クイズBANGUMI その2
『ただいま五十二問目ですけど、気分はどうですか田島くーん!?』
「……最悪に決まってんだろ」
ぼそっと呟いたらバニーガールならぬタイガーちゃんがくすりと笑った。
『ぜひ優勝して、最低を最高にしてくださいねっ!』
「うるせえ。で、今回のクイズはなんだよ。もう一人の……」
『人吉くんですか?』
「ああ、そいつとは別の部屋に連れてきやがってさ。まあ、これであの不毛なクイズ合戦をしなくていいなら願ったり叶ったりだったが……」
解答権は一人一回のみ……、まさかそれが、正答をした後に解答できることを含んでいるとは思わなかった。一考する余地もないだろう、クイズ番組でそれはルール破壊じゃないのか?
正答を聞いた後に同じ答えを言ってポイントが入るだなんて……誰が見るんだつまらねえ。
『(まあ、いかに相手に先に答えさせて間違わせるか、という部分が芯なんですけどね。人吉くんは早い段階で分かっていたようですけど……とは言え、やはり難しいですか……。理解していた人吉くんも結局、田島くんの正解を追っているだけでしたし)』
「全部マイクが拾ってんぞ、キャラを作るなら徹底しろよタイガーちゃん」
あわわ!? と、手に持つマイクを落としたせいか、キーン、と部屋に響く高い音。
司会席でドタバタしている彼女の姿を想像すればちょっとスカッとした。
「意外と声が低いんだなタイガーちゃん」
ちゃん、という年齢でもないのかもしれない。
「三十代……?」
『二十代ですけど』
マイクを通して、ぴりっとした声色だった……触れないでおくべきか。
『ふう……ではではっ、田島、てめえへのクイズをお届けするぜい!』
「口調が乱暴になってる!」
『いまお前の目の前には二つの壁が見えているはずだ……「A」と「B」って具合になあ』
「ああ……、突撃して破ればどっちかが正解ってことだろ? よくあるバラエティーじゃんか」
『理解が早くて結構だ。全部で五問のクイズを出す。問題と、二択の答えを提示する。
……あなたは答えだと思う方の壁を思い切り突き破っちゃってくださいねっ、田島くん!』
どうやら機嫌が直ってきたみたいだ。
熱しやすく、冷めやすい?
さっきとは違い、普通に挑んでも『解答権は一人一回のみ』ではある。クイズ番組としての欠陥が見えているわけではない。
一度、突き破れば次の部屋へ。
まさか不正解の壁を突き破っても、一旦戻って、正解の壁を破ってもいい、というわけではないだろうし……、これは最初から、どうしたって解答権は一人一回のみなのだ。
『もしも不正解の壁を突き破ってしまった場合、その時点で「このクイズで獲得していたポイント」が人吉くんに加算されてしまうので気を付けてくださいねっ!』
「……一つ質問なんだけど、まさか次に挑戦する人吉に、いま見られているのか?」
『? いいえ、人吉くんは人吉くんで同じクイズに挑戦中ですからね』
ああ、なるほど……であれば、人吉に、俺とまったく同じ問題が出題される、なんて贔屓がされることはないってわけか。しかし俺と人吉を離した、ということは、別の場所でガッツリの不正がされている、って可能性もある……。
最初から俺に勝たせる気がない……一千万は、嘘……?
――どうせ、姉貴に無理やり出場させられただけだ。
獲得した一千万も姉貴に取られるだろうし、どうしても欲しいってわけではない。
姉貴の借金なんだから、俺や妹に押し付けるなって話だ。
『準備は大丈夫ですか、田島くん?』
「はい……いつでもどうぞ」
『ではっ、二択クイズっ、壁を突き破ってどぼんかな!? 開始です!!』
「不正解の先はもしかして水の中だったりするの!?」
そういう説明は一切ないんだよなあっ、この人は!!
