異世界転生の導入

異世界転生の導入

「大丈夫？ やっぱり疲れてるんじゃない？」

「え？ ああ、すまん。ちょっとぼーっとしていただけだ」

「もう！ しっかりしてよね！ それでさ、明日は一緒に街に行こうよ。案内してあげる」

「え？ 俺と？」

「他に誰がいんのよ！ ほら、行くわよ！」

そう言うと、俺の彼女の桜井が俺の手を引っ張ってくる。俺は抵抗することなく後に続いた。

「おい、どこに行くんだよ？ お前の家ってこっちじゃないだろ？ それに、親御さんは良いのかよ？」

「え？ 別にいいわよ。うちの父ちゃん母ちゃん、海外出張中でしばらく帰ってこないし」

「へぇ～、そうなんだ」

「そうそう。だから、遠慮しないで遊びにきな！」

「いや、そう言われてもなぁ……」

「なに？ あたしと遊ぶのが嫌だってわけ？」

「そういう訳じゃねぇけど、俺にも予定ってもんがあるしさ」

「ふぅん……そっか」

「わりぃな。また今度誘ってくれよ」

「うん……分かった。じゃあね！」

彼女は笑顔を浮かべると、手を振りながら走り去っていった。その背中を見送りつつ、俺も家路につく。そして、いつものように自分の部屋に入ると、ベッドの上に倒れ込んだ。

（あれ？ なんだろうこの感じ……。なんかモヤッとする）

彼女の後ろ姿を見送る時に感じた胸騒ぎの原因は分からない。ただ一つ言えることは、今の俺にはどうすることもできないということだった。

翌日、学校から帰宅した俺は、いつも通りゲームをして過ごした。今日は特にイベントもなかったのだが、昨日あんなことがあったせいか、あまり集中できなかった。結局、この日は夕方までずっとダラダラ過ごしてしまった。まぁ、たまにはこういう日があってもいいだろう。

それから数日が経過したが、特に変わった様子はなかった。相変わらず彼女からの連絡はない。俺は毎日彼女とメールをしていた。だが、ここ最近は俺の方からも連絡する回数が減っている。というのも、俺自身よく分かっていないのだ。あの時感じた胸騒ぎの正体が何なのか。しかし、それはいくら考えても答えが出なかった。

さらに数日後の夜、夕食を食べ終えた後、自室で寛いでいると携帯が鳴った。画面を見ると、そこには知らない番号が表示されていた。不思議に思いつつも電話に出ると、若い女性の声が聞こえてきた。

「もしもし？」

「私、桜井さんのクラスメイトの渡辺と言います」

「ああ、あなたが例のお節介さんですか」

「お節介さんって……えっとですね、単刀直入に言いますと、あなたの彼女が大変なことになっています」

「え？ どういうことです？」

「詳しくは会って話します。とりあえず、急いで支度をしてください」

「ちょっ！ いきなりそんなことを言われても困ります！」

「そう言われると思っていました。なので、まずはこれを見てください」

彼女はそう言って電話を切ると、すぐに動画を送ってきた。再生すると、そこに映っていたのは彼女の自宅と思われる場所だった。だが、その光景を見て愕然としてしまう。なぜなら、そこには変わり果てた彼女の姿が映し出されていたからだ。全身傷だらけになりながらも、必死の形相で誰かと戦っている彼女。しかし、その姿はとても痛々しいものだった。俺は思わず目を背けてしまう。それでもなんとか最後まで観終わると、今度はメッセージが届いた。送り主はもちろん桜井である。

「ごめんなさい。もうダメみたいです」

その短い文章を読んだ瞬間、俺は心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。なぜこんなことになったのか？ なぜ彼女は助けを求めてこなかったのか？ 疑問ばかりが頭に浮かぶ。そんな中、一つの仮説が浮かんできた。もしかすると彼女はいじめにあっていたのではないか。そこで考えついたのが、以前聞いた桜井の友人の言葉だ。

「あいつは自分より弱い奴にしかイキれないんだよ。だから、強い男が現れたらコロっといっちまうんだぜ？」

もしこの話が本当なら、彼女は今まさに絶体絶命のピンチを迎えているということだ。

（くそ！ どうして気づかなかったんだ！）

後悔したところで遅い。とにかく今は行動あるのみだ。俺は急いで着替えて家を飛び出した。自転車に乗り、全速力で駆け抜ける。幸いなことに雨は止んでいたため、濡れることはなかった。そして、目的地に着くと、目の前には巨大な門があった。恐る恐る中に入ってみると、広い庭があり、警備員らしき男性たちが立っていた。どうやって侵入しようか悩んでいると、突然背後から声をかけられた。振り向くとそこには二人の男女の姿が見える。彼らは俺のことをじっと見つめながら、何かを話し合っていた。やがて男の方に話しかけられる。

