先手必勝! ドロシー・ワーク その1

『で、出たぞっっ、フィールドバックだぁああああっっ!!』


 どろどろと黒い液体を滴らせながら歩いてくる四本足の生物……、生物? 見た目こそトカゲのような、ワニのような見た目だけど……あれを生物と言ってもいいものか。


 悪魔の精鋭・【フィールド・バック】。

 かつて世界を支配していた悪魔を閉じ込めている封印の地から漏れ出した、悪魔の力の残りカス……とは言え、塵も積もれば山となるように、互いに引き寄せ合い巨大化したそれは、全長・五メートルほどの化け物になった。


 集団で立ち向かえば討伐できない相手ではない、けど……。


 剣を握る冒険者たちは、へっぴり腰で、習った構えなど崩してしまっている。


 あれではどれだけ切れ味が良くても倒せないだろう。


「ん……、もしかして新人なのかな?」


 ある一定のタイミングになるとおこなわれる、人間たちの世代交代。

 仲間を先導していたリーダーがいなくなり、代わりになる人物がまだ立っていないとなると、団結力は一気になくなる。

 世代交代が完了するまでは、人間側はフィールドバックに押されることになってしまう……そのタイミングで壊滅した町を、私はいくつも見てきた。


 後進育成は怠らないように、と言ってきたはずだけど……、まあそうよね、魔女の言うことなんか聞かないわよね……。だから自業自得よね、と、見て見ぬ振りはできなかった。

 こういうところで小さなポイントをコツコツと貯めていかないと、前世代の悪印象なんか拭えないでしょ!


 どすんっ、と前足が踏み出される。

 べちゃ、と散った黒い液体のような闇が、冒険者の一人の足へ付着した。

 瞬間、ずず……っ、と、冒険者の体がその闇に吸い込まれ――、


「うああああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」


 吸い込まれた冒険者か、それとも近距離でそれを見届けた冒険者か――どっちもか。


 悲鳴が上がった。障害物が一切ない、見晴らしが良い遺跡跡地。

 五十年ほど前は、当時から古かった、崩れかけた建造物があったものだけど、今はその全てが風化してしまい、なにもない……ほとんど荒野である。


 フィールドバックがのそのそと歩いている。


 町まで数十キロも離れているけど、安全とは言えない。今でこそ滴る闇のフィールドバックはトカゲやワニの姿をしているが、いつでも姿を変えられるのだ。

 鳥にでもなって空を飛ばれたら町まで一直線……、しかも迎撃するのも難しくなる。


 今の段階で腰が抜けている冒険者では、とてもじゃないけど対応できないだろう。

 近くの町は……、借りている宿があるから、あまり壊れてほしくはないんだよね……。


「あまり、干渉するのは良くないんだけどね……」


 ここは人間の世界であり、私は魔女だから。できれば人間の世界での問題は、人間が解決するべきなんだけど……ただまあ、このフィールドバックを生み出してしまった発端は私たち魔女でもあるので、これは前世代の不始末、と建前を言えば、手を出してもいいのかな。


「私の用事は終わったし……今回もハズレかぁ……」


 肩を落としても結果は変わらない。だったら前向きに考えよう。

 候補地が一つ消えて絞られていると考えれば……、いやどれだけ悪魔の封印の地があると思ってるの……、これ、数十年で終わる? 下手したら数百年かかりそうよね――。


 さすがに長命長寿の魔女でも、寿命で死ぬのでは?


「あ、あんた……魔女か!?」


 四つん這いで必死に逃げてきた冒険者の男とすれ違う。

 彼は私を見て嫌悪感を顔に出したが、逡巡した後に私の足首を握り締めた。


「頼むっっ! あの化け物を、なんとかしてくれッッ! この先の町には妻と子供がいる……親も友人もっ、俺の故郷なんだ! 思い出がある――壊されたくない!!」


「それを守るための冒険者のはずだけど……」


 フィールドバックを討伐する組織だけど、目的は町を、世界を守ることであり、必ずしも討伐することではない。誘導して谷へ落とす、空高く吹き飛ばしてしまう、液体の集まりなので爆散させた後、散った液体を焼却して消滅させることも視野に入る……、まあ、成功した試しがないので方法としてはないようなものだけど。


 やはり正面から堂々と討伐するしか、フィールドバックを倒す方法はない。


 そして皮肉なことに、現在の姿はフィールドバックにとっては半端な状態だ。ほとんどが液体である……、つまり効いているようで剣や砲撃は効かないのだ。

 人間や無機物を吸収することでフィールドバックは姿を構築していき、獣感を取り入れた見た目になる……そこで初めて、冒険者の武器が通用するのだ。


 つまり、ある程度は死者と町の壊滅を受け入れなければならない。

 一定のダメージを受けてから、フィールドバックに攻撃が当たるようになるのだ――、人間が討伐しようとすれば、だけど。


 これが魔女なら話は違う。そもそも悪魔を封印したのは魔女なのだから、悪魔の残りカスから生まれたフィールドバックを討伐することは不可能ではない。

 魔女は魔法が使える……(一部の人間も使えるようだけど……大昔に魔女と交わった人間が繁栄したのかもね)その魔法が、なんであれフィールドバックの弱点である。


「頼む、助けてくれ……ッ、あんたしか、頼れる人がいないんだッ!」


「――こういう時だけ頼って、それ以外では排斥するのよねえ……」


 魔女がしたことも問題だけどさ。


「……はぁ、いいわよ。私が倒してあげる」

「よっしゃッ!」


「ガッツポーズすんなっ! あと、『ちょろいぜこいつ』みたいに後ろの仲間に親指を立てないでくれる!? いや別にいいけど……そういうのは見えないところでしてよねっ!!」


