第9話 うちのクラスの委員長は眼鏡をかけていない

「洋介、どっか寄るか?」


 ホームルームが終わって、放課となった高校の教室。メールをチェックしていた俺に、勇人は話しかけてきた。


「悪い。ちょっと用事ある」

「何? デートか?」

「ああ」

「マジか。委員長とデートか?」

 何を言ってるんだ?


「洋介。私とデートなの?」近くの席に座っていた委員長が、クスクスと笑いながら訊ねてきた。

「瑠璃姉、部活だろ」俺は真顔で返す。


「じゃあ、誰だよ」勇人が訊いてくる。

「祐実ちゃんとデートなのよね」俺の代わりに瑠璃が答えた。

「妹ちゃん?」勇人は俺の妹の名前を覚えていたらしい。

「そうだよ」


 勇人は俺の友人の一人。飯島勇人。俺と同じく部活に入っていない帰宅部。暇な放課後にたまに一緒に遊んだりする。


 瑠璃は俺の幼馴染み。三塚瑠璃みつかるり。家が近所で、妹の祐実とも仲良くしてもらっている。祐実が瑠璃姉と呼ぶので、俺もたまに瑠璃姉と呼ぶことがある。

 瑠璃はクラスの委員長をやっているが、眼鏡はかけていない。


 前に「委員長なら眼鏡をかけたら?」と言ってみたが、笑われただけだった。ロマンをわかってくれない。委員長でたおやかな少女とくれば、後は三つ編みと眼鏡だろ。

 実際の瑠璃は、視力も良ければ、三つ編出きるほど髪は長くない。優等生キャラではなく、スポーツキャラだ。

 現在、弓道部に入っている。学校外では剣道と居合の道場を掛け持ちしている。剣道と居合の掛け持ちは、上級者には特に珍しいことではない。


「仲が良いんだな」勇人が言った。

「普通だろ?」

「俺は姉貴と出掛けたりしないぞ?」

姉弟きようだい仲良くしないとダメだぞ?」

「仲悪くないわ。普通だ。普通、兄妹きょうだいで出掛けたりしない。デートとも言わない」

「いや、妹とデート位するだろ。普通」

「普通の定義が違いすぎる」勇人が唖然としたように言った。

 それは俺の台詞だ。


「ここの兄妹は仲良いから」瑠璃がうらやましそうに言った。

「委員長とこは?」

「私は兄弟いないから」


 瑠璃は一人っ子だ。兄弟が羨ましいらしく、子供の頃から家が近所の俺たち兄妹を弟妹ていまい扱いしてくる。

 祐実はともかく、俺を弟扱いするのは納得いかない。

 俺の方が、誕生日早いの知ってる筈なのに。


 瑠璃は部活に行くから、と言って教室から去る。

 俺たちも帰ることにした。

「じゃあ、俺も帰るから」

「妹ちゃんによろしくな」

「ああ」

 勇人とも別れる。


 校門を出てから、もう一度メールをチェックする。

 祐実との待ち合わせにはまだ余裕がある。

 一度家に帰って、着替えることにする。


 逢魔が時おうまがときまであと少し。

 少し暑くなり始めた春の終わり。


 今日のデートはあまり楽しくなさそうだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る