第27話 家族と友達
いつだって朝は訪れる。それが異世界だろうと関係無く。
目が覚めたら陽の光を浴び、作ってもらった朝食を感謝して食べて、設備されている本を読んで時間が経つのをただ待ち続ける。
ここの椅子は座り心地が良くてついつい物事にふけってしまう。
「なぁー、いつまで待つの?」
ヘラルは退屈そうに頭の後ろで手を組んで僕の近くの壁にもたれ掛かっている。
「ワタシはもう全快したけど、もしかして姫の方待ってんの?」
「うん、まあそうだよ。意識は戻ってないらしいけど、四肢のどこも失わずに済んで良かったよ」
「ふ〜ん、なら行ってみようよ。姫の所まで」
珍しくヘラルが提案する。僕も丁度気になっていたし、行ってみようと僕は乗っかった。
「……あ、天汰さんと……ヘラルさん。お怪我はもう治ったんですね……良かったです」
「アレゼルさん……」
部屋を出てすぐアレゼルさんと出くわしてしまう。あの戦いが終わった後、ゼルちゃんの死を告げてから気まずくて避けてきたというのに。
「……あの子、足を引っ張ったりしませんでしたか……?」
「ゼルちゃんがいなかったら……僕達は全滅してましたよ」
「……あの、天汰さんは寝れてますか? 目に隈が出来てますが……」
そういえば最近あんまり寝ていない気がする。この腹の石のおかげだろうか、多少寝なくても疲れが溜まりにくくなったようだ。
そのせいで隈が出来ているのは気付けなかった。ヘラルは知ってて言わなかったのか?
自分の変化には気付けないってよく言われるもんな。気を付けよう。
「僕はちゃんと寝てますよ。その……アレゼルさんの方が休んでください」
「え、そう……ですかね?」
アレゼルさんの瞳はとても綺麗だ。ただ、お互いを強調しあうように目の下に隈が深く刻まれていた。
アレゼルさんは主にヘラルを休まず看護し続けてくれたせいか、さっきから足取りも不安定に見える。
「……アレゼルさん。あの時、テュポーンズは家族だって言ってくれたのすごく嬉しかったです」
「──まてワタシに言わせな」
「うぇっ!?」
「まー、天汰が思ってることストレートに伝えてやるから。家族なのはあなたもよ、アレゼル。
「……え」
ヘラルからの意外な言葉にアレゼルさんは驚きを隠せず、口が小さく開いて固まった。
しかも言いたかったことそのまま伝えられたなんて、ヘラルもかなり心を開いてくれたみたいだ。
「ふ……ふふ、そうだったんだ……私、ゼルちゃんと同じ家族だったんだね……」
泣き崩れる彼女に僕はただ背中を擦ってあげることしか出来なかった。
「……天汰。これからどこへ行くの?」
「どこってまずリチアの所に──」
「そうじゃないよ。それからどこへ向かう?」
それから。それは、シュウを待たずにどこかへ旅立つということ。
そんな選択、僕には取れるわけがなかった。
だけど、今の僕の心情は少し違っていたんだ。
「──天汰さんには、向かう先があります」
アレゼルさんは涙を流しながら僕の目を見つめる。
「……まずは、リチアさんの様態を確認してあげてください。私が出来るのは二人を前に向かせることですから」
「そうしたら、きっと行き先が分かりますよ」
まだ涙が止まっていないのに僕に笑顔を見せる──そんな優しさたちに僕は何度遭遇してきたのだろう。何度甘えてきたのだろう。
「ありがとうアレゼルさん。ヘラル、行こう。……あ、姉ちゃんが帰ってきたらその時は教えてくださいよ!」
僕は彼女に笑ってほしいから笑った。それだけじゃ足りないと思い、指を使って無理矢理口角をあげるジェスチャーも付けてみた。
「……待ってますよ。
彼女は僕の真似をして笑ってみせたが、指なんていらないくらい自然な笑顔で僕達を見送った。
* * *
「──リチアは大丈夫ですか!?」
「おいっ! 通せー! ワタシ達はテュポーンズだぞ!」
「何だこの子供は!? 姫様はお友達の女とパーティーを組んだと聞いている! ガキではない!」
「はぁ!? ワタシがガキだって言いたいのか!?」
あんな感動的な別れを済ませた僕達はリチアに会おうと城前まで来たが、見張りの兵士に足止めされ、中にはいることすら出来ない。
たしかに、パーティーは契約上ではリチアとシュウの二人だったが、僕達もいるぞ!
