第26話 別れときっかけ
女神の体が音を立てて割れていく。自然と両腕から力が抜けて剣を落としてしまう。
花が枯れていく。呼吸も浅くなっていく。
足からも力が抜け、僕はその場に倒れ込む。
アマテラスの光が僕を優しく包んで離さなかった。
それは僕だけではなく、他の二人も同じようになっていた。
二人は幸せそうに眠りについている。何かから解放されたような顔で。
「……まだ、やらないと……いけないことが……」
そうだ、僕にはまだやらないといけないことが一つだけある。
倒れた身体をもう一度支え直し、何とか立ち上がる。
そして、1歩ずつゆっくりと彼のもとに向かった。
「ツバキ……ごめん」
きっと、ツバキもダイアさんもゼルちゃんも助ける方法があったんだ。なのに、僕は失敗した。
「……家族だったのに」
ツバキが最後に伸ばした手に触れてみた。指先はまだ温かった。
「まだ……生きててくれよ……息を吸って、心音を聞かせて……何か喋ってくれ……」
ツバキの手を握っても、握り返されることはなかった。
ツバキの顔に視線を移すと、口からは大量の血を吐き出して涙を浮かべていた。
「……ああ、ごめん……僕のせいで……死んだ」
僕が出来るのはツバキの涙を拭うくらいだ。
僕は右手でツバキの手を握りながら左手で頬まで垂れた涙を拭い取る。
「……やめろ」
ツバキの体が透け始める。こうなったらもう止まらない。ただ、全身が無くなるのを見届けることしかできない。
「…………」
僕は逃げた。最後の姿を見届ける勇気なんて僕には残っていなかった。
それでも、ツバキの手だけは離せなくてずっと握り続けた。
もしかしたら手が動くかもしれない。あるいは、体だけは遺ってくれるかもしれない。
そんなことを祈りながら時が過ぎるのを待った。
数分もしないうちにツバキの手のひらの感覚は無くなって、最後に僕はただ握り拳を作っていた。
「……終わりだな。僕は帰れないし……皆、死んじゃった」
「あっ……はは……」
僕は魔力を使い過ぎたみたいだ、頭があんまり回ってない気がする。
独りじゃ悲しいから、眠っている二人の近くで倒れた。
「……二人は、生きててよ……僕だけになったら寂しいから」
純粋な気持ちで二人の顔を交互に見比べる。どっちの顔が土やかすり傷で汚れていて残念だ。
汚れは二人には似合わない、そんなことを思った。
「……近付いてくる……誰かが」
ここの存在を知っているのはリチアの部下かリンドウ様くらいしかいないが、ここに駆けつける可能性は低い。
むしろ、魔物や獣が血の匂いを嗅いでここまで来た可能性の方が高いんじゃないか?
そしたら、僕が戦うしかない。リチアもヘラルも起きる気配が無いし、僕は死なないし。
「……家族を守るんだ」
僕が戦わないと……二人を守れるのは、僕しかいないから。
「──こだ──」
……うそ、だ。心のどこかで女神の言葉を信じていたからか、そんな思いが漏れてしまった。
リンドウ様の声が聞こえた。
「──リチア! どこだ! 声を……声を出してくれ!」
リンドウ様のあんな必死そうな声を初めて聞いた。
リンドウ様以外の足音も聞こえてくる。リチアには本当の家族がここにいるんだ。
僕はちょっとだけ嫉妬してしまった。
「──リンドウ様! 僕達は……ここにいます!」
「……! 天汰!? 無事か……!」
僕の声に気付いた彼等はこっちに一目散に向かい、足音が次第に大きくなっていく。
「いた! 二人ともここだ! 街まで運ぶの手伝ってくれ!」
「……天汰君、生きてたのね! 本当に……良かった……」
「む! あなたは王子様と一緒にいた子供……モモ達が来たので安心してください! ルースさんはそっちの小さな女の子を!」
リンドウ様と一緒にいたのは酒場でお世話になり、右手に包帯を巻いているルースさんと、そのルースさんの仲が良さげだったモモさんの二人だった。
「天汰、安心しろ。この二人はまだ生きている」
「なら……良かった」
「……街からいきなりプレイヤーの人達が消失しちゃって、怖くなった所をリンドウ王子と合流してここまで来ました」
「とにかく! あなた達だけでも生きててよかった! さ、帰りましょう! モモがあなたを運んであげますから!」
モモさんが僕に肩を貸し、ゆっくりと僕等は歩き出す。
「……あなた、前見た時よりも強くなった? モモが知ってる顔付きじゃなくなりましたね!」
「……そうですね」
「ヘラルちゃんも……なんだか変わった気がします」
「……ボクは三人とも限界を越えられたと思いますよ」
ルースさんは寝ているヘラルを背負い、リンドウ様は重い鎧を着たリチアを抱きかかえて先頭を歩いていく。
「……ボクからアレゼルさんには伝えるよ。個人的に謝らなければいけないことばかりだしね」
「……いえ、大丈夫です。僕が……伝えます」
今いない四人の事は、誰も直接的に触れてこなかった。
僕を支えるモモさんは誰よりも明るい雰囲気で沈黙が訪れないようにずっと話しかけてくれた。
他愛のない話や元の世界の話とかをずっと喋らせてくれた。
笑顔を絶やさず、否定もせず、ここにいる六人がルドベキアに向かえるように。
途中で生きるのを諦めないように。
「モモにも弟がいるんですけど、こんな良い子じゃないです! ほんと、貰いたくなっちゃう!」
「はは、そんなこと言われるなんて初めてです」
「ええーっ! 信じられないです! 理想的な弟羨ましい! お姉ちゃんの姿も見てみたい!」
「……僕もまた会いたいな」
「会えます! こんな良い子を悲しませるなんてこのモモが許しませんから!」
もう一度姉ちゃんに会いたい。そんな思いを願いながらルドベキアに帰った。
いつもの宿屋に帰って、いつもの部屋で眠って、次の日が来るのを待った。
それから僕は待った。僕の夢が覚めることを。
あれから僕は待った。姉ちゃんが帰ってくることを。
だけど姉ちゃんは、それからログインすることは無かった。
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