第45話 神の子は希望を抱いて

「手加減は無しですよ、カエデさん」


「当たり前だ!」



 カエデさんの戦い方は基本的に拳だ。反射ならある程度のリーチは伸びるけど、剣と魔法を主に使う僕からしたらそれでも射程は短い。



「【火炎球】だ!」


「【反射リフレクション】!」


「当たらないですよカエデさん!」



 やはり、距離さえ詰められなければカエデさんには勝てる。

 ただ、勝つことは目的じゃない。むしろ、勝敗を付けないために説得することなんだ。



「カエデさん……どうしてユメちゃんの手助けをするんですか」


「……俺がユメの気持ちを尊重したいからだ! それ以外に何かあるか?」


「一番尊重すべきなのは自分の感情ですよ、カエデさん」



 僕は腰に携えた剣を抜き、レギナエの姿勢を取った。。



「カエデさんはこれでいいんですか。ユメちゃんがしようとしてることは裏切りだ」


「俺は裏切られたなんて思ってない! 少なくとも俺とケイは、ユメに幸せになってもらえるなら──」


「──幸せになれる訳ないだろッ! 何年も過ごしてきた友達を捨てて……それでどうなるんだよ。友達ならあと一歩踏み込まないんですか」


「もうやめよう。俺とお前じゃ……対話にならない。拳で語り合おうぜ」



 拳同士って……しれっと有利取ろうとしてきたな。

 でも、それでもいいかな。僕の敵はカエデさんでもユメちゃんでもない。本当に倒さないといけない相手なんて今は存在していないから。


 近くにいる女神は……フェンリルの二人が倒してくれるだろう!



