第3話 友貴と美月

 友貴の予想外の発言を受けて、美月は混乱していた。先に家に着いた友貴が、美月を家まで送らせてほしいと提案してきたのだ。まるでカップルがしそうな内容の提案に、美月の頭は先ほどからあまり機能していなかった。

 「え?なんで急にそんなこと言いだすの?」

 ようやく絞り出すと、友貴は真剣な表情で答えた。

 「アンタこの前のスイーツ屋で絡まれただろ?あれからどうも心配でな…。だからおとなしく遅らせてくれ…」

 真っ直ぐな目で言われ、美月は柄にもなく「はい…」としおらしく答えてしまった。結局、美月は友貴に家まで送られることとなったのだった。

 それから歩くうちに、今日の魅桜にされた質問の話になった。

 「え!?その話題友貴も先輩から振られたの?」

 「まさかアンタも振られてるとはな…いい先輩だけどたまに困った人だなぁ…俺らじゃありえねぇってのになぁ!」

 笑いながら言う友貴に、美月も「そのとーりだね」と返した。すると、友貴がおもむろに懐から小さめの四角い箱を取り出した。友貴はその中から、白く細長い棒のようなものを取り出し口にくわえた。

 「え!?友貴お前それはだめでしょ!」

 「え?うちの学校菓子の持ち込みダメだったっけ?」

 「え?」

 よく見ると、友貴の持っている箱には、{シュガースティック}と書かれていた。細長いスティック状かつ、白かったためタバコを持っているのかと勘違いしたのだった。ちなみに二人の学校は、特に菓子類の持ち込みを禁止してはいない。

 「あぁ、タバコかと思ったのか。まぁ無理もねぇけどなぁ。アンタも一本いるか?」

 「いる…。なんかごめん…」

 申し訳なさげに菓子を受け取ると、友貴の真似をして美月も口にくわえた。

 「久々に食べたけどおいしいねこれ」

 「だろ?駄菓子の中で俺はこれが一番好きなんだ」

 箱を仕舞ながら、友貴は言った。きっと友貴は故郷で遊びに出たときなんかもこんな風にして遊びに出かけていたのだろう。

 「てか話し戻すけど、魅桜先輩からされた質問の話…」

 「んあ?まぁつってもあの先輩のことだからからかってんだろ~よ」

 特に気にも留めていない様子で友貴は答える。けれども、美月が気になっているのは、友貴がその質問を「どう思ったのか」ではなく、「どう答えたのか」だった。

 「もし今すぐに私に彼氏ができたら、友貴はどう思う?」

 思わず気になり、魅桜と同じ質問を友貴に美月は投げかけた。その質問に対し、友貴は飄々と答えた。

 「そりゃぁ応援するぜ?アンタなら探さなくてもいい奴が現れるだろうしな」

 答え終わってから、友貴は「カッカッカ!」といった感じで笑った。快活に笑う友貴に対して、美月の顔は怪訝なものだった。

 「友貴がなるっていう選択肢はないの…?」

 「は?何に?」

 まったく間の抜けてしまった顔で友貴は答えた。その友貴に対して、美月はあきれたような、あきらめたような調子で言った。

 「いや…やっぱ何でもない」

 「なんだよぉ歯切れがわりぃなぁ…」

 友貴は煮え切らないといった風で夜空を仰いだ。

 話題を変えながらしばらく雑談しつつ歩くこと約10分、ようやく美月の家に着いた。

 「わざわざ送ってくれてありがとうね?友貴」

 「よせやい、俺がやりたくて勝手についてきちまったんだから…杞憂でよかったよ…じゃあ俺ぁ帰ぇるわ~。また明日~」

 美月が何か言おうとしていたようだったが、言い切る前に、友貴は美月の声があまり届かないところまで離れていた。闇夜に溶ける友貴の背中を見守った美月は、家族の待つ、家の中に入った。

 家に戻ると、美月を家族が迎えた。父と母、兄と妹と弟、みんな大切な美月の家族だ。リビングで夕食の準備をしていた家族に友貴が送ってくれたことを話すと、家族総出で、質問攻めにされることとなった。

