第12話 凛とした男

「……恥を晒すのは辞めないか?」


「ん、恥とは? 兄貴たるもの妹をこよなく愛すのは当然だろう?」



 僕と一緒だ。途端にこの男に対して親近感が湧いてきた。



「そうですよねリンドウ様! 僕も姉様をこよなく愛してますから! 家族って、素敵ですよね!!」


「お? 君ぃもしかしてシュウの弟かぁ? どことなく話し方が似ている気がするよ! しかし、うちのリチアの素晴らしさといったら……君もそうだろう?」


「涎垂れてる……リンドウ」


「兄ちゃんと何故呼ばない!?」


「普段から言ってないからだァ!」




「アハハ……蚊帳の外ですね、アタシたち」



 はっ、そうだ。シスコントークが出来そうな相手が見つかって舞い上がってしまっていたが、本題からズレすぎたから話を戻そう。



「あ〜えっと、姉弟だからこそ当たり前って感じですよね、好きなのは」


「?」


「すみません、話を戻したくて」


「……ああそういえばね、現場から連絡が来ているんだけど、どうやらそのドラゴンのサイズもここら辺ではお見かけすらできないくらいのようだ。壁の中の空洞といい、きな臭いことが起こっているね」



 ……やっぱり僕が転移してきたことが影響してるかもしれない。


 ヘラルに事情を聞きたいが、衣服の中に隠れて出てこない。悪魔は崇拝されていても無闇矢鱈に晒すのは危険とか言っていたような。



「あと──悪魔ちゃん。周りには誰もいないから隠れないでも平気だよ。ボクは君を知ってる」


「!? ど、どういう──」


「リンドウとやら……ギフターか? それとも契約者なのか? 誰だ」



 ぬるりと溢れて出てくるヘラルには何とか慣れた。ていうかギフターってなんだ? ここにきてまた新用語だよ。


 契約者っていうのは恐らく僕らの関係のことを指している。だったらへラルの他に悪魔がいることになるが……。



「ああその通りだよへラルちゃん。ボクのギフトは聴力さ。具体的な範囲は分からないけど……この国全土とほぼ一緒かな」


「ギフトとかギフターってのは何? へラル?」


「それは私が答えよう。リンドウと悪魔は黙っていろ」



 僕はツバキたちと一緒に口を噤み、リチアの言葉を黙々と聞くことにしよう。



「それはまだ神様が崇拝されていた頃からの話になるのだが……」



 うわ、話が長くなりそうだ。なんて思ったが、ゲームじゃないんだからしっかり聞かないとな。



「単刀直入にいえば神から授けられた能力をギフトと呼んでいた。が、それも私達兄妹が生まれる前のことで、後天的にギフターになってしまった」



 後天的に、なんてことはあり得るのだろうか。いや、だからこそこうやってリチアが僕に教えてくれるのか。彼女が大好きな兄を、疑ってほしくないから。



「ギフトだなんて呼ばれてるけど代償があるなんてね、迷惑だよ神なんて」


「リンドウさんは嗅覚が無いって私、リチアから聞いてます。大変……でしたよね」


「リチアッ……シュウならいいけど、勝手に他人に言わないでよね! もう!」



 嗅覚が……ない。聴力と引き換えにしても、さぞ日常生活で苦労しているだろうと容易に想像出来た。



「でも、不幸だとは思わないな」


「えっ」


「だってほら、釣り合いが取れてるんだよ。聴力が良くなると本当色んな事が分かっちゃって……人の悲鳴だとか、不快な声が聞こえてくるんだよ」


「その代わり嗅覚が無いとさ、知らなくていい事を知らなくて済むんだ。たとえばボクが斬った身体から溢れる血の匂いとか、腐った臭いとかさ。ああいうのって不快過ぎるから、無くなって良かったなんて思えるときもあるんだ」



