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その時だった。
”ホワイトリリーよりナオミへ”
暗号秘匿回線を通じて、そんなメッセージが私に届いたのだ。
「!」
ナオミ……私の本名を知っている人間は、少なくともSNSにはほとんどいないはず。しかも、相手は自分を「ホワイトリリー」と名乗っている。だけど、今の「ホワイトリリー」は私だ。この「ホワイトリリー」は、いったい誰なのだ……
その瞬間、私の脳裏に閃きが走る。
まさか……
”リナなの?”
私はそう返信した。
”ええ。やっぱりナオミなのね。でなければ「ホワイトリリー」を名乗ったりしないって思ってた。わたしは今は敵の手先となって、あなたと同じように情報戦を担当している。でもね、祖国を忘れたことは一度もなかった。今からわたしは「トロイの木馬」になる。最初からそのつもりだったの”
それに続けて、彼女は敵の航空機用データリンクの暗号キーと周波数ホッピング(無線通信のチャンネルを次々に変えて傍受をしづらくする手法)のアルゴリズムを伝えてきた。
涙が頬を伝う。リナは生きていた。しかも彼女は自ら敵軍に取り入り、「トロイの木馬」となったのだ。
「トロイの木馬」というのは、無害なソフトを装ってコンピュータに侵入して情報を盗んだりするタイプの不正ソフトウェアのことだ。かつてギリシャ軍のオデュッセウスが、兵士達を無害そうに見える巨大な木馬に潜ませ、難攻不落のトロイ城内に迎え入れられるように仕向けた。そして城内にまんまと侵入したギリシャ兵たちは頃合いを見計らって木馬から出て、城門を開き味方を呼び寄せ攻撃を開始し、見事トロイを占領したというギリシャ神話のエピソードにちなんでいる。
だけど……そんな機密情報を漏らしたことがバレたら、彼女はいったいどうなるのか。
”お願い、リナ、自分を大事にして。もうこれ以上のことはしなくていいから”
”わかってる。わたしもこれ以上のことはできない。ナオミ、いつかまた会えたらいいね。それじゃ、元気でね”
そこで通信が切断された。
リナがなぜデータリンクの情報を伝えてきたのか。おそらくこれは無人爆撃機を地上からコントロールするために使われるものだ。
もちろんこの情報をそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。だが、それが正しければ敵のデータリンク信号を傍受することができるはず。さっそく私は受信機に得られた情報を設定してみた。
「……!」
間違いなかった。データリンク信号の
しかし、時間がない。爆撃機隊が首都上空に到達するまで、あと5分。「ラプラス」の能力をもってしても、それだけの時間で制御信号を完全に解読するのは不可能だ。
だが……
何も完全に解読する必要はない。ある程度解読できれば、敵の行動を攪乱することはできるはず。
方針は決まった。私は「ラプラス」の能力をフルに発揮させ、敵の制御信号を集めて学習させる。そして……上空到達まであと1分にせまった、その時。
予めこちらからのSNSの呼びかけに応じた市民たちによって見つけられた、首都市内に生き残っているあらゆる電波アンテナを使って、ニセの制御信号を真のそれを上回る強さで送信する。
やがて。
首都の郊外上空に、次々に花火のように炎が上がった。まるで昼間のように地上が明るく浮かび上がる。
爆弾を満載した無人爆撃機がニセの制御信号を与えられて暴走し、空中衝突を起こしたのだ。一機、また一機と、火の玉と化した敵機が墜落していく。結果、全ての敵爆撃機が失われることとなった。
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