猿の王国/【おまけ読み切り】

 人間は生物との生存競争に負けた。

 喰う者と喰らわれる者の関係性は逆転し、ピラミッドの最下層へと人間は押しやられた。


 都市は大陸ごと破壊され、人口は百分の一まで減少する。


 支配権が一瞬で移動する大きな世界の転換期から百年――。



 強さだけを求めて進化した生物は、半球を覆う大陸に棲む。

 弱肉強食の世界は生存競争を過激にさせていく。


 支配者から引きずり落とされた人間は、

 人工物の激減により参加などすることができなかった。


 だが、百年間の敗北によって、人間も進化を遂げる。


 そして、人間という枠から飛び出した者を『ハンター』と呼び、


 世界を支配する生物たちのことを『バケモノ』と呼んだ。


 ―― ――


「……なんだ、あれ?」


 浜辺から海を見渡す黒髪の少年が、怪しく揺れる漂流物を見つける。


 かなり遠目だが、日光の反射によって光っているのですぐに分かった。


 興味本位で近づく。

 服も脱がず激しく音を立てて海に入る。


 途中から潜り、漂流物に近づいていった。

 海中から見上げるようにして近づくと、人の顔が見えてくる。


「うわっ!? ……まさか、死んでたりしねえよな?」


 海面に顔を出し、相手の体を支える。輝く白髪が眩しい少女だった。


 口元に手を当てて呼吸を確かめてみる。息はしているらしい。


 が、このままではよろしくない。

 陸に上げて、飲んだ水を吐かせなければならない。


 少年は少女を背負い、泳ぐ。

 浜辺まで戻り、すぐ近くに寝転がらせた。


 強い衝撃を与えて水を吐かせる。飲んだ分を吐かせたところで、


「なにか、飯でも獲ってきてやるか……」


 少年は立ち上がる。

 漂流物なんて珍しい。

 しかもそれが人間ときた……、珍しいではなくこれは初めてだ。


 、と思った。


 体の凹凸など、細部が違ったりするが、これは個人的な差異なのだろうか。


「いや……大将が言ってたな、なんだっけか?」


 考えながら、少年は少女の元を離れ、森林へ入っていく。


 そこでぽん、と手を打ち、気づいた。


「ああ、あれが女か」


 思い出し、スッキリしたところで、少年の上から巨大な口が迫る。


 鋭く尖った、自分の手よりも大きな牙を掴み、地面へ叩きつけた。


 長い体は最後の部位まで叩きつけられるまで時差があった。


 最後の音を聞いてから、少年が呟く。


「ほい。食料ゲットっと」


 これだけではきっと足らないので、さらに奥へ進んでいった。


 得たもので釣り、さらに大きな獲物を狩る。


 階段のように上がっていく食料のレベルは、果てしない。



 冷たいと感じて目を開けたら、直射日光を思い切り見てしまう。


 咄嗟に目を閉じ、手を当てる。これでだいぶ楽になった。


 恐る恐る目を開け、小さな日陰の中から周りを見渡す。


 小豆を入れたかごを、振り子のようにゆっくりと揺らしたような音を耳が拾う。


 その音が大きくなったと思ったら――、

 顔にめがけて、しょっぱい液体が包むように乗りかかってきた。


「――ぷはっ、がはっ、ごほっ!?」


 驚き、咳き込み体を起こす。


 真っ白な前髪の毛先から滴る水が頬に当たる。

 そのまま、つー、と流れていき、太ももに落ちた。


 曇っていた視界が青を捉える。

 明るさに違いがあり、視界の上半分と下半分に分かれているのが認識できた。


 全身の感覚が不愉快だった。

 服が濡れて体に張り付いている。


 体が重く、動きたくない。

 まだ動かしていない下半身はずっと水に浸かっていた。


 押したり引いたりする水の動きは、自分の位置を変えてはくれなかった。


「ここは……?」

 目を擦りながら疑問を口にする。


 それをすることによって、把握のための整理をした。


 しかし、ここがどういった場所なのか分かっても、どうしてここにいるのか、目的や過程が見えてこない。推測すれば、流れ着いたが可能性としては高い。


 原因……、と考えた白髪の少女は、はっとして腰の周りに手をやる。


 確かめるように忙しく動かすと、がちゃりと触れた。


 留め具など気にせず、振り解いて取り出した。弓矢だった。


 明るい青紫色の、メタリックな弓だ。羽を広げた蝙蝠こうもりのような形をしている。

