鏡よ、鏡

 まーた姉がネットでなにかを買ったらしい。箒に乗った配達員の男性が、三人がかりで大きな長方形の箱を持っている……、

 それを城の窓から、私たちの部屋へ運び込んだのだ。


 窓の形は自由自在なので、窓よりも大きな荷物も運び入れることができる……、玄関前に置いておいてくれれば、対面することもないのに……まあ、この姉なら「ちゃっちゃと運んじゃって」と命令するよね。


 アクティブでコミュニケーション能力が高い。ほんと、私と正反対だよね。


「……ねえお姉ちゃん、それなに」

「鏡よ!」


 鏡……、え? 鏡? 姿見ならそこにあるけど……、もしかして私のだと思ってる? 別に、共用だから、私から借りてることに後ろめたさを感じなくてもいいのに……。


「違うわよ、あれは一緒に使うやつって言ったでしょ。わたしが買ったのは、鏡は鏡でも、ただの鏡じゃないのよ――ほら、大きいでしょ!」


 うん、大きい。過ぎるね。箱の四方がばたばたと倒れて、出てきた鏡は薄いけど上に高い。お姉ちゃんの姿は鏡の下側、三分の一の面積にしか映っていないじゃない……、半分から上の、なにもない空間を映す面積はいらないでしょ……なんのための大きさなの?


「魔力が詰まってるから大きいのかもね」


「いま、大容量でも小さくコンパクトになってきてるのに?」


 いつの時代よ……、音楽を一万曲も入れても、魔法アイテム自体は手の平サイズで収まるほど高性能になってきているのに――、なんでこの鏡はこんなにも無駄に大きいのよ。


「鏡に、鏡以上の性能があってもいらないでしょ」


「もーっ、文句ばっかり! わたしが買ったんだからいいじゃん! そこで見てなさい、わたしが楽しんでいるところをじっと見ているがいいわ、貸さないからね!」


 借りないっつーの。でもまあ、共同部屋だし? 後ろからどんな機能を持っているのかじっと観察するのはいいかもしれない。

 カメラを回して公開すれば、開封動画として視聴数を稼げるかな? 開封動画でなくともお姉ちゃんが映っていれば稼げるけどね……。


 お父様に禁止されてるからしないけど……というかできないけど。


 一応、一国のお姫様だし。


 お姉ちゃんが鏡の前に立ち、両手を合わせて、


「鏡よ鏡、世界で一番、美しいのは、だーれ?」


 と、聞いた。

 え。確かにそんなお話があったと思うけど……もしかしてそれを再現した鏡?


 ってことは、つまり、今はこの鏡は世界中の人を検索しているってこと……?

 常に変動し続けている世間に合わせて検索しているなら、ネットに繋がないと過去の結果が出てきちゃうと思うけど……、そういうことに疎いお姉ちゃんが設定しているとは思えない。

 ――でも、鏡が、「検索中……、検索中……」と言い続けているので、問題なくステップは踏んでいると見てもいいのかな……?


「わくわく」

「…………」


 お姉ちゃんが肩を弾ませている……けど、検索中が長いな……、残り何分、とアナウンスでも出れば気が楽だけど、そういう数値もないし……、世界中の人間を検索しているなら相当な時間がかかるのかな? まさか300分とか言わないよね?


「検索中、けんさくちゅ」


 と、鏡の声が途切れて……お、答えが出たのかな?


「エラーです」


「なんで!?!?」


 お姉ちゃんが鏡面に額を激突させた。……危ないから割らないでよね。


「鏡よ鏡っ、世界で一番っ、美しいのはだあれッッ!?」


 と、苛立った様子でやり直すお姉ちゃん……、そんなに知りたいの? やってみたくなるシチュエーションではあるけどさあ、子供だったらの話じゃん。

 私たち、もういい年齢だよ? まだお酒こそ飲めないけど、それなりに理想と現実を知ってるしさあ。


 お話のワンシーンを再現しても嬉しくないでしょ。


「検索中、検索中……けんさ、く、ちゅ――」

「世界で一番美しいのはわたしでしょ!?」

「誘導尋問でしょそれ」


 言わせてるよね?