 まず妹が、「え!?送ってくれた人いたの!?お姉ちゃんついに彼氏できたの!?」と聞くと、兄が、「どんな男だ!?」という。弟が、「どんな人~?」と言ったかと思うと、母が、「その子の帰りは大丈夫なの?」と友貴のことを心配する。そして父が、「次の時はご飯用意してもてなさんといかんなぁ」などと言っていた。兄妹は賑やかで、父も母も、他人の心配などができる人格者だが、この時ばかりは、(話すのやめといたほうがよかったかな?)と少しだけ美月は思わざるを得なかった。

 ほぼ同時刻、友貴は夜道にたたずみ、神経をとがらせていた。ふと、振り返って口を開いた。

 「おい、そこの茂みに誰かいんのか?いるならコソコソしてねぇで出てこい」

 ただでさえ悪い目つきを一層悪くして、にらみを利かせていると、近くの植え込みの背の低い木が茂っているところがガサガサと揺れた。音の大きさなどからして、獣の類ではない。

 「さっき俺がアイツといたときからチョイチョイついてきてただろ?早く出てこい」

 友貴がこう言うと、茂みからこの前のスイーツ屋で美月をナンパした男二人が出てきた。友貴は、深いため息を一つついた。

 「何しに来たんだい?あんときゃ見逃したが今日は別だぜ?」

 「お前のせいで仲間内で馬鹿にされるようになっちまったからなぁ…名誉挽回と憂さ晴らしだ」

 「それと俺らまだあの娘ナンパすんのあきらめてねぇから邪魔者排除で」

 勝手な理由でストーカーまがいのことをして、挙句の果てに闇討ちまで考えていた口ぶりの男二人に、友貴は心底あきれ果てた。だが、あくまで冷静に問うた。

 「てことはにぃちゃん等はここで俺をぶちのめしてアイツに横恋慕すんのを黙ってみてるようにさせようって魂胆ってわけかい」

 「ヨコレンボ?難しい言葉だけどたぶんお前の言うとおりだ!っつーワケで、お前には少し痛ぇ目にあってもらうぜ?」

 もう一人も、こぶしを構えた。その様子を見て、友貴はまたため息をついた。

 「やめときな、どっちが勝ってもにぃちゃん等が困ることになるぜ?今ならまた見逃してやるから帰んな。そして二度と俺らの前に来なけりゃ前のことも含め許してやるから…」

 この状況では、仮に男二人が勝っても暴行罪その他、負けてもストーカーまがいのことをしているため言い出しずらいだろう、もっと言えば、仲間内とやらでも馬鹿にされるネタの種が増えるだけだ。

 「そんなこと言ったって無駄だぜ?さっきの帰るときの会話聞いてたけど、お前喧嘩で殴ったり蹴ったり嫌いなんだろ?「喧嘩しないのが一番」なんてあまちゃんもいいとこだぜ」

 「そうそうこの間はお前がやべぇやつだと思って腰が引けたけど、殴る蹴るできないやつを倒すなんて朝飯前だぜ」

 そう言って、二人が殴りかかってきた。友貴は、何度か躱した後合気の体さばきで片一方の男の手首をつかみ、支点にして投げるときに膝蹴りを男の溝に食らわせた。くらった男は、目を白黒させながら腹をおさえて倒れた。

 「な!?お前蹴らねぇんじゃねぇのかよ!」

 「確かに殴る蹴るは大っ嫌いだよ…個人的な喧嘩なら、特にもう殴りたくんなかった…けどよぉ友達まで巻き込まれそうになってて襲われるんなら容赦しねぇ。俺のダチに危害を加えるような奴は絶対に許さねぇ」

 立っているほうにゆっくりと向き直ると射貫くような眼光を向けた。「ヒッ!」と短く言うと、「くっそぉ!!」と言って殴りかかってきた。顔に殴りかかってきたところを、友貴は少しずらして額で受けた。

 「いってぇ!!??」

 「軽い拳だなぁ…気持ちのこもってねぇ証拠だ…」

 「大体!なんでてめぇがあの娘を守ろうとすんだよ!彼氏ができたとしても何とも思わねぇくせに!」

 自分の手を庇いながら喚く男に、拳をゆっくり握りながら答えた。

 「守ろうとする理由なんて簡単だ、アイツが俺のダチだから。恋人ができるってんなら応援するさ…だがなぁアンタらみたいな外道に俺のダチは手出しさせねぇ…アイツを守る男が現れるまでは、俺がアイツを守る」

