第23話 女神と癒着

「おじさん、死んじゃったね」



 ヘラルが僕の隣に来てそう呟く。おじさん……まあ、ヘラルと僕からしたら充分おじさんなのかな……?



「天汰。アマテラスは嫌い?」


「……ああ」


「なら、復讐しよーよ」



 ダイアさんが遺した銃剣をヘラルは拾い、聞き取れないほどの声量で呟き始めた。



 その銃剣はヘラルに触れられている部分から変色を始め、緩やかに薄く灰色がかったフォルムから黒みを帯びた形容に変わった。



「天汰。耳借りるね」



 ヘラルは僕の耳をつまんで耳元で囁く。



「この武器なら……絶対にあいつを倒せるよ。それだけじゃない、カンストも出来るよ……頑張れば」


「ど、どうやって? それに、どうやったらそんなことができるんだ」


「だって、ワタシは特別な悪魔だから」



 僕は久しぶりに見たかもしれない。ヘラルの邪悪で何かを企んでいる笑みを。



「──天汰っ!」


「うおわああ」



 背中から誰かに抱きつかれ僕はそのまま体勢を崩し尻餅をついた。



「天汰だけでも生きてて……良かった……」


「な、泣かないで姉ちゃん! リチアは……まだ生きてるから……さ」


「あのー……ワタシが話してたんですけど」


「ヘラル……姉ちゃんには見えないからさ」



 ヘラルが頬を含まらせてこちらを睨んでくる。やっぱり子供っぽいんだよなヘラルって。



「あのバフって姉ちゃんだよね?」


「そうだよ。あの人達とは会ったこともないけど、こうすれば私も戦えると思って。あと……リチアは無事なんだ……」


「うん。さっき来たプレイヤーの人が止血を施してくれたんだ」


「……良かった。天汰は傷、ない?」



 そうだ。姉ちゃんに伝えないといけないことばっかりじゃないか。



 ゼルちゃんとダイアさんが目の前で死んだことや、僕が死なない身体になったこととか知ったら姉ちゃんどう思うかな。


 姉ちゃんはきっと、もう立ち直れないだろう。昔みたいに笑顔を見せなくなって、泣いた跡だけが姉ちゃんの化粧になってしまったあの悲痛な日々が戻ってしまうなら、僕は姉ちゃんの隣にいたい。



「怪我はないよ。ただ、まだやることが残ってる」


「やる……こと」


「上手くいけば僕は姉ちゃんのもとに帰れる。だから、アマテラスにとどめを刺さないといけないんだ」


「……姉ちゃん、付いてきて」



 横目でヘラルに合図を送りながら姉ちゃんの反応を待つ。


 返答に困っているのは、漏れ出ている声から分かった。そして数秒たってから姉ちゃんは答えた。



「分かった。天汰は、私が守る」


「ワタシも……ね?」



「姉ちゃん……ヘラル……ありがとう」





 * * *


「──つまり、ダイアさんの武器を天汰が扱えばカンストが狙える……ってこと?」


「そう! ワタシが改造したから『攻撃するたび威力が上がる連撃を使用者に付与する』効果を持ってる……聞こえないか。天汰、YESって返して」



「あー……YES」



 入口付近から早足で最深部に向かいつつ、勝算の理由をヘラルから聞き出すことになったが、ヘラルから僕へ、僕からシュウと凄く手間がかかって大した会話はできなかった。



「見えた。まだ女神と戦ってる!」



 シュウが指差した方を見ると、まだ何人かがアマテラスと交戦している。光の攻撃も回避して反撃を加えている猛者ばっかりだ。



「……でも誰も倒せはしないか」



 あの女神はリジェネで毎秒1800万も回復を続けている。

 アマテラスの体力は2000万あるから基本的にワンパンじゃないと倒せず、リチアが削りきれなかった女神を簡単に倒すのは難しいとは思っていたが時間を稼いでくれたのは好都合だ。



「よし、シュウとヘラルは準備出来てる?」


「勿論だよ、いつでもバフをかけられるから」

「逆に天汰がワタシに操られる準備をしなよー」



「ああ、準備は出来てる」



 ダイアさんの形見を握り心を落ち着かせる。

 二度目のアマテラスは不気味さは残っていたものの、奴の顔からは余裕が消え去っていた。



 いける、いけるんだ、だから集中しろ。



「ヘラル、来い」


「あいよっ!」



 ヘラルが僕の胸元から衣服の隙間に入り、僕の全身を操る。


 もうこの感覚には慣れた。



 次はシュウのバフだ。姉ちゃんの強化魔法は火力だけを上げるものが多かったが、新技は恐らく全ステータスを上げられる最強の技だ。



「【滾る血液ボイルブラッド】」


「『うおーっ! 天汰、ヤバイ! 力が溢れてくる!』」


「す、凄いよシュウ!」


「……ふーっ、これは全ステータスを二倍まで引き上げる魔法で、魔力消費が多くて私があんまり使えないから気をつけて!」



「『天汰アアアアァーッ!! 絶対にあいつぶん殴るぞーッ!』」


「やってやるぞおおおお!!」



 僕とヘラルは吠えながら身軽になった身体を使って、アマテラスに目掛けて飛びかかる。



「──また汝らか!」


「アマテラスッ! くたばれ!」



 剣がアマテラスの右腕に直撃し、一発目から450万ダメージも出ている。

 さらにすぐさま刃を反転し、左肩に打ち付けた。ここから【連撃スキル】が発動して520万まで上昇する。



「……? どうした、その程度で切りかかってくるなど!!」


「良い加勢が来たぞ! このままアマテラスを倒せ!」


「雑魚どもがいちいちよってたかって……消し炭になれ!」


「待てッ逃げろヘラル!」


「『ここで退いたらもうやれないよ』」


「次くらったらヘラルは死ぬって言っただろー!」


「【】」



 また、あの攻撃が襲い掛かってくる。いくら僕が不死身でも直撃したら、視力を失い自力で脱出も不可能になる。



 何よりも、ヘラル自身が次くらったら死ぬと言っていたのだ。



「【れぎなえ】! 【おーがすた】! 【ごくらくちょうか】ぁっ!」



 6900000690万8500000850万、そして100000001000万を五発目にして超えた。



「ぐあああああああッ」



 アマテラスの攻撃を直接受けて視力を奪われてしまったが、ヘラルは動くのを止めない。



「なぜ……動ける……!?」


「『ワタシが悪魔だから』」



 周りのプレイヤーを僕達に投げ妨害を図ってくるが、ヘラルはそんなのをお構いなしに叩き斬って火力を高めていく。



「『190000001900万ダメージ、次で200000002000万を超えるぞーアマテラス!』」


「光よ、裁け! 悪魔なんぞ敵では──」


「『死ねーッ!!』」



 最後の一撃を与える寸前、僕の身体に異変が起こった。

 視力が回復しきっていないのと、全身の治癒が不完全なことは関係無い。



 ただ、身体から溢れ出る力が途絶えたんだ。



「『っ、190000001900万……届かなかった……!?』」



「姉ちゃん!?」


 霞んだ視線で僕は振り返った。しかし、姉ちゃんどころか誰一人として姿がなかった。




「フフフフフフフフ」



「『カハッ』」


「ヘラル!? やっぱり無理してたのか!」



 血反吐を吐き、ヘラルは僕の肉体を操ったまま床に倒れ込む。



「流石だ!」



 アマテラスは手を仰ぎ気を昂ぶらせている。



 …………運営って今言ったよな?



「『まず……い、ハメられた。入ったんだ……に……!』」

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