第317話 事件解決の切り口

一木ひとつきさんいらっしゃるーーーー!」


 開発部術式課の第一研究室に到着した息吹戸いぶきどは、取っ手を握ると、バァン、と激しくドアを開けた。


 中に居た研究員三名がドアを振り向く。驚愕に目を見開いて、研究室の中に入ってくる息吹戸いぶきどと、引っ張られている津賀留つがるを凝視した。


 現在は実験中のため、外部の者が勝手に入らないよう研究室のドアや壁に進入禁止の強い結界を張っていたのだが、息吹戸がドアを開けながらあっさり壊してしまったようだ。


「マジかよ」


「壊されたんだけど……」


 研究員は禍神をみるような目を向ける。残念なことに、息吹戸いぶきどは結界を壊した自覚がない。彼らが何故そのような怯えた目をしているのか理解できなかった。


「でも実験の結界は大丈夫ですね」


「良かった。心臓に悪いなぁ」


 室内の右端にもっと強い結界が三重にかけられている。破壊されなくてホッとするが、万が一を想像して研究員たちの心臓はバクバクしていた。


 息吹戸いぶきどはドアから数歩ほど進んだところで立ち止まる。

 一木ひとつきが右端で何か術式を展開しているので、邪魔しない方がいいと判断して、ここで終わるまで待つことにした。


 加無木がぺこりとお辞儀をして中に入り、


「自分で最後です。結界の張り直しをお願いします」


 ドアを閉めた。


「はい、急いで張り直します」


 二十代の男性研究員が小走りでやってきて張り直した。


「お忙しいところ恐縮ですが、息吹戸いぶきどさんがなにやらこちらに御用があるとかで」


「そうですか。加無木さんもご一緒というのは何か理由が?」


「医務室にご案内しなければならなくて」


「ああなるほど。ご苦労様です」


 加無木と研究員がドアの前でヒソヒソと挨拶している間、他の研究員たちは不安そうに、息吹戸いぶきど一木ひとつきを眺めていた。







 待つこと五分。一木ひとつきが術式を終了する。


「ふぃー。つっかれたぁ」


 風呂上がりのような声をだしながら、右肩を手で押さえてぐるぐる回して振り返ると、ドアの近くに息吹戸いぶきど津賀留つがる、加無木が立っていることに気づいて、「なんなんだぁ?」と呆れた顔になった。


