第11話 重なり

「…………」



 異世界滞在3日目。女神襲撃までもう時間がない。僕はそんな焦燥感に駆られたのか、日がまだ上らない時間にも関わらず目覚めてしまった。


 一応誰か起きた同士はいないかと覗くのも失礼だと思い、そのまま剣を携えて出歩くことに決めた。


 昼間とは全く違う街の雰囲気に飲み込まれないように用心深く歩いていると、全く人気のない路地裏からヒソヒソと話す男女の声が聞こえ、思わず聞き耳を立てる。



「……だから、……って」


「大丈夫……君が……を守れば……これ……使って」



 怪しげな会話だ……。ちょっと遠くて何を言ってるか全部は聞こえなかったが、何となく聞いちゃいけないような気がする。

 冷静になってみれば、2日前や昨日も騒ぎを起こしたわけで、僕やかなり知名度が上がっているのでは? そんな奴が早朝にフラフラなんてしたらどうなることやら……。



「あ」


「え、あ?」



 ……路地裏からは、一人のエルフが出てきていた。目の前の顔見知りの彼女は、僕の目を一度見てはすぐに逸らして僕が出てきた宿屋に走っていってしまった。



「……」



 まだ誰かいないかと路地裏に入ってみたがそこにはもう、誰も居なかった。





 * * *



「今日はシュウにも天汰に付いてもらいたい。悪魔とツバキ達は盗賊を、私達はダンジョンに潜入する」


「おけおけー、ワタシがいればとりあえず大丈夫だからー適当ーに戦ってきましょ。天汰、今日はバイバーイ」


「ああ」



 今日はダンジョン組と盗賊狩りを入れ替え、僕はダンジョンに挑むことになった。



「リチア、今日は何を?」


「試しておきたいことがあってな。シュウ天汰でも扱えそうな魔術はないか?」



 魔術!? 魔術だけは現実に戻ったら二度と体験できない物、貴重な機会だ、絶対に物にしてやる!



「そうだね、火炎球とか氷結弾辺りの初級魔法ならもしかしたら使えるかも」


「教えてよ姉ちゃん!」


「えっとね……魔力……? ゲーム越しだからよく分からないんだよねー。リチア、魔力の説明、出来る?」


「勿論だ。つまりな──」



 僕の頭ではほとんど理解できず、とりあえず理解できた所をまとめると人々の体内には元から魔力が秘められていて、体外に放出することを魔術と呼ぶらしい。火だとか氷だとかは放出する際に変化し、魔力量も本人に依存しているとのこと。


 そうなると姉であるシュウは相当の魔力を体内に秘めていることになる……流石だ。



「とりあえず右手の掌をターゲットに向けて。そして『火炎球』! って唱えてイメージして!」


「詠唱にはイメージし、体内の魔力を形作るのには必須だからな。貴様なら出来る」


「分かったよ、姉ちゃん、リチア。『火炎球』ッ!」



 以前見た姉ちゃんを思い出しながら、魔力とやらも想像する。リチア曰く、異世界から来たとか関係なく僕から魔力を感じたとは言っていたが、感じられるものなのか? 僕は誰からも感じたこと、ないのに。



「貴様、集中しろ」


「っ、わかっ、た」


「そうだ、その調子だ。貴様なら出せるぞ」


「『火炎球』ッ! うわああああああ!!」



 しっかりとイメージして詠唱すると手の平から丁度野球ボールくらいの大きさで火の玉が現れた。心臓から何かを抜き取られたように悪寒が全身を襲うが、二人に支えられてなんとか耐えた。



「け……っこうでかいの出た……」


「よくやったな貴様。初めてにしては大きさも魔力量も上出来だ」


「天汰凄いよ……それを今度はあの人達に向けて打ってみて」


「ひ、ヒイィィィィ!! や、やめてくれぇ命だけは!」



 次は偶然ダンジョンで見つけてそのまま捕まえた盗賊達に手を向け、この塊を撃とうと試してみるが全く飛び出さない。



「もっと力をいれてみて、ここからは出すって気持ちを高めて!」


「くっ……ああ……」


「貴様ならいけるぞ」


「やめてえええええええ!!」


「出ろオオオオォォォ!!」



 出た。火炎球は渦潮のようにうねり盗人どもに向かって射出されていき、それはそれは綺麗な火柱が燃え上がった。



「……これなら魔物にも通用する。よし、このまま最深部へ向かうぞ」


「うええ……なんか、力が入らない」


「天汰は私が運ぶからリチアは先頭お願い」


「ま、待って、この盗賊の人たちはどうするの……」


「ん? 彼等は貴様の火に驚いて失神しているみたいだし放置でいいんじゃないか? ここら辺は魔物なんか出ないし死にはしないだろう。NPCみたいだしな」



 あぁ〜なんか集中出来ね〜ぇ。不思議な感触だ、なんかふわふわしてる。わあ〜目線が高くなっ〜た!



