クイズBANGUMI その1

「――さぁさぁさぁッ、みなさん一年ぶりです、今年はバニーガールならぬ寅年限定ッ! 虎模様のきわどい水着衣装で司会を務めさせていただきますっ、タイガーちゃんですよっはい拍手ぅうううっっ!!」


 客席からぱらぱらとまばらな拍手が響いてきますが、まあいいでしょう。拍手と笑い声、歓声はこっちで勝手に編集できますからねっ。

 素人に満足な番組協力をお願いしてもクオリティは目算よりもかなり下で着地しますし。


「どうもどうも――はいはいっ、私が喋りますので拍手はおしまいでーすっ! さてみなさん、今回のこの『クイズBANGUMI』は、去年から大幅の改変をおこないまして、外と中から大工事をしています。去年までとはちょっと違ったクイズ番組――いえいえ、クイズBANGUMIを楽しんでいただけたらと思いますぜい! 

 しかもしかも、優勝賞金はなんとなんとの一千万! あなたならなにに使いますか!? 借金を返すもよし、手が届きそうになかったマイホーム!? それとも高級車でしょうかっ!? もちろん貯金でもいいでしょう! 使い道は人それぞれ! 勝者につまらない文句をつける人間がいたら、私が『がおー』と食べちゃいますよーっっ!」


 あっははは、と笑い声が次第に増えてくる。

 現場が温まってきたところで、そろそろ解答者を投入しておきますかねー。


「今年の挑戦者は二名ですっ、一対一のサシの勝負! 予選もなにもなく、完全なくじ運で選ばれた年始一の運がある挑戦者がぁっっ、この二人だぜっっ!!」


 ばばんっ、という音と共に、会場が暗転。スポットライトが舞台の袖に当たり、恐る恐る、と言った様子で入ってくる二人の青年……、

 スタッフの合図で出てきたから、段取りは間違ってはいないはずだけど、やっぱり不安が残るのかしら……、緊張してる?


「あはは、ガチガチなお二人ですねー。どうぞ、目の前の席にお座りください」


 立方体の机が舞台上に二つ並んでおり、椅子に座った彼らの真上には大きなモニターが設置されている。クイズに答えて稼いだポイントが映される予定だ。

 ちなみに私は舞台の左手側の司会者席に立っている……、

 もちろん視聴者側から見て左だからねっ。


「はい、あけましておめでとうございますっ。お二人の自己紹介、お願いしてもいいですか?」


 大学生くらいかな? 青年二人が「あ、はい」と声を揃えた。


 二人で目を合わせて、どっちから? と迷っている様子でしたので、仕方ないので私が勝手に決めさせてもらいました。私に近い方の、明るい雰囲気を持つ青年から。


「あ、はい……田島たじま光世こうせい、です……出身は千葉です」

「はーい、田島くん、と……ではそちらの方は」


 暗いイメージ、でしたけど、次の青年の声色は明るいようですね。


人吉ひとよし佐助さすけ、二十歳っす」


「人吉くん――ありがとうございます。お二人はこの番組を見たことはありますか?」


「いえ……」と田島くん。

「はい、去年のは見ました」と、人吉くんが続けてくれた。


「あら、見ていないのに応募してくれたのですか? しかも当選するなんて……ラッキーですね田島くん! もしかしておみくじは大吉でした?」


「……応募は、姉が勝手に、ですけど……」


 ついでに、末吉ですよ、とも答えてくれた。

 触れづらいのでスルーしますねー。


「お二人にお聞きしますが、優勝賞金の一千万円の使い道はどうしますか!?」

「…………金を……」


「はい? ……ごめんなさい、ピンマイクがついているとは言え、ある程度は声を張っていただけると、ですね――」


「姉の借金を返すためです」


 と、田島くんが言った。……お姉様が勝手に応募した、というのはそういう目論見があったわけですね……、こりゃ家族全員を応募しているんじゃないだろうか。数を撃てばどれか当たるだろうと――で、目論見通りに弟さんが当選したわけですか……。

 お姉様にとっては運が良い、ですけど、弟さんからしたらいい迷惑、かもしれませんね。


 優勝賞金がある以上、個人にギャラは発生しないわけですから。


「そ、そうですか……ゲットできるといいですねっ、一千万円!」


「はい、ゲットしますよ。じゃないと家庭崩壊ですから」

 

 ……おいおい、公開収録で脅してくるなよ……。

 司会の私も、対戦相手の人吉くんもやりづらいだろうが……っ。


「そ、そうですか――じゃあ、人吉くんの使い道は?」


「投資です。これを資金にしてさらに増やしますよ。一千万なんて、使えばすぐになくなるもんなんで、なくならないぐらいに増やすつもりっす――絶対に勝ち取ってやりますよ!」


 ぐっとガッツポーズを取る人吉くん……、やる気はいいけど空気を読んで! 

