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 戦局は膠着状態にあった。戦力は攻め込んでいる敵の方が圧倒的に上だが、地の利はこちら側にある。加えて、情報戦もこちらの方が優勢だ。もちろん敵も対抗して、フェイクの情報を流したりサイバー攻撃を仕掛けたりしているが、全てこちらの予想の範囲内。対処も容易だ。


 しかし。


 ここにきて、我が国に対する無差別爆撃を計画している、という敵の公式発表があった。我が国の首都を爆撃機で絨毯じゅうたん爆撃するという。


 これは国際法に違反する行為だ。もちろん過去にそのような実例があったのは確かだが、スマート化された兵器により精密に軍事施設だけを狙うことができる現代では、非戦闘員である一般市民まで明確に攻撃対象にしてしまったら、間違いなく国際的に非難を浴びることになる。


 ところが。


 敵はとんでもないことを言い出した。一般市民もSNSでOSINTに協力することで、情報戦の一端を担っているではないか。だから彼らも軍事行動に参加している。非戦闘員とはみなされない。従って攻撃も許される。それが嫌なら、今すぐ情報収集活動をやめよ、と。


 なんということだ……


 私は頭を抱えた。私がしてきたのは、一般市民を戦争に巻き込み、危険にさらすことだったのか……


 SNS の中で、私はOSINTに協力してくれたユーザーたちに、もうこれ以上情報提供しなくてよい、と告げた。みなさんを危険に晒すわけにはいかない、と。


 だが……


 彼ら彼女らの情報提供が止まることはなかった。国を守りたい。そのために、自分ができることならなんでもする。そんな気持ちが痛いほどに伝わってきた。


 涙があふれてきた。こうなったら、私が彼ら彼女らを守るしかない。私は「ラプラス」と共に、敵の戦略を予測した。


 おそらく敵はステルスの無人爆撃機を使うはずだ。そして、攻撃を仕掛けてくるのは、新月の夜。闇に紛れて首都を爆撃するつもりだろう。


 暦の上では明日が新月だ。だが、既に月はかなり欠けている。今夜にも攻撃が行われるかもしれない。とはいえ、こちら側の迎撃手段は皆無に等しい。戦闘機部隊は壊滅状態だし、SAMもAAA(対空砲Anti-Aircraft Artillery)もほとんど残されていない。そもそもステルス機に対して誘導兵器は有効ではないのだ。


 暗闇の中で目視も難しく、電波でも赤外線でも捉えるのは困難なステルス機。だが、その尻尾をつかむことも、OSINT ならできなくはない。


 そう。ステルス機にも尻尾があるのだ。エンジン音、と言う。


 いかにステルス機と言えど、エンジンの音を消すことまでは不可能だ。だから、飛行機のエンジン音を聞いた、という報告が SNS にあれば、そこからステルス機の位置を推測することができる。


 果たして。


 既にそのような報告がSNSにぽつぽつと上がり始めた。位置情報と照らし合わせて、私は敵爆撃機の侵入コースと速度を特定、首都上空到達予想時刻を算出する。あと約十分。


 私はありったけの対空戦力をかき集める。だが、報告によれば敵爆撃機はゆうに10機を超える大編隊であり、しかも1万メートル以上の高高度を飛行中、とのことだった。そんな高度ではSAMもAAAも届かない。


 このままでは首都が火の海になってしまう。どうしたらいいんだ……

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