第44話 しあわせを願う

 僕を含めて誰一人彼女の言葉を遮ろうとする者はいない。



「……そう、わえの生まれは遥か遠くの北国……名前は忘れた」


「……やっぱり、テメエはプレイヤーじゃなくて、NPC……って奴なんだろ?」


「……うん」



 ユメちゃんがNPC……つまりこの世界で生まれ育ったということは、ヘラルの姿や声が聞こえていたのか?



「……それで、わえにも親が……居たんだけど」



 そこからユメちゃんは言葉を詰まらせて、何か考えているようだった。



「実際のところ、わらわ達フェンリルでも知らない事は多い……特にまだお主の本名も知らぬしな」


「……わえに本当の名前なんて……無いよ」



 ……無い? じゃあユメって名前も……偽物?



「──だって、名前を付けてくれる人は……誰も居なかったから……」



 陰鬱な空気が場を呑み込んだ。それを言った本人でさえ言わなければ良かった、と言いたげに見えた。



「……わえの親は……様……」


「……女神が、親?」



 ヘラルが沈黙に耐えられなくなったのは言葉を漏らし、一つ質問をした。



「その女神の名は……?」


「……周りからは……って呼ばれてた」



 雪女……か。言われてみればユメちゃんが使っている魔法も氷だったし、どことなく纏っている雰囲気も似ているかもしれない。



「……ッ、ごめん。ユメちゃん……俺は」


「……いいよ、気にしないで。……あれは、お母さんじゃないから……」


「何があったの……僕達に教えてくれよ」


「……先に、話の続きを話すよ」



 夜になって急激に気温が落ち込む。さらに周囲には魔物の気配も存在しない、僕達6人しかこの世界に存在していないかのような錯覚を感じさせられた。



「……わえは幸せだったよ……7年前に、殺されるまでは……」


「殺される? どういう事だ、テメエはまだ生きて……」


「……雪女なんて神がこの国に紛れている……そんな、噂が広まって……わえのお母さんは……皆に殺されちゃった……」


「そんな話……聞いたことないわ」


「……うん。だって皆が……証拠を消そうとしたから……見てよ、ここまで……やってきたんだよ」



 ユメちゃんは服を捲り、今まで衣服で隠れていた部分を顕にする。

 左腕の関節に出来た大きな傷。傷の前後で不自然な程白い肌が逆に目立つほどその傷は痛々しかった。



「……これと同じ傷、右腕にも……両足にもあるんだあ……わえのお母さんは人に殺されて……わえも殺された……が助けてくれなかったら……」


「あの人って誰。ワタシに教えて……見えてるんでしょう!?」


「……イヤだ。だって……人はわえを甚振って……指も一本ずつ丁寧に……そんな風になっちゃったのは……なんでだと思う?」


「それは……」


「──人が悪魔なんかを信じちゃった……から」


「なるほどなァ、腕も足も義肢だった訳か。だからプレイヤーを偽り続けられたってことなんだな」


「つまり……虐殺を行ったというのはお主で間違いないのだな?」



 ユメちゃんは指先を向け続けるシェンとニーダを横目に見ながら、僕に言葉を送った。



「……天汰君は友達だから殺さない。でも……悪魔のヘラルちゃんは許せないな……殺したい、なんて……わえには似合わない……かな?」


「へっ、テメエより幼い少女を殺したいだの本性を現したな」


「貴方を射殺するわ。横にいる男も庇ったりしたら貴方も狙うことになるわよ」


「──アワれ、だ」


「……今までぜーんぶ、わえはあなたに言ってたんだよ……?」


「……我の同志がいたとはな。空から見下ろすのも飽きてしまってな」



 ユメちゃんはその女に向かって顔を埋めるように抱き締め、ソイツの顔を見上げて微笑んだ。



「我は


「面倒な事になっちまったな。ニーダ、それを降ろせ」


「……女神が何の用よ?」



 イザナミと名乗る女神は、たしかに僕が斬りかかった女神と同一人物のようで、僕の与えた傷もそのまま胸に残っていた。



「いや? 余りにも我々の子が哀れだったもんで、手助けしようと思っただけだ」


「……イザナミさん。そっちの二人は……お願いします。わえは友達と……話し合いたいですから……」


「ふっ、ではそうするか」



 イザナミは瞬きの間でユメちゃんの隣から消え去り、フェンリルの二人を薙ぎ払った。



「【炎輪】」


「グッ、ニーダ無事か?」


「……どうやらわらわ達でイザナミを殺らないといけないみたいね」



 そう言うと二人は無から刀を創り出し、女神に斬りかかった。



「……天汰君? あなた達はこっち……だよ?」


「意味が分からない。何回も聞いてるけど、どうしてこんな事にしたんだよ!」


「……時期が、良かったのかな」


「そうじゃなくて、なんで僕達に言ってくれなかったんだよ! 友達なんだろ、一緒に抱えて生きてこうって言ってくれれば良かったんだ……」


「……あはは……甘いね、天汰君。ケイちゃんもカエデにも……無理だよ。……だってわえと生きてる世界が違うから……こんな重い事伝えたって長続きしないって」


「…………」


「なんか言えよカエデさん! 何年も共闘してきた友達じゃないのかよ!?」



 カエデさんは何も話そうともしない。そんなカエデさんに苛立ちはしたが、まずはユメちゃんの方だ。



「友達だから……だよね。いつかはわえを……忘れようとする。わえと生きる時間が、足枷にはったら……困っちゃうよ」


「だからって……」


「遊びは……ここでおしまい。友達の幸せを願うのが……友達なんだよ、天汰君」


「違う……『友達は隠し事をしちゃいけない』。まだ話し合えてないじゃないか!」



 僕は一歩足を踏み出し、ユメちゃんに向かって駆け寄る。

 まだ僕とユメちゃんで話し合ってない事だって沢山あるんだ。


 僕とユメちゃんなら、もしかしたらお互いを助け合えるかもしれないのに。



「【反射リフレクション】」


「ガハッ……!」



 僕はカエデさんに腹を殴られ、骨を折られた激痛が全身を襲い、その場で蹲る。



「……俺も覚悟は決めた。ユメの邪魔はさせない!」


「……ラル……い……け」



 カエデさんにギリギリ聞こえないくらいの声量で、ヘラルに指示を出す。

 ヘラルは僕の声を聞き、服からそっと抜け出しユメちゃんに特攻を仕掛けた。



「ワタシを恨んでいるかもしれないけど、ワタシ達にも目的があるの! 邪魔をしないで!」


「……そうやって、わえの仲間をどれだけ……殺してきたの」


「ユメ!? 誰に襲われて──」


「──僕が、相手だろ」



 僕にとって怪我は耐えれば治るものなんだ。今更、カエデさんに殴られたって焦ったりするもんか。

 カエデさんは口ではああ言っているが、戸惑いが隠し切れていない。


 カエデさんらしくもある優しさを敵にぶつけてしまうなんて、僕達は激甘だね。

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