「そーやって逃げるんですか。ユメちゃんは家族が居ない……ユメちゃんの周りにいるのはカエデさんとケイさんだけですよ」


「……そうしたのは悪魔のせいだ。……わえの家族を……お母さんを返してよッ……!」



 ユメちゃんが怒った。僕はカエデさんだけに話してたつもりだったけど、聞いてくれてたなら都合が良いや。


 僕もユメちゃんに言いたい事があったし。



「ユメちゃん、その主張はすっごく分かる。僕もこのクソ悪魔に勝手に転移させられたしね」


「ク、クソ……え、天汰はそう思ってたの?」



 ヘラルには悪いけど、ここ数日のストレスの吐きどころにさせてもらうね。

 全部悪魔のせいなのは共通してる訳だし。



「僕の父と母は生きている……だけど、この世界に居ない。僕もある意味孤独だ、テュポーンズの皆が居なかったら」


「……わえは、お母さんだけが居れば……それで良かったのに……」


「やっぱりユメちゃん、ノープランだよね。言ってる事とやってる事が滅茶苦茶だ」



 暗闇に紛れてヘラルと殴り合いをしているユメちゃんの表情を読み取れなかった。

 しかし、どうにもならない怒りを僕にぶつけようと必死な様子に見えた。



「……が言ってた。上手くいけば……お母さんを……蘇える」


「はっ、? 無理だよ。蘇生なんて禁忌は不完全そのもの……器も無ければ魂も無いんだから」


「……ヘラルちゃんは、知らないの? ……器は……あの人が用意してくれる。……わえの身体みたいに……クローンがある」



 クローン……ツバキやダイアさん、そしてゼルちゃん。あの三人と同じように、様々な形で量産されているんだろうか。



「でも、魂なんて……どう準備するんだ。基になる人物が死んでたらコピー出来ないんじゃ……」


「……天汰君。魂だけは……作れないんだ。……でも、わえが……いる」


「…………くっ」



 そういう事なのか。カエデさんも事前に聞いていたのだろうか、心なしか顔が青ざめて見える。



「……わえは、決めていた。……一年前にわえ達がに出会って、とどめを刺したあの日から……」


「──ユメちゃん……! ウチは……取り返しのつかない事をしたんだ……!」



 僕の遠くの背後から取り乱し、嗚咽する声が聞こえてくる。

 ケイさんが復活して追いかけてきたのだ。



 ……そうか、一年前に、か。



「……いいんだ。もう……気にしてない……から。……あれは、偽物だったから」


「そんな訳ないじゃん……! 殺したんだ……ウチが、あなたの親を……雪女を……」


「……俺はあの時からユメの気持ちを第一に行動してきたんだ。今更……退けない。天汰、分かってくれ」



 三人のそれぞれが抱えていた思いがこの空間でぶつかり合っている。その中に僕とヘラルが入る余地なんて存在していなかった。



「……一年間、色々と思う事はあった。……もっと早く……教えてたら……こうは、ならなかったかな……?」


「……うっ……ウチは知らなかった。ユメちゃん……ごめんね」


「……バイバイ……二人とも」



「──ちょっと待てよ。まだ僕は話し終わってない」



 僕の言葉に驚いたように同時に振り返る三人の目。

 自分勝手で三人には悪いけど、僕の想いだけはぶつけてやる。



「僕には姉ちゃんがいる。異世界でも一緒に生きて元の世界に戻るって約束していたんだ。けど……三人は知ってるよね。今はもう居ない」


「シュウは天汰の為にいつか戻ってくるって言ってた。ウチらは信じるしかないって」


「じゃあ信じて待つだけでいいの? それまで独りで居なきゃいけないの? 僕は、姉ちゃんが好きだから追いかけるよ意地でも」


「……黙って。何が……言いたいの」


「僕はまだユメちゃん達と一緒に旅をしたい。」



 友達と旅をもっと続けたい。これ以上の気持ちは無かった。姉ちゃんも凄く大切だけど、それは旅を続けながら目指す事だ。

 ヘラルが居ればきっといつか達成出来るかもしれない。

 現実に帰れるかもしれない。


 でも、僕の考えは少しずつ変わっていった。最初はこっちの世界が偽物で、僕や姉ちゃんが本物だってどこかで思ってた。


 だけど違った。リチアやリンドウ達は生きていた。目の前にいるユメちゃんも僕と同じ動機で動いている。



「……わえも同じだよ。……けど……! もうこれ以上旅をするのは苦しいんだよっ!」



 今までで一番の大声を上げるユメちゃんに、皆は目を奪われた。



「イヤなんだ。途中で別れるのも……最後まで付いてきて……永遠の別れをしちゃうのも」


「俺は、それでも……いいさ」


「……え」



 カエデさん……。きっとアバター越しに涙を流しているのだろう。

 とても声が震えてる。



「俺は……二人よりも普通で……特別な二人を信じて何かをしてきた。だから……嬉しいんだ。普通の俺と同じ気持ちだったのが……!」


「ウチも同じ。ウチらってほら、何年も一緒じゃん……? もうちょっとくらい、一緒に居たいよ」


「僕はもっと本音を言えばただただ姉ちゃんに会いたい! ユメちゃんの目指す旅に僕とヘラルも同行させてほしい」


「……何言ってるの……」



 緊張の糸が切れたのか、ユメちゃんの瞼から小雨が流れる。

 今ならこんな暗闇でもはっきりと見える。あんな笑顔を見たのは僕は初めてかも。



「天汰、それってどっちが本音なの?」


「どっちもだ。家族とまた会いたいから、友達と旅を続けたい」


「……天汰君。あの人なら、もしかしたら──元の世界に帰れるかも……」


「ユメちゃんの言うあの人って?」



 ユメちゃんはひと呼吸開けて、息を整えた。それほど凄い人なのだろうか?



「あの人は……天汰君と同じ。あの人もを連れてた」


「ワタシの仲間が……? え……」


「どうした、ヘラル。悪魔が──」


「──、な」



 しまった。シェンとニーダはもう負けたのか!?

 もう女神が戻ってくるなんて、ぐぅっ……いつの間に腹に攻撃を食らったんだ……!?



「うっ!?」

「キャッ!?」


「……な、なんで……わえを」



 僕は両肩を切られ地面に伏した。なんとか軽症で済んだけど……ヘラルだけいない……?



「我を呼び出しておいて、すぐに悪魔に鞍替えか? 呆れたものだ」


「……離……せ! 【妖氷──」


「フンッ!」


「あ……が……」



 イザナミにユメちゃんは首を絞められ、目から赤い血を流し、更に今度は右手で腹部の殴られ血を吐いている。

 ケイさんやカエデさんは僕と同様に身動きが取れず仕舞いだ。



「我と同じ神の血が流れようと、半分は人の子。所詮脆く朽ち果てるものよ」



 ……許せない。アマテラスもそうだったが、この世界の女神はどうしても人を見下している。

 むしろ、アマテラス以上に僕は腹が立っているかもしれないな。


 再生の完了した僕は、立ち上がりイザナミを睨む。



「……おおどうした? ああ見覚えがあるぞ? 先刻我に攻撃を仕掛けた者だな? ああ、惜しい。我に歯向かう事が無ければ、より功績を残せたというのに」


「……た……ず……けて」



 ユメちゃんは手を僕に伸ばし助けを懇願する。

 それを見ただけで僕の怒りは有頂天に達していた。殴るだけじゃ気が済まないくらいに。



「イザナミ。僕の友達は返してもらう。あとついでに姉ちゃんも返せよ……!!」


「……これが復讐と呼ばれるやつなのか。良いだろう、我も我が子を殺されて少々思う所はあったからな」



 ──忘れてたな。神話だとアマテラスはイザナミから出てきた子供なんだっけか。

 僕達三人に因縁があったなんて運命かも。



 ……絶対にユメちゃんを救うからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る