第六章一句 マレビト秘密裏の来訪・出張組帰還

西方支部解析班の任務

第341話 久井杉の痕跡

 天路国真北あまじのくにまきた地方。口田くで県のとある山中に、カミナシのロゴが入った黒い自動車が走っていた。


 滅多に車が通らない林道のため、手入れが行き届いておらず荒れており、さらにこの日は雪という悪天候であった。


 雪化粧をしたように真っ白な山道は、道と崖の境目が曖昧になっており、少しでも道幅を間違えれば木に突っ込むか崖下に転落する。


 しかし黒い自動車は卓越した運転テクニックをみせ、難なく走り抜けていった。


 山の中腹に差し掛かったところで、木々の合間からポツポツと古びた民家が見えてくる。

 植物に浸食され廃墟となっている。家主のいない屋根には三十センチ以上の雪が積もっていた。


 二時間後、道の終わりに開けた場所にでる。

 山の平を開拓した土地で、平屋と段々畑が雪に埋もれている。ここが目的地だ。


 トラック一台が通れる石橋を渡ると駐車スペースに使っていただろう広場がある。二台ほど停められるスペースに停車する。


 エンジンが止まると、車からカミナシロゴが入った防寒着(赤い生地に白い刺繍のある)を着込んだ三人の男女が車から降りてきた。


 運転席と助手席から二十代の男性二人。

 後部座席から五十代の女性一人である。


 三人は奇襲に警戒しつつ周囲を見渡す。


 しんしんと降ってくる雪の他に動く気配はない。音もしない。


「任せる」


 女性が一声あげると、


「汝の役割を与える 目視せよ」


 運転をしていた男性が形代を放った。


 紙は三羽の鳥に変化する。

 喉元から頬にかけての紅色が特徴的な鳥で、頭部と尾が黒で背中と腹は灰色、腰は金色。うそに似ている式神であった。

 三羽の式神は空高く飛翔して偵察に向かった。


 直径二十キロ範囲を偵察したところでうその式神が戻り、男性の肩にとまる。


『フィーフィー』


 と鳴いて、森を隅々まで探索したが従僕じゅうぼく辜忌つみきが居なかったと報告した。


「ご苦労」


 男性はねぎらいの言葉をかけてからうそを形代に戻し懐に仕舞う。

 彼は金合歓きんごうかん勇成ゆうせい。現在、上梨卯槌の狛犬西方(さいほう)中央支部、異界討伐第一課に所属しているが、本来は中央区の本部の討伐一課の職員である。


 二十代後半の男性で身長は百七十センチほど。

 ブルーブラックの髪はウルフカットで、やや丸顔の頬を隠してシャープな印象にさせている。眉毛の間、眉毛と目の間が狭く、彫の深いキリっとした顔つき。脂肪をしっかり落として引き締まっているため、厚みがない体をしている。

 危険な空気を漂わせているが、彼はいたって陽気な性格である。


「森にもあっちの平屋にも誰もいないそーです。とっくに逃げてる感じがしますねー」


 ブルーブラックの目を二人に向けて、残念そうに肩をすくめた。


「ざーんねーん。折角沢山運転してこーんなとーころまーできたのーに!」


 無駄足だと決めつけ金合歓きんごうかんは不貞腐れた。

 頭の後ろで腕を組んで、唇を尖らせながらブーブーと子供のように文句を言い始める。


「なにいってるのさ! このタイミングでいーんだよ! 邪魔が入ったら調査できないだろうがこの馬鹿!」


 比良南良ひらなら芽衣めいが喝をいれた。頭を振ったので、セミロング丈のグレージュの髪が揺れて、ピングベージュのインナーカラーが見える。

 五十代前半の女性で、身長は百五十センチのぽっちゃりした体形をしている。眉と目は細め、花は小さく薄い唇。ふっくらいとした顔つきは穏やかな印象であるが、苛立ちから般若のようになっていた。


 彼女は上梨卯槌かいなしうづち狛犬西方こまぬさいほう中央支部研究開発部解析課主任である。

 今回は久井杉くいすぎ追跡調査および証拠品押収のため、この地にやってきた。






「ですがー。尋問した方が楽じゃないですか?」


 金合歓きんごうかんは敵から聞いた方が手間が省けるのにと、ぷぅと頬を膨らませて反論する。


「捕まえて聞き出すなんて嘘を聞くようなもんだよ! これだから若造は浅はかだ!」


 比良南良ひらならが苛立ちを表現すべくその場で地団太を踏む。その姿はまるで、雪に埋まったダルマのようであった。

 おそらく一回り大きいカミナシロゴ入りロングジャケット(赤い生地に白い刺繍が入っている)を羽織っているせいだろう。

 手の指や足がすっぽりと隠れてしまい、手足がないようにみえる。


 金合歓きんごうかんはじっくりと眺めながら、焼いた豚足食べたいな、と別のことを考えた。


「まぁ、いいわい」


 比良南良ひらならは相手にするのをやめた。

 調査をメインで行うのは彼女であり、残り二人は助手兼護衛だ。金合歓きんごうかんのようなバトル脳筋に考え方の違いを指摘しても仕方がないと毒づいて、持ってきた荷物を下ろすことにした。

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