「エラーです」


「なぜに!? 説明書は――いいっ、いらん! クレームを入れてやる会社はどこだぁ!!」

「お姉ちゃん、説明書があるならまず私に見せて」


 左右に垂れたツインテールが上へ向いている……、

 お姉ちゃんは相変わらず短気だなあ。


 上手くいかないと、納得がいかないと、そうやって周囲へ八つ当たりをする。冷静に考えれば分かることもすっ飛ばして、鬱憤を晴らそうとする……、そんな女の子が名指しされるわけもないけど、まあせっかく買ったし、ちゃんと手順通りに従って利用してみよう。


 私も、この鏡に興味が出てきた頃だ。


「見ても分からないと思うよ。字、ばっかりだったし」

「お姉ちゃんはね。……だってなにが書かれていても『同意』をするでしょ、お姉ちゃんは」


「だって、同意しないと進めないし」

「たぶんどこかで痛い目を見るよね、お姉ちゃん」


 というか私にそれで何度かやられてるはずだけど、忘れてる?

 まあ、同意を覆されたことも何度もあるので、勝敗が混ざっているのかもしれないけど。


 とにかく、説明書を読んでみる……、


「ふむふむ、なるほどねえ」

「え、分かったの? 壊れてるよね、会社にクレームだ!」


「壊れてないから。

 ……えーと、お姉ちゃんのやり方だとね、範囲が広過ぎるみたい」


「?」


「だからね、世界で一番美しい、だと、指定した範囲が広過ぎるの――それと、『美しい』も曖昧な表現だし、一つ一つを、定義していかないと鏡も答えを出せないよ」


「??」


 お姉ちゃんは首を傾げ過ぎて、体全体が傾いている……、もう倒れそうだった。


「つまりどゆこと」

「たとえばね――」


 私はベッドから下り、鏡の前へ。


「鏡よ鏡、この部屋で『髪が長く、色白の肌で、身長170以上の――ライラ・グリモエル以外の最も美しい女性』は、誰ですか?」


「はい、あなた様、レイラ・グリモエル様です」


 と、私の名前が導き出された……ほら。


「ここまで設定すればちゃんと探してくれるよ……ほら、お姉ちゃんも」

「う、うん……」


 美しさ、なんて相対評価だ。

 単独で見れば、主観による差が出てくるのだから、漠然と、最も美しいのは誰? と言われても、答えなど出せない。

 だから細かく設定してあげればいい……、美しいの定義とは? 


 私からすれば高身長で色白の肌を持つ人が美しいの条件であると思っている……容姿、主に顔は重視しない。化粧でどうこうできるし。体型だって、太っているなら走ればいいし、痩せているなら食べればいい……、自由自在に操作できる部分をピックアップして、あの子はブサイクだ、とは思えない。


 それに、人間一人を連れてきて、この子は美人だ、ブサイクだ、とは判断できない。ブサイクが隣にいればその子は美人だし、隣に美人がいればその子はブサイクだし……、二人以上がいて初めて判断できるのだ。

 私たち人間は感情があって、だから好みがあるからこそ、ぱっと見て判断できるけど、この鏡は違う。あらゆる要素を見て比較しないと、答えを出せないのだ。

 だから最低限、『範囲』、『比較対象』、『美しいの定義』を教えてあげなければ、鏡だって答えは出せないのだ。



「鏡よ鏡……、えっと、この世界……じゃなくて、この国で、えーっと、金髪でツインテールで、身長が160センチ以下で……、ば、ばすとが……(ごにょごにょ……)で、健康的な生活を送っていて視力が2以上の双子のお姫様の片方で最も美しいのは誰!?!?」



「はい、あなた様、ライラ・グリモエル様です」


「――ぜんぜんっ、嬉しくないっ!!」


「だってもう、お姉ちゃんの要素を羅列してるだけだもん」


 美しいとか関係なく、誰が聞いてもお姉ちゃんって答えるでしょ?

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