第350話 息吹戸といえば最近

「そうか! ありがとう我が友よ!」


 金合歓きんごうかんは礼もそこそこに選択肢を決定して進め始めた。

 ニコニコと幸せそうな顔でプレイする姿を視界に入れつつ、磐倉いわくらは「お前と友をやめたくなる」とぼそりと呟く。


「よっしゃああああ! 恋人確定いいいい! 攻略完了おおおおお!」


 金合歓きんごうかんは感激しながらガッツポーズを行った。ゲーム機をふとももの上に置くと勢いよく向き直り、磐倉いわくらの両肩を掴んでゆさゆさと動かした。


「ありがとう! ありがとう! これでコンプできる! ケンキさまに一生ついていく!」


「……よかったな」


 磐倉いわくらは遠い目をした。早く解放されたいと切に願い天井を眺める。天井に煤がついていると思ったところで金合歓きんごうかんの手が離れた。これで解放されると一息つく。


「お前に頼んで良かったー。流石、ツンデレ心を分かってらっしゃる!」


「……別に分かってない」


 さっきも適当に選んだだけだし、と心の中で付け加えた。

 金合歓きんごうかんがぱちんと指を鳴らす。


「んなわけないって。なんたって一生デレることがないツンツンと呼ばれている『暴君の女王様』こと息吹戸いぶきど瑠璃の元教育係だろ! つまりお前は最高難易度攻略者と三年ほど一緒に居たからツンデレ心を掌握できる男になったってことだ!」


「暴君の女王様だって?」


 磐倉いわくらがやんわりと聞き返した。笑顔を浮かべているが目は笑っていない。


息吹戸いぶきどがその二つ名を嫌っているのは知ってるだろ? だから俺もその呼び名は嫌いだ」


 金合歓きんごうかんはゆっくりと苦笑して「そうでした。すいません」と謝るが、磐倉いわくらは怖い笑顔のままである。観念したように両手を上げ、首を左右に振った。


「いやそんなに怒るなよ。みんなそう呼んでるんだから」


「……みんな」


 磐倉いわくらは表面上平然としているが、静かに呟く声に怒りが含まれている。

 金合歓きんごうかんは失笑した。


「お前ってホント、息吹戸いぶきどが大好きだよなぁ」


 言葉にかぶせるように、コトン、と鳴った。

 大きな音に反応して二人の視線が比良南良ひらならに集中する。

 続いてコンコンと音が鳴る。お猪口を床に当てわざと鳴らしているようだ。

 比良南良ひらならは、ぷはぁ、と酒臭い息を吐きながら目を細めた。


息吹戸いぶきどといえば最近、おかしい話を聞く」


 金合歓きんごうかんは好奇心から目を輝かせ、磐倉いわくらは不安を募らせる。


「まぁ、そうだねぇ」


 比良南良ひらならは意味ありげな含み笑いをしながら首を傾げる。


息吹戸いぶきどに新たにつけられた二つ名、『アンデッド狂人』、『終末を招く者』だったが……あれはいったいどうなってる?」


 『アンデッド狂人』、『終末を招く者』という二つ名は、上梨卯槌の狛犬カミナシの職員と他の防衛組織の耳にも入っており、新たな二つ名を聞いて騒めいた。


「あの娘はアンデッドを触るのが苦手だっただろう?」


 もちろん戦闘に一切問題はない。瞬く間に粉砕して死者の国に送り返している。問題は倒した後である。片づけが面倒だからと避ける傾向が強く、よっぽどのことがない限りアンデット討伐任務は請け負わなかった。


 だがこの一か月ほど、それが逆転している。

 急所だけ狙い粛々と倒すスタイルから、狂気に染まったように笑いつつ残忍に始末していくスタイルに変化した。

 しかもアンデット討伐に自ら参加、嬉々として後片付けをするなど、今までの動きとは明らかに違っていた。


 比良南良ひらなら息吹戸いぶきどをよく知っている人物である。噂が届くたびに以前とは明らかに違う様子に懸念を示す。


「私の記憶とは大いに違うが……磐倉いわくら、それについて何か知ってるのかい?」


 磐倉いわくらの表情が憂いを帯びる。


息吹戸いぶきどはアンデッド嫌いです。霊園の事件で活躍したから不名誉な二つ名が増えたと思います」


「だとしても、不思議だねぇ」


 比良南良ひらならが首をひねった。

 それを横目で見ながら金合歓きんごうかんがぱちんと指を鳴らす。


「でも記憶が一部欠落したんだろ? なかなか戻らないから玉谷たまや部長から呼ばれたって聞いたぞ? その影響があるから変な二つ名が増えたんじゃないか?」


 磐倉いわくらが「あ」と口を開けると、比良南良ひらならが呆れながら首を傾げるのが同時だった。


「おや、あの娘はまた記憶を失ったのかい?」


 戦闘による傷、敵味方の術、自身の術の反動によって、息吹戸いぶきどの記憶喪失は結構な頻度で起こっていた。いつもならすぐに記憶を取り戻すが、磐倉いわくらの様子から察するに、今回はその気配がないと気づいて、比良南良ひらならが少しだけ声のトーンを低くする。


「戦闘に身を置く子に陥りやすい症状だが、治らないのは不安だねぇ。後遺症が残るようなら私が引き受けようかのぉ。玉谷よりかぁ私の方が細かいメンテできるぞ? 今度あやつと話してみるか」


 記憶の損傷を繰り返すと脳が委縮する。その兆候かもしれないと、比良南良ひらなら息吹戸いぶきどの身を案じた。

 磐倉いわくらが小さく舌打ちをして金合歓きんごうかんを睨む。


「記憶喪失は本部一課だけの秘密って言っただろう? お前に話すんじゃなかった」


「俺だって本部一課所属で、口は堅い方だけどー?」


 どの口が、と吐き捨てて磐倉いわくらはギロっと睨みつけた。


「まさか他の奴に話してないよな?」


「話してねーってば……なんだよその目、信じてないなら過去見てみろよ!」


 何もやましいことはないと金合歓きんごうかんは胸を張る。

 磐倉いわくらは探るように目を細めてから、首を左右に振った。


「信じてやろう」


「やった」


 誤解が解けて金合歓きんごうかんがホッとしたとき、


「……!」


 近づいてくる第三者の気配を感じ取った。

 金合歓きんごうかんはすぐに電気を消すと、残り二人も身を低くした。


 比良南良ひらならが「他は?」と電気の有無を聞くと、磐倉いわくらが「つけていません」と返事をした。

 

 すぐに互いに目配せをして、玄関の向こう側から近づいてくる気配に集中する。

 雪を踏む音が、森の奥からこちらに近づいてくるようだ。


 鴨が葱を背負って来たと笑みを浮かべた。

 三人は静かに立ち上がり、敵に気づかれないようこっそりと平屋を抜けだした。

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