NON・ウイルスDE・ゾンビワールド
これは自論だが、人間は二度死ぬと思っている。
一度目は単純明快に生命活動の停止だ。やり直しが利かない人生の終着点である。
では二度目の死とは? それは死後、人に忘れられた時だろう。後世に名を残した偉人たちは、だからまだ二度目の死は迎えていない。となると、この世に名を残さなかった偉人以下の有象無象は、二度死んでいる、と判断できるわけだ。
まあ、忘れられた時に初めて二度目の死を迎えるわけだ、だから二度死んだことを、我々は一切、知ることもできないわけで――。
この世界にいないことが日常として馴染んでいく……。
なら、まだこの世界に存在していながら、周囲からは『いない者』として扱われている『彼ら』は、もちろん二度目の死を迎えているとは言え……、
だけども一応は、生命として登録されている。
ゾンビ、である。
生命活動を停止したはずの死者が、その腐敗した体のまま動き、生きる人間を襲う――なんて映画みたいな世界はとうの昔に過ぎている。
パンデミック直後は被害が多かったようだが、ゾンビウイルスへのワクチンが完成してからはほぼ全ての人間がそのワクチンを接種したおかげで、徘徊するゾンビに噛まれようが、感染することはなくなった。
経年劣化、と言えばいいのか、ゾンビ側の力も段々と弱くなっていき、今では肉を噛み千切るどころか、歯を突き立てる力さえない。
しかも異臭を嫌った政府がゾンビを集め、清潔を保てるように汚れを定期的に落としている。
町を徘徊するゾンビは血色が悪いところを除けば、最新のファッションに身を包む、動くマネキンである。
年齢、体型、身長、様々なモデルがゾンビとして徘徊している。だがそれでも、元を辿ればゾンビである。しかし、彼らを殺処理しようという最終判断は、遂にされなかった。
ゾンビとして、嫌悪感があるとは言え、相手には襲う力も武器もない。彼らが持つ最大脅威のウイルスは既に解明済みであり、ワクチンという対抗手段ができてしまっている。
つまり相手は丸腰なのだ。
気持ちが悪いから殺す、では、あまりにも衝動的過ぎる。
快楽殺人者となにが違う?
既に死んだとは言え、矛盾しているが、ゾンビとしては生きている彼らだ。ゾンビだからという理由だけで殺すのは、さすがに多くの人々の良心が痛んだ。
だから人間は彼らを社会に溶け込ませた。
徘徊する習性を活かし、動くマネキン、という形で。
最近では首にぶら下げたプラカードに広告を貼り付けることで、集客効果が出るようにもなっている。
徘徊するだけのゾンビでは、人々から無視されてしまうが、マネキンや広告の役割を与えてみれば、人々の視線は自然とゾンビに向かうようになっていった。
これでゾンビは、二度目の死を迎えることはない……、だが、本当に?
確かに視線を向けられるようにはなっただろう、足を止めてじっと見てくれる女性も多くなったはずだ。だけど、それはゾンビではなく、首から下げた広告や、地図、あるブランドの新商品であるファッションスタイルのモデルとして、であり、元々のゾンビという存在価値は既にないものとされているのではないか。
ゾンビがゾンビとして認識されなくなったら、それはもう、死んでいるのとなにが違うのだろうか……。
公園のベンチで座っていたら、ゆっくりと近づいてくる人影があった。
小さな呻き声をこぼしながら、首にプラカードをかけた上下をデニムで揃えたゾンビである。
カクカクとして、動きは典型的なゾンビのそれだった。近い将来、もっと滑らかに動く人型のロボットがこんな風に町を徘徊するのだろうか……、だとしたらそれを見据えた試験運用だったりして……なんて考えながら、そのゾンビが持つ広告を見る。
『過去、あなたが亡くした知り合いゾンビに会えるかもしれません!?』
・探したい人の名前、生年月日を登録していただければ、ゾンビとして生存しているか参照が可能です。過去に亡くなったご友人、ご家族がもしかしたらゾンビとして徘徊しているかもしれないと思った方、下記のサイトからご相談を!
……過去のパンデミックで行方不明になっていたのであれば、可能性はあるか。ただ日本は基本的には火葬である。土葬であればもしかしたら……、パンデミック以前の死者もゾンビとして徘徊できるようになっていたかもしれないけど……、利用する気はなかった。
もう既に、一番見つけたい人を、見つけている。
「――今日も似合ってるね、その服」
毎日、色々な服を身に着けてくれる動くマネキンだから、生前に着てくれなかった服も着てくれることが多くて、得した気分だった。
彼女は恥ずかしがり屋で、落ち着いた服しか選ばなかったから……。もちろん、肌の露出が多いきわどい服は、ゾンビとは言えダメだけど……、
それでも、色々な格好を見せてくれる彼女を見ているのは、楽しかった。
まるで、あの時のデートみたいだった。
まあ、僕が彼女の徘徊ルートを追っているだけなんだけどね。
「池の周りを一周しようか。君の歩幅に合わせるよ――」
そして、彼女が歩き出す。
生前よりは全然遅いけれど、今度こそはちゃんと、僕が足並みを揃えるから。
「もう置いていかないよ。先走って君を見失うのは、あの時だけで充分だからね」
君だけは、二度目の死は迎えない。
だって、ずっと僕が、見ているから。
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