一体どうすれば信用してもらえるのか……あっ、あの人は。
「ようやく騒がしくなったね。お二人とも」
「リ、リンドウ様! 朝早くから騒いで申し訳ございません!」
「あぁ大丈夫さ。ただ、二人を中に通してくれないか。ボクが許可する」
「へ、お知り合いですか」
「ん〜と、ボクの妹がお世話になっているからね」
困惑する兵士を横目に僕は久しぶりの再会に喜び、早足でリンドウ様の後を追いかけた。
「リチアは今日目を覚ましてね。今から君達に伝えに行こうとしてたんだ。君達は怪我とかは大丈夫かい?」
「ありがとうございます! ヘラルと僕の怪我は殆ど治りました」
「そうか……良かったね」
全速力で三人で走っていると従者の方や兵士達が驚いてこっちを見てくるが、リンドウ様は気にせず案内を続ける。
「……ここがリチアの部屋だ。リチアー、悪魔の子と天汰が来てくれているぞー」
「……リンドウ様。城内を走り回らないでくださいませ。王子に落ち着きが無ければ部下は落ち着きませんので」
「すみませんメイド長。急ぎだったので」
リチアの部屋から出てきたのはメイド長さんらしく、リンドウ様はさっきまでの言動を叱られ少し落ち込んだ様子で僕とヘラルについて説明してくれた。
「……なるほど。ではお二人方も彼女を心配して? うちのリチア様もリンドウ様もそっくりで素直で正直な所がありますから、迷惑を沢山おかけしたと思います」
「い、いえいえそんな。助けられてばかりでしたよ。あの……リチア……さんは今起きてますか?」
この人に呼び捨てなのがバレると面倒そうなので、とりあえず付けておこう。
「ええ。他人様に見せても大丈夫な格好をしていますから、そのまま入ってもらって平気ですよ。では四人だけの時間をどうぞ楽しんでください」
そういって女性は廊下に出ていった。
「……おお、貴様も無事だったか」
他人様に見せられるとは述べていたが、部屋着というにはとても質素で、ある意味僕が知っている彼女とは程遠い服装をしていた。
「……実は君達に伝えないといけないことがあるんだ」
「何ですか?」
二人は目を合わせて、あることを僕達に告げた。
「もうこの国には
「あ……」
「そ、そうじゃない私達はもっとルドベキアに居てくれて構わないと思っている、むしろ私はもっとテュポーンズで旅をしてみたい……!」
誰よりも早口で必死に思いを伝えるリチアはやっぱりどこか変で、僕と同じ思いだということは分かった。
でも、僕は既に答えは決めてある。
リンドウ様が言っているように僕はヘラルと旅をするつもりだ。
ダメージをカンストさせるまでの旅を。
「リチア……ごめん、姉ちゃんはきっと戻ってくるよ。でも、僕は僕で帰る方法を試してみるから、まだじっとしていてよ」
「だが、貴様……!」
「まだ、傷が治ってないんだろ?」
僕に見抜かれたからか、リチアは咄嗟に脇腹を抑えて動揺する。
一度痛い目にあった王女が今度は旅をしたいだなんて言い出して止めない部下なんていない。
さっきの人ともそんなやり取りをしたばっかりだろう。
「──ボクにも国を守る重要な役割がある。だがボクは女神襲撃の際に、国民よりも君達を選んでしまった」
「どれだけ失ってはいけない者だとしても、国を一度捨ててしまったボクは国王の素質が無い。それでも、国民にはもう一度だけ信じてもらいたい。身勝手な理由だけどね」
……要するに、僕の旅には関与出来ない、ということだ。
それでも僕は平気だ。ヘラルさえいれば、僕は何とかなる気がしている。
「貴様に朗報だ。以前からシュウからもう一人
「と、友達!? 姉ちゃんに!?」
姉ちゃんに友達!? いや、いつかここに来てから聞いたような気もしなくもないが……。
僕は思いきり動揺し、大声を上げてしまい二人に怒られて再度黙って聞くことになった。
「……その友達がな、直接シュウから連絡が届いて、『しばらくログインは出来なくなった。代わりに私の弟がログインしているから弟の面倒を見てあげてほしい』と言われたそうだ」
「は、はあ……」
「その、急ぎだとさっきボクが言ったのはね、もう来てるんだよね」
「え!?」
姉ちゃんの友達ってどんな人だろう。僕よりも年上かな、それとも年下? 男だったらビックリするけど、姉ちゃんって話せるのかな?
「まあその悪い
奴等……ってことは複数人いるのか。既にパーティーを組んでるってことなのか?
プレイヤーだったらちょっとヘラルのことを説明するのは難しいだろうな。
「で、その人達はどこなの? ワタシ会ってみたいな」
「その人達は今隣の部屋で待機してもらってるよ。ボクが連れてくるよ」
「お願いします!」
リンドウ様は椅子から立ち上がって、部屋を抜けて隣の部屋までシュウの友人を呼びに行った。
待っている間高揚する気分を抑えながら軽くリチアと会話する。
「姉ちゃんに友達がリチアの他にもいるなんて!」
「ああ……私も正直信じられなかったな。貴様の言うとおり初めて聞いたときは驚いたよ。ハハッ」
「──ふわぁ。リンドウ長いよ〜」
「どんな奴かな? ワクワクしてきたぜ!」
「……緊張……する」
聞こえてきたのは三人の声。甲高い声で砕けた口調の人に、おちゃらけた声で足取りが軽い人。この二人は扉越しなのに凄く騒がしくよく聞こえた。
もう一人は足音も小さく、声も扉越しだとか細くよく聞き取れなかった。多分女性ってのは分かった。
「なんか無駄に緊張するな……」
「開けるぞー」
リンドウ様の声と同時に、その扉は開かれた──。
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