―― ――
――五問中、三問目を正解した……よし、順調だ。
『では、四問目です』
目の前には「A」と「B」の壁がある。
『写真の問題です』
斜め上に設置されているモニターに映るのは……クワガタムシ?
『この写真は、ヒメオオクワガタ――である』
A 〇
B ×
制限時間は十秒。
俺は答えを決め、左側——Aの壁へ突撃する。
紙を裂くような音と共に視界が晴れ、その先にはクッションがあった。
やっ、った……正解だ!
『はい、正解です、おめでとうございます、田島くん! 次が最後の一問ですよ!』
完全に勘だった、とは言わないが、それでも運の要素が多分にあった。
ここにきて二分の一を当てる運があるとなると……本当に一千万、獲得できるかも!?
『――それでは最終問題です。今回はクイズではなく、あなたのお気持ちで、どちらを選んでも構いません。しかし今後の展開が、ここで大きく変わることになるでしょうね……』
と、意味深なことを言うタイガーちゃん……。
今後の展開、ね――この後のクイズの難易度が変わるのかもしれない。
気軽に考えるのはやめておこう。ここもクイズ同様に、真剣に、だ。
運ばれてきたのは二つの箱だった。
大きい……、片方が大きくて片方が小さい、というわけでもなく……、それでも俺よりも一回り大きな箱だった。
そして、箱の隣には工事現場で見る重機が置いてあった。
伸びた先端から吊るされた鉄球は、その箱を砕くことができるだろう……。
どういう選択なんだ、これ?
『では、箱を開けてください』
さささっ、とスタッフが現れ、箱の包装を解いていく。
足下に滴る水から察するに、水槽でも入っているのかと思っていたが――違う、氷だ。
箱とまったく同じ形で固められた、氷——。
「…………え」
『さあっ、箱の中にはなんと長方形の氷がっ!? しかもその中にいるのは田島くんのお姉様と妹様でした! 氷漬けにされたお二人ですが――さて田島くん、あなたはどちらを助け、どちらを壊しますか!?』
「な、にを……、どうせ、にんぎょ」
『どうせ人形が中に入っている、と思いますか? それならそれで軽い気持ちで選んでみればいいのでは? ただし、お姉様を見捨てれば妹様と一緒に借金地獄……、反対に妹様を見捨てれば、お姉様に借金が残るだけ――。今後のあなたの人生がこの選択で決まると言っても過言ではない……そうでしょう、田島くん?』
「姉貴ならまだしも――どうして妹まで!?」
『原因はお姉様ですが、まあ、連帯責任ですねえ。家族なのですから――俺は、妹は関係ないとか言わないでくださいね? お姉様、泣いてしまうでしょうし』
「ふざけんなッッ! クイズ番組でこんなことが許されると思っているのか!? ドッキリにしたって悪質過ぎる!!」
『クイズBANGUMIですけどね』
「うるせえんだよッッ!!」
こんなもん、選ぶとしたら妹、一択じゃねえか……。だけど、姉貴の借金を、全て肩代わりするとなると、俺と妹だけじゃ――母親と父親も巻き込んで……こんなの、生き地獄だ――。
だからって妹を見捨てるなんて、あり得ない選択だ。
だったら、どちらも見捨てない。
姉貴に、絶対に借金を返済させて、俺と妹は、平穏な生活を――。
「…………棄権だ」
『はい?』
「このクイズを降りる。一千万もいらない。だから二人を返してくれ」
氷漬けにされているだけならまだ、溶かせば生きているはずだ……、
生きていてくれれば、それ以外にはなにもいらない――。
『それは難しいですね。
この氷を溶かすのは、結構な出費でしてね、番組の予算的にも救えるのは一人なのですよ』
「ふざっっ――」
『でも、私は最初から言っていたはずですけど』
マイクの先からでも、小首を傾げているのが分かった。
タイガーちゃんが、初めて牙を見せた瞬間だった。
『「解凍権は一人一回のみ」――ですよ?』
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