切っていた。変身が終わったタイミングで、美月も「私も怪獣役で入れて~!」と言って参加することにした。すかさず友貴が思い付きで新たな設定を付け加えた。

 「大変だ!トモギラーのマブダチ怪獣、ミツキラスも現れたぞ~!」

 年長者二人は、幼い弟妹達のために精一杯怪獣の真似をし、力加減を考えながら遊んだ。そして、友貴が家に帰るギリギリの時間までゲラゲラと笑い転げながら時間いっぱいプロフレマンごっこに興じた。最後は弟妹プロフレマンの必殺技「フォルティ光線」で倒されてしまったが、四人とも終わるころには「またやろう」と口々に言っていた。

 帰り際、永友家の面々と友貴はそれぞれお礼のあいさつを交わした。全力のプロフレマンごっこでかいた汗を道着の袖で拭いながら、友貴は惜しまれつつ永友家を後にし、自分のマンションがある方向の夜闇に溶けていった。永友家の面々は、また友貴が遊びに来ることを期待しつつ、その後姿を見送っているのであった。

 友貴はというと、楽しかった永友家での時間を反芻させながら、家々の明かりが消えて見やすくなった星空を見上げ家路をのんびりと歩くのであった。その眼には寂しさは宿っておらず、すがすがしく透き通った目をしていた。

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