第5話 敵か味方かという展開

 前方で何かが動く気配を感じて、『私』は咄嗟に物陰に隠れてやり過ごす。

 ゾンビ二体が緩やかに通り過ぎた。


 距離が空いたところで、音を立てずにゾンビとは反対の方向へ移動して距離を取る。

 まさに隠密行動。忍者にんにん。

 

 離れていくゾンビをチラッと見たが、気づかれない。

 ホッとため息を吐く。


(さてと。ここはどうかな)


 うーん。と呻きながら耳を澄ませる。

 すると、フロアのおおよその間取りが頭に浮かんできて、ゾンビの数もなんとなく把握できた。

 この体、空間認知能力がすこぶる高いようで、これに気づいてからは移動が楽になった。


(五階ほど上がったところで、ゾンビの数が爆発的に増えたし。もしや屋上が近いかも)


 物語の終盤で敵がうじゃうじゃ出るのはよくあるパターンだ。


(でも、逃げ回るのはそろそろ限界っぽい。突入して蹴散らしたほうが良さそうだけど)


 自分の手を見る。血色が良くてすべすべだ。


(箸より重い物が持てない手っぽい。ステゴロする人には見えないし、うーん、呪文? って何も思い浮かばないし。途中で色々探してみたけど、掃除用のモップすらなかったし。どうしよー。武器がない。でも素手はなぁ……)


 腕組みをして頭を左右に振りながら「うーん」と唸っていると、後方から何かやってくる気配がする。

 耳を澄ませると微かに響く駆け足の音。迷いなく『私』に近づいてくる。


 音の具合からゾンビではない。だが、二足歩行の何かが来たことは間違いないだろう。


(やけに力強い気配がする! これはもしや中ボスっぽいのが、業を煮やしてあっちから来たのかも!?)


 脳裏に血管の浮き出たマッチョゾンビを浮かべ、ドキドキしながら待っていると、すぐに曲がり角から現れた。しかしそれ普通の人間に見えた。

 上下黒いスーツの上に碧と白の模様が入ったジャンパーを羽織った男性だ。


(あっれー! 生きてる人間だ!)


 ゾンビしかいないと思っていたので、とても新鮮に感じた。


(敵か味方か分からないけど、物語が動いた!)


 『私』は期待に胸が膨らんだ。

 男性は『私』の所まで走り、五メートルほど手前で急停止すると、黒い手袋をした指でビシっと『私』を指さした。

 そして第一声。


「俺と勝負だ! ファウストの現身!」


「……」


(誰だ?)


 見覚えがないので『私』はリアクションが取れず、淡々とした視線だけを男性に向けた。

 とりあえず、スニーカーから煙があがっている。と余計なことを考えてから観察を始める。


 年齢はおそらく二十代前半。身長はやや高め。

 チョコブラウン色の髪はソフトモヒカンで、ヘアターバンをつけている。太い眉に目つきの悪い三白眼。左の泣きボクロがセクシーで、角張った顎をしたクール系の美形。スーツの下に隠れているが、首から流れる角張ったラインにより筋肉質であることが窺える。


(やばい。服が筋肉に沿って張ってる。しかもうっすら雄っぱいの影が見えているなんて。でもゴリラじゃなくて、引き締まってるっていうか、なんという良き体)


 体を万遍なく見ること一分弱。

 『私』は男性を吟味する視界の端で、ゾンビ数体がこちらに駆け寄ってくる姿をとらえ、無言のまま回れ右をしてこの場から逃げ出した。


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