「て、天汰? もう疲れてない? まだまだこれからそれ使って戦うんだよ、起きて!」


「ねえちゃん、好きだ〜」


「……ありがと」




 ……どうやら魔力切れを起こし醜態を晒してしまっていたようで、次にはっきりと意識が戻ってきたのは今まで遭遇した魔物の中でも一際大きい、ドラゴンだった。



「は? 龍って大国の近くに居るのかよ……! ってか前回聞いてた魔物と違くない!?」


「ここの魔物は気まぐれだ……何がいても不思議ではない、変わった土地なんだ。貴様、シュウから降りろ。戦うぞ」



 よっ、と声を漏らしながら地面に着地。そして剣を構えて左手を自由に保つ。


 全長50mを優に超える奴はけたたましく吠え僕を見つめてくる。最初のターゲットは僕か。



「天日・レギナエ!」


「あ」



 眩い閃光が一筋走りドラゴンの頭部を貫いた。さっきまでの緊張感をすべて無視したそれは、デカデカと8桁の数の羅列を記してみせた。そしてもう一つ目立つ者が宙に浮いている。リチア。



「すまない。先制攻撃は戦闘の基本だからな。」


「! リチア危ない! 実焔《みのるほむら》!」



 1000万の攻撃を食らっても生きている!? 姉ちゃんが急いで身体強化魔法(僕に初めて使った魔法)を唱えたが間に合うのか? 龍は口を開いて今にも息を吹きそうになっている。それにコイツ全身を動かして攻撃を……



「姉ちゃん来るっ! 火炎球ッ!」



 大丈夫だ、調整はもう出来てる。尻尾で攻撃してくるなら逆にカウンターを食らわせてやる。最初に撃った一発は魔力を凝縮し過ぎたんだ。だから今度は最小の魔力で火炎球を出現させ、それを最速で撃ち込むことを意識すればいい。

 龍の尾が寸前にきているが、火の玉はもう作れたから関係無い。たとえ小石ほどの大きさだろうが速度が光に近付けば龍の体であっても貫ける。



「──オーガスタ」「燃心(もゆるこころ)」


「──眩しっ」




 空高くから一閃。視野が真っ白に包まれたと思えば、超高速で放たれた僕の火炎が僕の想定を超えたサイズに変貌し、この大きな大きなダンジョン全てを照らし尽くした。



「──」



 思わず息を呑んだのは僕だけではなかった。その場にいた皆が、目の前で起きた偶然の重なりを笑うことしかできなかった。






 ***

「……おい、貴様。起きられるか?」


「り、リチア。いてて、ビックリした……シュウは? どこだ」


「私は平気だけど、天汰こそ大丈夫だった!?」


「気絶してた……みたい。でも傷はどこにも出来てないから平気だよ」


「……何なんだ一体……。さっきのドラゴンといい、ここはいつもと様子がおかしい。二人とも、あれを見ろ」



 そういって彼女が指差したのは、先程のドラゴンが打ち付けられた衝撃で崩壊した壁の奥の空洞だ。

 空洞というにはあまりにも不自然なほどの広さで、まるでそこに何かが眠っていたとしか考えられなかった。


 そんな思考に陥ってしまうのも、僕がこの世界に慣れつつあるということでもあるのだろうか。



「……帰ろう。ここは今じゃなくていい。明日、戦いが終わったら調査すればいい。兄上に伝えておくほうがいいか、そうしよう」


「リチア、焦ってない? 私達で調べようよ、まだ今日は時間が──」


「ダメだ。ここは危険なんだ、絶対に勝てない何かがここにはいる気配がするんだ。だから、今日は諦めるんだ」


「……頼む」



 初めて出会ったときよりも、死刑を宣告してきたあの時よりも、ずっと険しい表情のリチアに僕達姉弟は気迫に押されてしまい別れた4人と観光向けの一般エリアで合流することとなった。



「大丈夫だったすか? そっちの方からめちゃくちゃデッカい爆発音が聞こえたんすけど」


「ツバキ、平気平気。私達が最強だっただけだから!」


「おー天汰。無事だったか。どうだったんだ? ダメージはさ」



 そういえば、空洞に呆気を取られていたが、こっちも凄かったんだ。



「ふっ、ヘラル。最高記録更新したぜ。350万! 姉ちゃんのバフも合ったけどさ」


「ほう? なるほどなるほど……もっといってると思ったけど……」


「天汰くん、もしかして魔法を覚えたんですか!?」


「そうだね、ゼルちゃん達がいない間に姉ちゃんとリチアから教えてもらったんだ!」


「なるほどな。俺とツバキなんか驚いてそっちまで走っていきそうになったよ。はは」


「もーお二人とも、もっと天汰くんを信じなさい! ふんっ」


「リチアァ……」



 表情豊かに場を和ませるエルフの少女。あまりにも素敵な笑顔だからこそ、今朝の事を思い出してしまった。

 間違いなく、今朝出会ったのはアレゼルだ。つまり、宿で働き僕達を家族だと言ってくれたアレゼルさんか、目の前のゼルちゃんのどちらかでしかない。


 ただの客でしかない僕とアレゼルさんなら、知る必要はないかもしれない。でも、今朝の子が家族のゼルちゃんなら、誰と話して、あんなに悩み絶望的な顔色でいたのかを聞き出さないといけないな。



「あのゼルちゃんその──」


「リチアァ……何かあったのか?」


「ぎゃあああああっっ」



 だ、誰!? ダイアさんよりも背が高く、やたら高貴な雰囲気を纏う謎の男が凄く自然にテュポーンズに紛れ込んでいた。ヘラルもいつの間にかいなくなってるし、察知してたのかよ。



「……もしかして、リチアのお兄ちゃんですか?」


「おいクソガキ。妹を呼び捨てにしてんじゃねえよ。追放してやろうか」


「……外でそういった態度を取るのはやめてくれないか。リンドウ」



 リンドウ。これが、リチアの兄でこの国の王子か。それにしては……口調がリチアと比較しても庶民ぽい。



「というか、何故ここにいるんですか?」


「お、シュウじゃないか。妹のお世話助かってるよ。ほらリチアも頭下げな」



 すごい。王子が姉ちゃんに頭を下げてる。リチアも恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて嬉しそうだ。



「あーそうそう。大体事情は知ってる。調査は後日に行おう。既に兵士の手配は済んでるから今日は明日の女神襲撃に備えるように」


「な、なんでリンドウ……様はもう知っているんでしょうか?」



 これならリンドウ様に怒られずに済むだろうか。リチアに似て、気難しい。



「なんたって、お兄ちゃんだからな!!」

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