第43話 それは妖艶な微笑み

「なんで、カエデさんが謝るんですか……」


「……俺は──」


「【妖氷柱アヤカシツララ】……敵来てる」



 ユメちゃんが初めて僕の質問から逃げようとしている。そんな遠くの天使を倒して意識を逸らそうとするなんて。



「……カエデさん、ユメちゃん。僕の目を、見て」


「……集中して、天汰君」



 ユメちゃんの丸眼鏡を上げる動作も、陽気な雰囲気も感じられなくなったカエデさんも全てが怪しく見えてくる。


 ……友達だと言ってくれたのはそっちじゃないか、なにをそう隠しているんだ。



「言っておくけど、僕は諦めてないからね。あの女神を倒すことは」


「……わえもそうだよ」



 空に浮かぶ女神を見上げながら僕達が考えている事は同じなんだろうか。



「天汰! もう動けるかッ!? ワタシも生身で戦うの結構キツくなってきた!」


「ああ……動くよ僕は」


「……いいよ」



 ずっと歯切れの悪いはいっそのこと無視してしまおう。

 僕の勘違いなら後で謝ればいいし。


 黙って動かない二人から離れ、ヘラルの元に走って向かった。



「準備万端だ。また服に入って戦うのか?」


「そうしよう。でも契約と操縦はやめとく、魔力と体力の消費が激しすぎるから」



 そう喋りながらいつも通り服に入って完全に整った。



「──ユメには気を付けて。狙われるかもしれないから」


「分かってる」



 僕にしか聞こえない声量で彼女は囁いた。どうやら思っている事は同じだったようだ。



「あはは」


「【妖氷柱】……カエデ……近くに居てね……」


「おう。ユメ、頼んだぜ」



 なんだよ、そっちの二人は協力する気満々か。



「くっ……皆! ウチちょっとやばいかもッ!」


「ケイさん! 【火炎球】ッ!」


「ありがとう……」



 僕はケイさんを助けに向かったが、ユメちゃん達はその場から動こうともせず、近くに寄ってきた天使だけに攻撃を続けていた。


 その様子にケイさんも二人に不信の念を抱きつつあるように見えた。



「変だなあ……いつもなら慌ててこっちに向かってくるの、好きだったんだけどな〜」


「お、俺は──」



 カエデさんが何か言いかけたと同時に風が起こり、また奴等が現れた。



「テメーら! 天使を殺れッ!」


「わっかりましたぁ〜!」


「うわ、出たよ……でも今は有り難い!」


「あれはフェンリルのシェン……」



 シェンの号令に従って彼の仲間達が街に溢れ、天使を一方的に攻撃していく。


 女の子達は見える限りだけでも30人は超えていると思う。



「お、また会ったな! 雑魚共はオレの仲間達に任してくれえ。……ってどうしたァ、お前ら仲間なんだろうが揉めてんのか?」


「……待て。だれじゃそこの女は。わらわはお主だけ出会ったことがないのだが」



 ぬるりと現れたシェンと同格のニーダが指差したのはユメちゃんだった。



「え……そうでしたっけ。ウチらってちょくちょく鉢合わせる事があったじゃないですか……?」


「だが、こやつは見かけた事は無い。隣にいる男には以前からアンタと一緒にいる所を何度も見ているが、眼鏡の君がその場に居なかったのは偶々なのか?」


「……」



 いつも以上に黙って何も話さないユメちゃんに対して、次第に怒りが溜まって吹き出してしまった。



「隠し事はしない……それが友達の決まり事じゃなかった?」


「オイ、手を出せや。プレイヤーならIDが出てくんだ」


「……はい」



 シェンに問い詰められ、ユメちゃんは左手を前に差し出しIDを浮かび上がらせた。



「……シェン、騙されないで。この子のID……Xから始まる物なんて存在してないわ」


「なるほどなァー……テメエか大量虐殺の野郎は」


「違う……ユメは関係無い」


「なんで庇ってんだテメエ」



 ユメちゃんとシェンの間にカエデさんが挟まり、何か言いたげに立ち塞いでいた。

 しかし、ユメちゃんはそんなカエデさんの背中に手を置いて一言間を開けて語り出した。



「…………逃げよう」


「っオイ待てや!」


「【妖氷柱】」


 その瞬間、二人は僕達に背を向けて一目散に逃げ出した。



「……いってええええ!」



 最悪だ。ユメちゃんの攻撃が右目に直撃し耐え難い激痛が僕を襲った。

 ユメちゃんは本気だ。


 ケイさんは何が起きているのか理解が追いついていないようで、僕が何度揺すっても動き出そうとしなかった。



「天汰何してんの!? 早く追いかけて!」


「くっ、分かった。カエデさん、ユメちゃんなんで逃げるんだよ!」


「【全反射フルリフレクション】」



 カエデさんはユメちゃんを担ぎ、地面に向かって吸収してきた衝撃をぶつけ、反動を利用して宙に浮いた。



「【妖氷柱】」



 すると今度はユメちゃんが器用に技を扱い、何本も氷柱を投げ僕達の行動を阻止してくる。



「……あ」


「ケ、ケイさんまで……攻撃するのかよ!?」



 ユメちゃんの氷柱が貫通し、そこでようやくケイさんが冷静になれたようだった。



「なん……で……?」



 ケイさんはその場に倒れ、身体があの時みたいに動かなくなった。


 そんなケイさんを置いて僕達はトリテリアの外まで追いかけっこを続けた。



「オイメガネ待て!」


「待ちなさい。でなければわらわが手を下してしまうぞ!?」



 フェンリルの二人は殺気混じりな気を感じさせながらユメちゃん達を追いかけているが、二人でも追いつけそうにない。


 というか……明らかにユメちゃんの身体能力が誰よりも高いのか。

 カエデさんも中々だが、ユメちゃんの動きは常軌を逸している。



「シェン! お前達はもっと速く動けないのか! ワタシ達はまだ全力を出してないんだぞ!」


「クソガキ。おまえのクソガキを黙らせろ」


「わらわ達にも考えがある。突然の逃亡にも意味があるんだろう?」


「……ここならいいか」



 ユメちゃん達は動くのやめその場で停止する。

 僕は辺りを見渡すと、とっくにトリテリアの光も見えなくなるまで遠くに来ていたみたいだ。



「ユメちゃん、カエデさん……なんで逃げたんだ!」


「……」


「なんで……ケイさんを……殺したんだ」



 ケイさんの最後に見せた表情が、カセットテープみたいに頭の中でリピートされる。

 心底絶望した彼女の表情は、やっぱり僕が何処かで引き摺っていた記憶とリンクして、息が詰まりそうだ。



「……あの子は、プレイヤーだから死なない……友達だから……分かってくれるって思ってた」



 ……現実を見ろ天汰。目の前にいるのはユメちゃんとカエデさんの二人だけだ。

 二人と向き合え。



「テメエなんだろ? 7年前に村の住民を皆殺しにして逃げたって奴は」


「……わえは、殺してない」


「これ以上逃亡するなら、わらわが撃ち抜いてやろう」



 ニーダが指鉄砲の形を作り、それをユメちゃんに向けた。



「……カエデ。今から……わえの事を皆にも共有するね」


「……いいぜ」



 ユメちゃんから見た事のない微笑みが出てきて、思わず僕の脳がバグる。

 僕が想定していた年に似つかわしくないような微笑みに、フェンリルの二人みたいに構えることが出来なかった。



「……今から語るのは……過去の話」

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