 自分でも、勝手で、おせっかいだろうなぁという自覚はある。それでも友貴の心には、孤立した気持ちでいたところに声をかけてくれた恩人であり親友だと思っている美月を守りたいという思いが燃えていた。そして、強く握った拳で、男の額めがけて全力で打ち込んだ。額をおさえて、男がうずくまる。

 「いってぇだろ?」

 返事がない、その余裕もないのだろう。

 「次はねぇ…また来るなら構わねぇが次はそれだけじゃ済まさねぇ…」

 「こんなところをあの娘に知られてみろ。お前はあの娘に選んでもらえなくなるぞ?少なくとも…」

 「もとから選んでもらおうなんて思っちゃいねぇよ…」

 もう一度友貴がため息をつくと、男二人はようやく立ち上がると、後ずさりしながら距離を取った。すると、後ろから「君たち二人こんなところで何してるのかな?」っと声がした。振り返ると、ジャージにTシャツ姿のラフな格好の青年が経っていた。小首をかしげた爽やか風なイケメンで、なぜか友貴は初めて会ったような気がしなかった。誰かに似ているような気がしたのだ。

 「僕の家の近くで、二人とも何してるのかな?少し見てたけど、その子に喧嘩売ってた感じだよね?」

 男二人の顔色が変わった。焦りや恐怖に似た表情だ。

 「い、いや永友さん、これは違くて…」

 「そ、そうっす!もともと…」

 「この前の目つき悪いって言ってた子でしょ?話聞いてた感じ「悪いの君らじゃね?」ってこの間言ったはずだけど?しかも高校生の子に逆恨みで喧嘩しかけて負けて…君らほんと何がしたいの?」

 誰かはわからないが、二人にとっては上司のような人間なのかもしれない。発言に圧がある。友貴も一瞬たじろぐほどだった。

 「今はまだきつそうだからまた後日話は聞かせてもらおうかな?僕はこの子に用があるから君らは早く帰んなさい?」

 「はい!!」っと答えて、二人は雲の子散らすように闇夜に溶けて行った。

 「に、にぃさんは誰ですか?」

 友貴は思わず青年に尋ねた。青年はニコリと柔和な笑みをたたえた。

 「知り合いがごめんね?トモキくんだよね?僕は永友彰護(しょうご)。君が守ってくれようとしてくれている人の兄だよ」

 「確かに僕は新井友貴ですけど…え…美月…さんのお兄さん?なぜここに?それにさっきの人たちとどういった関係で?」

 先ほどからの謎展開で、友貴の頭は混乱していた。

 「順番にこたえると、うん、美月の4つ上の大学生、ここにいるのは君を我が家に招くため、さっきの人たちは僕のちょっとした知り合いってとこかなぁ」

 答えられたのに、?が増えるばかりだった。

 「とにかく先日から知り合いがごめんね?彼ら可愛い女の子が大好きで…妹のことも心配してたんだけど確信がなくて…君が守ってくれたおかげで証拠もつかめたよ彼らには後日改めて僕から言っとくから…」

 「それなら僕も安心できますけど…家に招くってどういう?」

 友貴が言うと、彰護ははっとした様子で答えた。

 「おおそうだった!妹を送り届けてくれた君にお礼がしたいんだよ。僕だけじゃなく家族全員が思ってる…で、今からご飯食べるからトモキくんを呼び戻して一緒に卓を囲みたいねぇって話になったんだよ」

 「は、はぁ…?」

 いまいちわかっていない友貴の腕をつかみ、はつらつと彰護は言った。

 「そういうわけで、今から僕らの家にまた戻ってきて?」

 ようやく意味が分かった友貴は、緊張と気まずさから「いや!?流石にいきなり言われても…」と言って逃げようとしたが、彰護が逃がさなかった。

 「気にしなくていいから。ほら行こ?」

 「ちょっと待ってくださいよ!?まだちょっと心の準備が!心の準備がぁ~!!」

 友貴の訴えむなしく、彰護は友貴を永友家へとご案内(連行)していくのだった。

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