 隣に一千万円相当の借金を抱えている挑戦者がいるから!


 あはは……、と引きつった笑みを見せていたようで、スタッフさんからカンペで「次!」と指示が出ていた。……ふう、と深呼吸をし、表情を戻す。

 二人の状況は分かったので、だからと言ってどちらかに肩入れする、という贔屓はしない。

 司会としてそれはタブーだ。


 若干、田島くんに頑張れと思ってはいるけど……、

 顔に出てもルールを越えて手助けをしなければ大丈夫よね?


「それでは、クイズの方へいきたいと思いますが――、最低限のルールを説明しておきましょうか。お二人の手元にあるボタンを押して、ランプが光ってから答えを言っていただく形式になります。古き良き、みなが知るスタンダード、ですね。

 そして重要なポイントが一つあります……、

『解答権は一人一回のみ』です。よろしいですか?」


 視線を向けると、解答者の二人がこくんと頷いた。


「はい。それではお二人とも、一千万円を懸けた大勝負、始まりますよーっ!!」


 ―――

 ――

 ―


 それでは問題1です。日常生活から出題です。


【山手線の駅数は三十……ですが、

 京浜東北・根岸線の駅数は、いくつでしょうか!?】


 早速、ボタンを押したのは……田島くんでした。

 ――ピンポンっ、と高い音が鳴り、彼の目の前のランプが点灯します。


「四十七!」


「はい、正解です!」


 田島くんの真上にあるモニターに、10ポイントが加算されました。

 すると、再びピンポンっ、という高い音。ランプが点灯しているのは人吉くん。


「え?」

「四十七」


「はい、これまた正解です!」


 人吉くんのモニターにも田島くん同様に10ポイントが加算されました。


「…………」

「ボタンを押すのが早かったですねー、知っていましたか、田島くん」

「……まあ、電車は好きなので……」


「なるほど、得意ジャンルが真っ先にくるなんて、運が良いですね……。

 ではこの調子で次の問題も正解しちゃってくださいっ」


「…………まあ、はい」


 首を傾げながらもボタンに手を添える田島くん。

 人吉くんも視線を落として耳に意識を持っていっているようです。


 すごい集中力……では、問題2へ。


 こちらも日常生活からの出題です。


【スマホやパソコンなどで作成したデータを、

 別の端末に入れて使えるようにすることを、5文字でなんと呼ぶ?】


 この問題は、二人の手が止まりました。

 しかし先にボタンを押したのは……田島くんでした。

 彼は、えーっと、と僅かに言い淀みましたが、


「インポート」


「はい、正解です!」


 ――ピンポンっ。


「え?」


 そして、次に人吉くんのランプが点灯します。


「インポート」

「人吉くんも正解ですね!」


「――待てよっ、なんでお前も答えてんだ!?」


 と、田島くんが立ち上がって叫びます。

 えっと……、借金があるから、ちょっと熱しやすいのかな?


「そんなもんは関係ない! どうして正解した俺の後に、こいつが答えて同じように正解なんだって聞いてんだよッ!!」


「だって押せるし、答えられるし……問題あるか?」

 

 人吉くんが肩をすくめます。ええまあ、間違ってはいませんよ?


「あるだろ……、これじゃあ、いつまで経っても同数のポイントが続いて、勝負なんかつかねえよ。同じ問題に二人で正解していたら、ハラハラドキドキするシーソーゲームなんかできるかぁッッ!!」


 だんっ、と拳を振り下ろした先がボタンで、ぴんぽんっ、という緊張を弛緩させるような音が響いた。


「まあまあ、田島くん、落ち着いて。人吉くんは文句なんて言っていませんよ?」


「実際、あいつは本来なら0ポイントだからな!? 

 こんな欠陥しかねえクイズのおかげで余裕が保っていられるのかもしれねえけどっ、リードしてるこっちからしたら、先に答えて損じゃねえかっ!」


「損ではないでしょう、ポイント、入ってますよ?」


「入ってるのは、そうだけど……っ! 

 お互いに20ポイントなら、開始直後の0ポイントと変わらねえよ!」


 困りましたね……、こんなところで中断するクイズではないのですけど……。


「どういうルールなんだよこのクイズ番組はっっ!?」

「あ、クイズBANGUMIです」

「どっちでも変わらねえよ!」


 声を荒げる田島くん……さてどうしましょうか。

 生放送ではなくて良かった、と心の底から思いますね。収録ですから、カットすればいい……ですけど、序盤も序盤なので、カットするにしてもこれなら仕切り直した方が……。


 いえ、トラブルも使い方、なのかもしれませんね。


「ですが、ルールは先ほど言いましたし……、お二人が頷いたので、先に進めたのですけど」


「ルールだと?」


「はい。

『解答権は一人一回まで』――、ですから。

 お二人とも、この二問中、一回しか解答していませんよ?」

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