第325話 次の遊び

 頭を抱えて絶叫する阿子木あこぎを眺めながら、燐木りんきは訝しげに眉をひそめる。

 やや間をあけて、彼の部屋に積まれている段ボールを思い出した。


「……もしやあの奇妙な服のことかい? ケツがでるスカートやら、下から乳が出そうな服やら、服なのかどうかも分からない布切れ……体が冷えそうなあれを着せるのかい?」


「そう! 着たらきっとすごくエロい」


 阿子木あこぎがうっとりした表情になる。

 段ボールにはミニスカのメイド服やボンテ―ジ服、シースルー系のドレス。セクシーな下着。拘束道具。高級化粧やアメニティセットが入っている。これらは息吹戸いぶきどを愛でるため揃えたものだ。


「……そう、かえ……あれを……ねぇ……」


 燐木りんきは歯切れの悪い言葉で、とりあえず同意した。


 孫の趣味を一切理解できないが、そこに口出しするような野暮な真似はしない。

 そもそも阿子木あこぎの気質は変なものが多かった。前任者は死体性愛ネクロフィリアであり、持ち帰った戦利品にあれこれやっていたことを考えればまだマシと思い込む。


「そう! 瑠璃ちゃんはクズ性格だけどあの美貌は傍に置きたい。従順な人工霊魂を錬成して魂を取り替えたら僕好みになる」


 阿子木あこぎ息吹戸いぶきどの外見は好みであるが性格は嫌いであった。

 それでも一度、辜忌つみきに誘ってみたものの案の定、にべもなく速攻で断られたため人工霊魂の錬成に取り掛かった。

 数えきれないほどの人間を犠牲にしながら完成させた理想の人工霊魂。

 そして息吹戸の霊魂を消滅させるところまでは成功した。あとは器に人工霊魂を定着させれば夢が叶う……はずだった。


「だから体力が回復次第、攫いに行こうと思ってたのに。入り込んだヤツめ。八つ裂きにするんだからな!」


 阿子木あこぎの顔が怒りで真っ赤に染まった。


 燐木りんきは白い目を向け、呆れたように「大の男が人形遊びかぁ」と呟くが、阿子木あこぎの耳には届いていないようだ。


「まぁどうせこれで終わるんだ。悔いが残らぬよう頑張りな」


 燐木りんきが肩をすくめながら適当に応援した。

 条業七人衆じょうごうななにんしゅうは、協力を要請されれば裏方として応じるが、基本は単独行動である。

 誰が何をしようが積極的に関わることはしない。例えそれが、十年以上も孫として育て暮らした阿子木あこぎだとしてもだ。


「よーし。いまから確保しに行こう」


 勢いに任せて動こうとする阿子木あこぎの頭を、燐木りんきがぺチンと叩いて静止させる。


「馬鹿な子だよ。清栄様からしばらく活動中止の意向がきた。菩総日神ぼそうにちしんが戻ってくる。大人しく寝ておきな」


「あーそっかー。そんな時期か。つまんないの」


 阿子木あこぎは残念そうに頭を掻いたが、


「でも準備期間として使うにはちょうどいいな。それまでに瑠璃ちゃんの中身が違うってバレて処刑されなきゃいいけど」


 ちらり、と阿子木あこぎが催促するような視線を向ける。

 燐木りんきは彼の意図を汲み取り、深いため息をついた。


「仕方ないねぇ。協力してやるわい。お前が言ってた計画が実行できそうだからそのついで様子くらいは見てやるぞぉ」


 阿子木あこぎが「え!?」と声を上げ、朗報を聞いたとばかりに目を輝かせた。


「ってことは、カミナシにばーちゃんの器があったってことだよね!? 次はそいつになるの? ならすぐ会えるかな!?」


 祖母としての燐木りんきを少しだけ慕っている故、別れにはいくばくかの寂しい気持ちを抱いていた。

 阿子木あこぎがその気持ちを表に出すことはないが、年の功か燐木りんきには透けてみえている。ほんのりと得意気に口元を緩めて「勿論だとも」と頷いた。


「上手くいけばすぐに会える。失敗すれば次を探すから当分は会えないがなぁ」


「おお。ばーちゃんにしては大胆」


「転生前だからのぉ。今なら血に紛れて色々できるわい」


「ばーちゃんはそーいう小狡いこと得意だもんね。しかも僕のため。とっても助かる!」


 阿子木あこぎがはにかんだ笑みを見せた。

 燐木りんきが救出の手助けをしてくれるなら、息吹戸いぶきどの器奪還計画に加えてもいいかと計画を練り始める。


「ならそうだなー。ばーちゃんが失敗しても大丈夫なように、これ使っちゃおう」


 阿子木あこぎが手のひらを掲げると、黒い布で顔を隠した白拍子が小さく浮かび上がった。

 燐木りんきが目を細めて凝視した後に「ほう」と感嘆の声を上げた。


「これは息吹戸いぶきど荒魂あらみたまか……よく捕獲できたもんだ」


「へっへっへ。絆が切れたら簡単だよ」


 息吹戸いぶきどの霊魂が消滅して絆が消えたタイミングで捕獲したものだ。阿子木あこぎを見上げると首を横に振ったり、立ち上がって攻撃をしているが、別次元の檻に囚われているため阿子木あこぎに影響はない。


 白拍子は少し動いただけで座り込んだ。絆が切れたことで衰弱している。新たに宿る霊魂を決めない限りじわじわと力を失い、やがて消滅するだろう。


 だが阿子木あこぎはこのまま消滅させるつもりはなかった。

 荒魂あらみたまを転化させると禍神まがかみとなるからだ。降臨儀式を省くことで、禍神まがかみの存在を直前まで隠すことができる。


「ばーちゃんが成功すればあっちで、失敗すればコレで偽物をおびき出せばいいや。前に清栄様から原始の海をもらったんだ。きっとコレと相性がいいはず。白拍子ちゃん良かったね。神の化身に覚醒できるよ」


 阿子木あこぎは白拍子に小動物を愛でるような優しい笑顔を向ける。


「じゃが、そやつは荒魂あらみたま。意思が強いぞ。逆に化身を喰うのではなかろうか?」


 燐木りんきが懸念を口に出すと、阿子木あこぎは大丈夫と答えて、手を握って白拍子の姿を消した。


「白拍子ちゃんには『キミを追い出した奴が瑠璃ちゃんに成り替わって生活している』って記憶を上書きするから。そいつを倒すべきって言い聞かせればいいだけ。ふふふ、どんな駒になるのか楽しみだなぁ」


 阿子木あこぎはゆっくり立ち上がると、「ばーちゃん腹減った」と可愛らしく言った。燐木りんきは呆れたように口元を歪ませてから、朝ご飯の用意をする。


 大好物ばかりが揃った朝食をみて阿子木あこぎが目を輝かせた。美味しい美味しいと言いながら嬉しそうに食べている。


 燐木りんきは炭酸飲料をラッパ飲みしながら、元気に食べている阿子木あこぎを眺めて口元を緩ませる。


 なんだかんだでやはり、燐木りんきは孫に甘かった。 


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