 目を泳がせながら鼻を啜る王子様のリンドウは、今までの陽気な雰囲気とは違う一面を僕に見せてくれた。相当僕らを(正確にはシュウを)信頼してくれているってことだ。


 なら、頼ってみるのもありかもしれない。



「リンドウ様、是非妹のリチアさんの事についてお話したいことが……」


「な、貴様!? 何を告げる気だ……? まさか貴様寝ている時に!?」


「……いいよ。リチアのことは何でも知りたいからねえ〜」


「ちょ、おいまて貴様! リンドウ!」



 よし、自然な流れでリンドウ様と二人きりになれた。リチアがよく分からない反応をしていたが、後でそっちも聞いてみるか。ついでに公に出来なかった理由も話せばいいし。



「……ここなら誰も聞こえなさそうですね」


「そうだね、ボク以外に聞ける人はいないね、あっはは」



 軽口も叩きながらもリンドウ様は僕に従い、舗装もされていない森の中へと場所を移した。悪魔も気を使ってか、向こうに残ってくれたみたいだ。


 本題について触れてみる。かなり朝が早かったが何か聞こえていたかもしれない。



「今朝のことかい? そうか、あの場にいたのは君だったんだね」


「!? そうです、あの時散歩していたら男女二人が路地裏で話してて……片方の女の子が僕の知り合いに似てて──」


「アレゼル君とジュマ、だろうね。前者はクローン、だからどのアレゼルだったのかは知らないけど後者は間違いないよ。彼はこの国に訪れてからずっと不審な行動ばかりで独自に目をつけていたんだ」



 ジュマと言う名は聞き覚えがある。僕と姉ちゃんでパーティを組もうと誘った相手の名前だ。なぜそんな奴がゼルちゃんとあんな場所で話していたんだ……?



「──だから、容疑者の二人には事情を聞かないといけないよね」


「え」


「安心して、ボクは既に二人を捕らえたよ。あの子達のどっちかが共犯者だろうから、さっさと吐いてもらおう」


「なにいってんの……?」



 たらりと額から汗が地に落ちる。凛とした目で僕を見つめるリンドウは、淡々と言葉を続けた。



「大体、一国の王子や王女に護衛が付かない訳ないからね。おや、心配そうな顔をしてるね。安心してよ、君が被害者だってのは分かってるよ」


「彼女達も僕らと敵対するとは限らない。あと数時間で日は落ちるだろうがそれまでに決着がつくはずだ。彼女達はこの世界で最も重大な物を盗んだ」



 理解が追いつかない。話がしたかったのは僕だけじゃなくて、この男もそうだったのか。誰の声も僕の耳には聞こえない、離れすぎたか。


 ……盗んだのか、奴は。



「ボクが聞いた会話の内容はこうだよ」



 そうして聞きたくもない密会の会話をペラペラとリンドウは話した。



『どうしてアタシを呼び出したんですか!』


『お前、あのガキとパーティ組んでるんだってな。オレはアイツに用があんだけどガードが硬いから代わりに誰にも守れてない奴を仕方なく、な』


『ふざけないでください! ダイアさんも皆も! 信じあってるんです、お互いを! あなたのような性格悪い人と違って』


『……けっ、恩は感じないんだな、お前。ダイアと逸れた際にオレが助けてやっただろう?』


『うっ……でもバカにしないでくださいみんなを』


『無理。だがそうだお前に面白い物を渡してやるよ。福源の石、これを持ってたら死ねずに済むぜ』


『こんなの要らない……謝りなさい! みんなをバカにしないで!』


『うるせえな……確かにあの女はお前を大事に思ってるかもしれねぇぜ。でも、あのガキはどうかな? きっとお前らを捨てる』



『捨てないもん! 天汰くんが言ってくれた、アタシ達は家族だから、って』


『フッ……大丈夫さ……そんなに彼が好きなら君がこの石を使って守ればいいじゃあないか。これを身体に当てて使え』



 口伝てにこんな胸糞悪い話をするなんて、いくら耳が良くても僕の引き攣った顔からは何も読み取れなかったみたいだ。



「最後に奴はわざと小声で彼女にこう言った。『彼が見てるぞ』って……さ」


「何が言いたいんですか」


「ボクはジュマを捕らえたい。王子としての責務だけでなく、家族を傷つけられた彼女の気持ちを背負ってね。だから君に協力してほしい。ボクと彼を殺すんだ」



 初めて聞いた言葉に胸が詰まる。生涯することはないだろうと思っていた人殺しを今からしなければならないのか?



 違う、冷静になれ。僕が今やらないといけないことを思い出せ。僕は現実に帰るんだ。その為にへラルと協力してカンストを目指しているんじゃないか。



「ごめんなさい。僕は人を殺したくないです。それに、僕はただ帰りたいです、もと居た世界に──んっ」



 僕は唐突に口を封じられた。残った手の人差し指を立てて自らの唇に当て、あるジェスチャーを僕に送る。静かにしろ、と。


 リンドウの目には力が入っていて、鬼の形相で僕を睨みつけている。



「────」



 恐らく僕だけにしか聞こえない、小さな呟きを拾う。



「──街が無数の悲鳴を上げている……!!」

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