 ぴん、と張られた糸は、それだけでも刃として利用できそうに見える。


 矢もきちんと腰につけた円筒に入っていた。

 いくつか無くなっているが、仕方のない犠牲だろう。

 流れ着く時にでも落ちたのかもしれない。


 他にも確認するべきものはあると思うが、ひとまずは安心する。

 他のなによりも、武器があれば生きていくことはできる。


 サバイバルの知識はあるので、食料などはなんとかなるが、戦いとなれば即席で作った武器でなんとかなる、とは言えない。

 代用してもいいが、実力は半分も出ないだろう。


 となると、長年寄り添い、共に戦った武器の存在は頼りになる。


 武器で実力が変わるプレイヤーは数多く存在する。


 達人はどんな武器でも実力が変わらないと言われているが、合った武器があるならそれを使わない手はない。


 限定された状況下で実力を変わらず発揮できるのは強いが、思った以上に、限定された状況などは生まれない。


 その時点で、準備万端で挑む、という当たり前の前提が達成できていない可能性が高い。


 合った武器しか使わないプレイヤーが未熟だとは思わない。

 それでしか実力を発揮できないことは、マイナスではない。


 天才でもない限り、オールラウンダーを尖らせることは難しい。


 どれか一つを特化させることで、平凡は天才を追う。


 天才と肩を並べる。

 この少女もまた、大多数の中の一人だ。


「気配……?」

 ぐっと、浜辺の砂を握り締める。力が入った。


 立ち上がった彼女が警戒を強めた。

 周りを見渡す。元々から鋭い瞳がさらに細くなり、尖る。


 矢を抜き取り、弓に番える。

 水滴と日光によって、さらにきらきらと輝く長い白髪は、野晒しになっていた。


 いつもならば、過去の遺産として残っている形を元にして作ったブレザーの中に、白髪はしまい込んでいる。

 しかし、流されている間に出てしまったらしい。今、しまい直すのは死を予感させる……。


 一瞬の油断もできない。

 まばたきにも気を遣う。

 気づいたら死んでいました、では、笑い話にもならないのだ。

 だが、それがあり得る。


 この世界は弱肉強食だ。


 自分たちはピラミッドの中でも最下層にいるほどに弱い。


 すると、がさごそと草むらを掻き分ける音。

 目の前に広がる森林の奥から、なにかがくる――。


 少女がごくりと唾を飲み込む。


 無風なのにもかかわらず、揺れるように感じる服を押さえない。


 ブレザーも短いスカートも、太ももまである黒いタイツも。


 ぴりぴりと緊張感によって揺れていても、集中力は目の前に――のみ。


 光が差し込まない森林の、即席で作った入口から出てくる者。


「――んだ? 嗅いだことのない匂いがあると思ったら、珍しいこともあったもんだあ」


 少女は警戒を解いてしまう。それは安心ではなく、驚愕だった。


「言葉を、話して……っ!?」


「珍しいもんかねえ。探せばいくらでもいると思うんだがあ?」


 ぽりぽりと額を掻く手。

 辿って見た腕は、茶色の体毛に覆われていた。

 その毛は全身にまで及んでいる。顔だけ毛はなく、はっきりと見える。


 目が凹み、口が突き出ていた。

 長めの腕はだらんと垂れている。腕を振るのがだるそうな構えだった。


 猿が進化した高知能を持つ【バケモノ】――分類すれば、大猿となる。


 だが、巨体というほどではない。それでも少女の倍はあるが……。


「この島に、なにしにきただ――」


 言葉が途切れた。

 少女が、番えていた矢を放ったからだ。


 眉間を狙った矢は、避けられたことではずれ、後ろの大木に突き刺さる。


 巨体は、体を後ろに反らすことで避けている。

 体を元に戻した巨体が、顔をにたり、と歪ませた。


「これだから人間は嫌いだあ」


「こっちのセリフよ、バケモノッ!」


 少女が次の矢を番える。

 バケモノと呼ばれた大猿は、笑みを崩さない。



「いんやあ、おではみんなみたいに人間を毛嫌いしているわけではねんだで」


「――ただ、こうして襲われたら、そりゃやり返してもええよなあ」


「おでも怒ることはあるんだで」


「にこにこと媚びへつらっても、ストレスがたまるだけだあ」



 大猿が一歩、踏み出す。

 少女が矢を放つが、軽々と掴まれた。



「眉間ばかり狙うって、卑怯だんな」


「即死させようってだか?」