 顔が知られているとは言え、なめられているよね、私……。


 魔女がしたことを引き合いに出されると、無視するわけにもいかないのもそうだけど……。


(罪滅ぼしのためとは言え、軽々しく利用されるのも癪ね……)


 幸い、私の場合はすぐに決着がつくからまだいい。

 ……ただそれこそが、自分の首を絞めている最大の要因なんだけどね……。


 ともあれ、まずは目の前のフィールドバックを討伐しましょうか。


 ―― ――


「赤のジャンル――魔女・ドロシー・ワーク……、炎を行使するッ」


 相手を敵と認識し、三秒以内。

 私が放った球体型の炎がフィールドバックに直撃し――そして、


 爆発し、霧散した。


 当然、ただの炎の魔法であり、直撃したからと言ってこうはならない。要素を細分化し、その内の一つだけを表面化させ、それ以外を切り捨てる【カスタマイズ】をしたところで、あんな威力を出すことはできないだろう。

 カテゴリの爆破の性能を鋭利に伸ばしても、破片が散ってしまうはず……フィールドバックはその破片でも生存できるのだ。


 ただし私の『これ』は、相手を確実に絶命させる。


 どんな相手だろうと、どんなに弱く威力をカスタマイズした魔法だろうと。

 私が敵と認識し、三秒以内に攻撃を当てさえすれば、相手は必ず、死ぬのだ――。


 それが、私が抱えた呪い。


 間接的に他の魔女から仕掛けられた、悪魔の呪いである。



 そう――『先手必勝』……、先手さえ打てば、私は必ず勝利を掴むことができる。


 呪いとは言ったが、好条件な武器を得たようなものだ、と言えるかもしれない……。知った仲には、使い勝手は悪そうだけど持ってて損をすることはない、と言った冒険者もいた――。

 でも、考えてみると、大きなリスクを孕んでいたりするのだ。


 先手を逃せば、私はその人物に今後一切、攻撃が当たらない。

 当てても無意味だ――全ての威力がゼロにされるため。つまり、シンキングタイム三秒の間に、先手必勝を使うかどうかを迫られる。もしも不使用を選べば、その人物に今後一生、私は対抗する手段を持てなくなるということだ。


 だったら襲い掛かってくる全員に先手必勝を使えばいい? バカを言わないでよ――、中には無理やり操られて襲ってきている人だっているかもしれない。

 理由があって、勘違いして――そういう人に先手必勝を使うわけにはいかない。


 先手必勝とは、つまり相手を確実に殺せるという意味だ。


 生かすか殺すか、それを三秒で決めろ、と言われているわけだ。



 私の三秒で、相手の人生が決まる。

 世界が悪人で溢れていれば、どれだけ楽だったか。

 善人なんていなければ――、全員が敵だったら。


 人間はみな、どちらの一面も持っている……悪人であり、善人であり、そのどちらかであるかなんて、三秒で分かるわけもない。


 だから私は、きっと多くの善人『だったかもしれない』人を、殺しているのだ……。


 前世代の魔女がやらかしたことへの罪滅ぼし? 違うわ……、私は、私自身の安易な選択で殺してしまった人たちの罪滅ぼしのために、この世界にいる……。


 たとえ、嫌悪されていても。

 たとえ、都合良く利用されていようとも。


 ここにしか居場所がない、としても――。


 この呪いを解かず、罪を清算しないままでは、魔女の世界には帰れない。



 フィールドバックはあの一体だけだった。

 緩んだ封印の地からは、またフィールドバックが出てくるだろうが……、あの大きさの脅威となると、数十年後かな? 小粒なフィールドバックは数日後に出てくるかもしれないから……冒険者には頑張ってもらわないとね。


「さんきゅー魔女さん」

「助かったぜ、またよろしく」

「報酬はいらないよな? あんたらの不始末なんだし」


「……さっきまで腰が抜けていた冒険者とは思えない態度のでかさね」


 いいけどね。私は心が広いから許してあげる。ただ気を付けて。特に赤のジャンルの魔女は血気盛んな女が多いから、そんな態度でいたらすぐに殺されるわよ?


 町へ戻っていく冒険者たちを見送りながら、私は封印の地の闇へ――、

 そこは硬い地面であるものの、水面があるように波紋ができている。

 そこへ指をつけ、訊ねてみた。


「この呪いを持つ悪魔は、どこにいると思います?」

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