「君、ここで何をしているんだい？」

「えっと……実は友達の家に遊びに来たんですけど、迷っちゃって……」

咄嵯に思いついた嘘だったが、二人はそれで納得してくれたようだ。男は俺の肩に手を置くと、真剣な表情で語りかけてくる。

「そうだったのか。だが、ここは関係者以外立ち入り禁止だ。悪いことは言わない。今すぐ帰りなさい」

「いや、でも……友達が……」

「君の言っている友達というのは、この家の人かな？」

「はい。そうなんですけど……」

「残念だけど諦めた方がいい。彼女はもうここにはいないよ」

「え？ それってどういう意味ですか？」

「言葉通りの意味さ。彼女は先ほど亡くなったよ」

「は！？ そんなバカな！」

慌てて振り返ると、そこには桜井の遺体が横たわっていた。俺はその姿を見て目を見開く。彼女は既に事切れており、その顔は無残な姿になっていた。血まみれになった身体からは大量の出血が確認できる。おそらく致命傷を負った状態で戦い続けた結果なのだろう。俺はその悲惨な姿に耐え切れず、膝から崩れ落ちた。その後、俺は警察に保護された。事情聴取を受けた後、警察署を出ると、外は既に暗くなっていた。しばらくボーッとしていると、急に声をかけられた。

――バシッ！ 頬に強い衝撃が走る。驚いて視線を向けると、そこには彼女の友人だという女性が仁王立ちしていた。

「あんたねぇ！ 少しは自分の彼女ぐらい守れよ！ この役立たずが！！」

そう叫ぶと彼女は走り去っていった。一人取り残された俺は、自分の無力さを噛みしめつつ帰宅する。翌日、学校に行くと、教室内は騒然となっていた。なんでも、昨日死んだはずの桜井が登校してきたのだという。俺は驚きつつも、彼女に話しかけようと席に向かった。しかし、そこには誰も座っていなかった。周りに聞いてみるも、皆首を横に振るばかりで、どこにいるのか分からないという。結局、昼休みまで待っても彼女は姿を現さなかった。仕方なく一人で昼食を済ませていると、クラスの男子生徒が近づいてくる。彼は俺の正面に腰掛けると、ニヤリと笑いながら問いかけてきた。

――ズキッ！ その瞬間、激しい頭痛に襲われる。なんだこれ？ 頭が割れるように痛い……。

――ズキン！ 痛みは徐々に強くなっていく。

――ズキズキ！ これは一体何の感覚だ？ まるで脳みそを直接握られているような……

――ギュゥウ！おい！ ちょっと待て！ なんでこんなにも痛いんだ！ これ以上は耐えられない。そう思った俺は、思わず机に突っ伏した。すると、頭の痛みはすぐに消えていく。

――パチーン！！ それと同時に、耳元で大きな音が鳴り響いた。驚いて目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。目の前にはスーツを着た男性が立っている。年齢は四十代後半といったところだろうか。俺は状況を確認するため、彼に話しかけようとした。しかし、なぜか声が出せなかった。不思議に思っていると、目の前の男性が口を開く。