 三人の顔を一瞥するにあたり、用事があるのは息吹戸いぶきどと分かって声をかける。


「どーしました女王様。彫石ちょうこくから何も聞いてねぇが。もしかしてラミアの件で何か言い忘れたことがあったのかい?」


 白衣のポケットに両手を突っ込みながら、にやりと悪い笑顔を浮かべた。


「別件。お時間今よろしい?」


「一区切りついたからいいぜ。おい、チェックしてくれ」


「はい」


 研究員たちが一木ひとつきと入れ変わって実験台の前に立ち、前と後の変化のチェックを始めた。


「今度はなぁにを持ってきたんだか」


 息吹戸いぶきどはつかつかと一木ひとつきに歩み寄り、ほどほど距離が近くなるとアモールグミを摘まんで目の高さに掲げる。


「これ呪術。詳しく解析できる?」


 一木ひとつきは数秒無言になって、前かがみになりながらグミをみつめた。そして右手をポケットから出して頭を掻く。


「これが……呪術?」


 訝し気に聞き返すと、息吹戸は確信をもって頷いた。

 一木ひとつきは頭を掻いていた手で今度は顎を触り、「んー?」と面倒だといわんばかりに声を上げる。しかし前回のラミアのこともあり視てみることにした。


 グミを凝視して、「開眼」と自身の目にぱちんと指を鳴らすと、一木ひとつきの眼の色がエメラルドグリーンに変化した。

 すると顔色がみるみる青く変わり、皿のようになっていた目が驚きでパッと見開かれた。


「げえええええ! なんだこれ! きっもちわりいいいい!」


 グミの真の姿をみた一木ひとつきは、鳥肌全快で背中を仰け反らせたあと、油の切れたロボットのようにギギギと姿勢を戻した。

 悲鳴を聞いた研究員たちと津賀留つがる、加無木が驚いた表情で一木に注目する。


「お、流石、視えたんだね」


 息吹戸いぶきどが満足そうに口角をあげる。百聞は一見に如かずだ。見えた方が話が早い。


「いやこれ見たくなかった……当分グミ食べられない……」


 一木ひとつきはワサビを齧ったような半泣きの顔になるものの、息吹戸いぶきどが摘まんでいたグミをためらいもなくサッと取り、手のひらに置いてじっくと観察した。


「わぁぁあ。見れば見るほど気持ち悪いモノだなぁ」


 と言っている割に、その目は好奇心で輝いている。


「悪趣味。ほんと悪趣味としか言いようがない。これ体内に入れて使うモノだな。成分は……穢れっぽいなー。怨みと嘆きが最大限に凝縮されて呪詛の核になっている気がする」


「調べられそうですか?」


 息吹戸いぶきどが尋ねると、一木ひとつきはニカッと子供のような笑顔になった。


「おお。やってみたい。面白いモン寄越してくれてあんがとな!」


 早速調べようと空いている研究台へ向かう。


(ここで調べてくれるなら良かった。だけど好奇心は猫をも殺すみたいな感じにならないといいけど)


 息吹戸いぶきどが若干の不安を覚えたところで、一木ひとつきがグミを研究台に乗せながら「ところで」と振り返った。


「こんなモノどこで手に入れたんだ?」


津賀留つがるちゃんが持って帰ってきました。手に入れた場所はリミット乙姫ライブ会場で、樹錬きれんさんという人から頂いたそうです」


津賀留つがる……とはあの子か?」


 一木ひとつきが見据えると、津賀留つがるの表情が硬くなった。


「はい、私です」


 やや細い声で答えると、一木ひとつきは二十代の女性研究員を呼び津賀留つがるを示した。

 女性研究員は頷いてから、ドア付近の椅子が置かれている机の引き出しから紙とペンを持ち出して津賀留を呼んだ。


「この椅子に座ってください。手に入れたときの状況を聞き取り調査します。よろしいでしょうか?」


「は、はい!」


 津賀留つがるは急いで座った。

 研究員からの質問は『当時の販売の流れ』や『購入者の数』、『食している人間の目撃数』、『心身の異常の有無』、『対面したときの敵の動き』、『結界や攻撃など術に対して影響の有無』などであった。現場を思い出しながら一つ一つ答えてはじめる。




「終わったならちょっとこい」


 一木ひとつきはチェックが終わった研究員二名を呼んでグミを見せた。


「本日中央区で禍神出現のニュースは知ってるよな? そこで術式がないにも関わらず転化した民がいるのは耳に入ってるだろう?」


 研究員二名に緊張感が走る。一木ひとつきが何を言いたいのかすぐにわかりグミを凝視した。これが元凶だと自ずと察する。


「感じるだろうこの禍々しい気配。軽率に解析しようとしたらこっちが食われる」


 一木ひとつきがいやらしい笑みを浮かべてから、すぐに真剣な眼差しになる。


「準備が整い次第、解析を行う。封印室の手配と、結界専門を五人ほど呼び寄せてくれ。あとは……加無木」


「医療課から人を呼びましょう。何名ご入り用でしょうか?」


 急に呼ばれたにも関わらず加無木は焦ることもなく、売り買いするような物腰で淡々と対応した。


「五人だ。心身異常状態回復の能力者。あと神通力の回復ができる奴がいれば尚いいな」


「わかりました。可能な限り希望の人材を用意します。解析日程が決まり次第、人員を回しますのでお声をかけてください」


「おう! お前が居て丁度良かった」


 ニカッと一木ひとつきが笑う。

 加無木はシラっとした表情になって、息吹戸いぶきどに視線を向けた。


「で? 息吹戸いぶきどさんと津賀留つがるさんはいつ医務室へ足を向けますか?」


 無感動ながらも明らかに非難の色が混ざっていると感じた息吹戸いぶきどは、津賀留つがるが終わったら行く旨を伝える。それを聞いた津賀留つがるが慌てふためき、早口で喋って舌を噛む羽目になってしまった。

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