「苦しまないようにってだか?」


「いらん世話なんだで?」



 矢が折られ、ぱらぱらと捨てられる。

 数に限りがあるため、あまり多用しては長期戦になった時、困るのは少女だ。


 それでもあと一発は、確実に使用することが分かっている。


 腰につけている円筒に手を突っ込んだところで――、


「え?」

 大回りするように、大猿の拳が横から迫る。


 肩を強打された。

 特別な生地を使った服のおかげで、衝撃は骨に届いていないが……勢いは殺せない。

 砂浜を削り、何度も転がる。


「が、ぁっ!」


 手を突っ込んでいたため、散乱しないための固定の役割が発揮されず、矢がばらまかれる。


 円筒の中が空になった。急いで回収しようとするも、迫ってくる大猿のことを考えたら、そんなことをしている暇はない。


 せめて一本。

 隙を見せてもいい。回収しなくては、死ぬだけだ。



「弱いものいじめをしてるみたいで、気分はよくねえだあ」


「なんでそんなに必死になるだあ? 殺す気はねえだど?」



 少女が睨み付けた。


「そんな言葉を信じるとでも?」


「ほんとだど。そっちがその気じゃないなら、こっちもその気じゃないだ」


 お互いの温度差が激しい。

 少女は親の仇のように見ているが、大猿の方はのん気なものだった。


 どっちでもいいと言ったような――片方に固執する気はない。



「ふざけるな……っ!」


「今までどれだけの人間を殺してきた!?」


「全部全部——あんたらバケモノでしょうがッ!」


「許さない……ッ!」


「絶対に、あんたら全員を、殺してやる……ッ!」



 大猿が手を上げる。

 平和的な解決は無理だと示した。



「やっぱりおでも、人間は嫌いだど」


「難しい理屈とか、個人的な感情抜きでだ」


「本能的にお前が嫌いだと」


「全員が殺される可能性があるなら、ここで殺しておくど」



 少女が駆けて、落ちている矢を一本、拾った。

 流れるような動きで弓に番え、大猿の眉間を狙うが、対象がさっきと変わり過ぎていた。


 さっきまでの巨体が嘘のように、大猿の大きさは、少女の半分以下に。

 六歳児のようだ。

 段々と小さく、三歳児のように……、そして一歳児のような姿にまで変貌する。


「なにが、起こって――」


 訳が分からず立ち尽くす少女の場所が、暗く染まっていく。


 いま、矢を放てば勝利は無理でも、相討ちにできたかもしれないが、遅い。


 上を向けば日陰を作っている原因が見えた。

 大きくて、一瞬、分からなかったが、これは拳だ。

 大猿の腕が伸び、真上から拳が巨大になって落ちてきている。


「――――」

 

 言葉は出ない。


 避けようにも、どれだけ早く移動しても、駆け出しがもう遅い。


 この拳の範囲内で、潰される。


「……やだ」


 少女は、リアルな命の危機に、思わず声が出る。


 まだ、なにもやり遂げていない。


 目的を達成していない。


 ここで母親と父親の元へいくなど、合わせる顔がない!


「――いやあああああああああああああああああああッッ!?」


 爆風が生まれ、振り下ろされた拳、その近辺の砂が舞い上がる。



 雨のように落ちてくる砂を浴びる大猿は、一つの影を捉えた。


 砂のカーテンによってはっきりとは見えない。

 しかし、一つにしては、奇妙な影だった。


 輪郭が、人一人分だとは思えなかった。


 だが、深く考えず、本能的に判断する大猿だ。


 違和感を抱いても解明をしようとは思わなかった。


 移動させた力を元に戻したことによって、体も通常通りの大きさに。


 視界は高くなっている。

 だからか、真下からきた突き上げの拳に、気づけなかった。


 顎が揺れ、意識が朦朧とする。

 堪えられず、そのまま後ろに大の字に倒れた。


 ――弓矢使いだからと、警戒していなかった。


 もしも警戒していたとしても。

 大猿はきっと、同じ目に遭うだろうが――。


 現れたのは、『彼』である。



 ―― 完全版 へ ――


「化物世界:猿の王国と破壊の機械少女」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054954456782

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