「パンパカパーン！！！ おめでとうございます！あなたは見事、勇者に選ばれました！」

俺はその声を聞いた瞬間、全身の血の気が引くのを感じた。

――ピコン！ 新しいスキルを習得しました。

【鑑定】対象のステータスを見ることができる。

【アイテムボックス】収納スペースを作ることができる。

【時間停止機能付き】時間の経過を止めることが可能。

【容量無限大】あらゆるものを無制限に収納することができる。

「いったいこれはどういうことなんですか！？」

思わず男性に尋ねると

「あなたは、この世界を救うために選ばれたのです！」

「選ばれた？ 僕が？」

「そうです！ この世界に蔓延る魔王を倒すために、あなたが選ばれたんですよ！」

「……魔王？」

「はい。この世界を混沌に陥れようとする存在です。奴らは魔族を率いて人間たちに攻撃を仕掛けてきています」

「それで……どうして僕が？」

「それはあなたのジョブが『勇者』だからですよ。さあ、私についてきてください。すぐに旅立ちの準備を始めましょう」

俺の腕をつかむ男性の手を振り払った。

「そんなことしたくない！ 桜井が……」

「桜井？ああ、彼女なら大丈夫ですよ。ほら、見てごらんなさい」

「え？」

俺が振り返ると、そこには見覚えのある少女の姿があった。その姿を見た瞬間、安堵のあまり涙がこぼれ落ちる。

「桜井……」

「私、死んじゃったみたいね……」

彼女は苦笑しながらこちらに歩み寄ってくる。

「すまない……助けられなくて……」

「ううん。いいのよ。こうなることは分かっていたから」

「え？ それってどういう意味だ？」

「ふぅ……本当はもっと早く話すつもりだったんだけど、なかなか言い出せなくって……でも、もう隠し事はしないわ」

彼女はゆっくりと深呼吸すると、真剣な眼差しで語り始めた。

「私は……異世界から召喚された勇者なの」

「え……？」

「私はこの世界で暮らしているわけじゃない。別の世界に住んでいるの。そこで起こった出来事が、この世界ではある物語として語られているだけなのよ」

俺は驚いて言葉を失う。彼女が何を言っているのかよく理解できなかった。

――ズキン！ 突然、激しい頭痛が襲ってきた。

――バシッ！ 頬に強い衝撃が走る。驚いて視線を向けると、そこには彼女の友人だという女性が立っていた。

――パチーン！！ そして再び、耳元で大きな音が鳴り響く。

俺は痛みに耐え切れず、その場に倒れ込んだ。

――ズキンズキン！頭が割れそうだ……。

次第に意識も遠のいていく。薄れゆく視界の中で、彼女は静かに微笑んでいた。

――バタッ！ 完全に気を失ってしまったようだ。目を開けると、俺はベッドの上に寝かされていた。周りを見回すと、そこは見知らぬ部屋だった。どうやら病院ではないらしい。俺は起き上がると、とりあえず外に出ることにした。部屋の扉に手をかける。すると、後ろの方から女性の声が聞こえてきた。

――ガチャッ！ 俺は反射的にドアノブを引いた。すると、一人の女の子が部屋に入ってくる。年齢は十歳ぐらいだろうか。彼女は驚いた表情で固まっていた。

――ズキッ！ すると、頭の中に激痛が走った。思わず顔をしかめる俺。

――ピコン！ 新しいスキルを習得しました。

【気配遮断】相手の注意を逸らすことができる。

【気配察知】相手の位置を把握できる。

【隠密】相手に認識されにくくなる。

なんだよ「ピコン！」って。なんだよ「新しいスキルを習得しました」って……。ここは異世界とでも言うのか……？。俺は少女に話しかけてみることにした。

「こんにちは。君は誰だい？」

――ビクッ！ すると、少女は怯えた様子で後ずさりをした。俺は慌ててフォローする。

「驚かせてごめん。怪しい者じゃないんだ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ここってどこなのかな？」

「……」

しかし、少女は黙ったまま何も答えようとしなかった。俺はさらに質問を続ける。

「君の名前はなんていうのかな？」

「……知らない人には教えちゃダメだってお母さんが言ってました」

「そっか。じゃあ、僕の名前を教えないとね。僕の名前は……」

そこまで言ったところで、俺は自分の名前が思い出せないことに気がついた。名前だけでなく、家族の顔も友達のことも全て忘れている。なぜだ？ 混乱していると、少女は心配そうな顔で尋ねてくる。

「お兄さん、大丈夫ですか？」

「ああ、うん。平気だよ」

「良かったです。あの……本当に何も覚えていないんですか？」

「えっと……その……うん」

「そう……なんですね……」

少女は少し寂しそうにうつむいた。まずいな。このままだと変に思われてしまうかもしれない。なんとか誤魔化さないと……。俺は頭をフル回転させて話題を変えることにした。

「えーと……その服は君のお気に入りかい？」

「え？ 私の服ですか？」

「うん」

「この服は、お父さんの知り合いの方がプレゼントしてくれたものなんですよ」

「へぇ……そうなんだ。すごく可愛い服を着てるから、つい似合ってるなって思ってさ」

「……ありがとうございます」

恥ずかしいのか、俯いてしまった。

――バタン！ すると、誰かが勢いよく扉を開いた。そこに立っていたのは、あのスーツの男性だった。男性は俺を見ると笑顔を浮かべる。

「目が覚めたみたいだね。具合はどうだい？」

「全然悪いです」

「そうか、じゃあ勇者としてこの世界を救ってもらうから。そうすれば記憶を戻して元の世界に返してあげよう」

「……はい」

俺は従うしかなかった。